霊能力者紅倉美姫6 恐怖をあなたに
岳石祭人
第1話 依頼
紅倉はバラエティー番組への出演を依頼された。いつもの心霊オカルトではなく、お笑い系の番組だ。
番組で夏向けに、お笑い芸人やアイドルをお化け屋敷に入らせて、そのリアクションを見て楽しもうというコーナーが企画されていて、そこに本職の霊能師である紅倉にも参加してもらおうということだ。
当初は参加者たちがお化け屋敷に入る前に……お化け屋敷には本物の幽霊が住み着きやすいなんて話があるので、紅倉に霊視してもらって、
「いますねえ」
と、(いなくても)怖がらせてもらおう、と考えていたのだが、紅倉がそういうお笑い的なノリをやってくれる人なのか?
「霊をおもちゃにするなんてとんでもない!」
と怒っちゃうんじゃないか? 以降、本職の方で番組出演をボイコットなんてされたらあっちの番組スタッフと喧嘩になっちゃうなあ、ということで、
じゃあ、普通にお化け屋敷に入ってもらっちゃおうか?
ということになり、面白かったらVTRを使えばいいし、面白くなかったら……本人には(心霊的に)安全を確認してもらったという説明で、ボツにすればいい。
ということにして、プロデューサーが出演を依頼してみた。
「お化け屋敷い? そんなん、ちょろいに決まってるじゃん」
と、本人は至って軽い調子で引き受けてくれた。趣旨が分かっているのかどうか、今ひとつ不明だが、プロデューサー氏は取りあえず喜んだ。
そんな話が決まって、数日後、おなじみの「ほん怖ファイル」ディレクター三津木からの紹介で、一人の男性が紅倉宅を訪れた。
訪ねてきたのは、武田哲章(たけだてっしょう)という、一流の名優ではないけれど、ある方面では大物のベテラン俳優だった。
ある方面というのは、アクションのスタントで、
日本アクション商会という、老舗のスタントマン事務所の幹部だった。
客間に案内されてきた武田は、現在58歳、きちんとスーツを着て紳士然としたたたずまいだったが、肩が厚く、顔の皮膚も厚く、奥まった目に鋭い光を宿し、いかにも鍛え上げられ、場数を踏んできたベテランアクション俳優の貫禄があった。
芙蓉から出されたお茶で口を湿らせると、武田は用件を話した。
「紅倉先生も今度、『笑撃たたみこみ!』のお化け屋敷コーナーに出演されるんですよね?」
『笑撃たたみこみ!』はそのお笑いバラエティー番組のタイトルだ。
「先生の他にも、お化けなんか怖がったら恥ずかしいだろう、というキャラの人間を数人参加させることになりましてね」
武田はユーモアをたたえて微笑み、
「うちの事務所の若手エース、まっすぐしょうやも参加させてもらうことになったんですが、えー、ご存知でしょうか?」
「ごめんなさい。知りません」
「そりゃそうですな。
一本道翔矢(まっすぐしょうや)と言いまして、根っからのスタント馬鹿です。
スタント一本で、危険なスタントは俺に任せろ!と、落下や飛び降り、大爆発、なんだって引き受けます。顔もスタイルもなかなかいいんで、主役級の若手人気俳優のスタントを多く担当してます。とにかく度胸があって、派手に見せるんで、監督さんからも重宝されてます。
この翔矢に、なんとか恐怖というものを教えてやってはいただけませんかねえ?」
武田は深刻な様子で紅倉の表情を覗き込んだ。
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