曇り後、火炎瓶

紙とペン

短編

『こっんな田舎でも都会でもない町でさ。精密機械と川魚が有名な、なんでもない町で。なんっにも見つかんないから。図書館と学校の往復。疲れちゃった。』

春はそう言って煙草に火を着けた。

冬みたいに冷たい瞳をして。


#2019・8・4


聴こえないんだ、高い音が。

春はそう言って何度も何度も4フレットのEを弾いてた。それが雨の音に混じって。

切なすぎて私は、唯ずっと春の親指を目で追ってた。


『学校辞める前にさ、ひとつだけやり残したことがあるんだよ。』

鞄から少しだけ残ってるジャックダニエルを取り出して2人で交代して飲み干した。ムワッとするのは、梅雨のせいなのかウィスキーのせいなのか分からなかったけど、春に抱かれてる間中ずっと私はしあわせだった。


『3階からさ、これ落としたらどんな割れ方するのかな。』

理科室からくすねた、メチルアルコールと布切れを瓶に詰め込みながら、春は私の背中を優しく愛撫した。私は春に聴こえるキーで声を漏らした。雨の匂いが春のライムの香水と重なっていた。



『せーの。』

煙草の火を引火して春の手から放たれた火炎瓶は、ゆっくり3階から墜落してコンクリートにぶつかってメチルに飛び火して、それから‥‥。カシャンって。


『やっぱ、聞こえねーや。』

春が泣いていた。私も泣いてた。涙が、とまらなかった。

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曇り後、火炎瓶 紙とペン @kamitopen

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