第44話 獣人娘
雑貨屋でこの世界独特の小物やアクセサリーを見て楽しんでいたら、急にミーファが店の外を歩いてた者たちに声を荒げた。
「そこの者! お待ちなさい!」
何事かと思って外を見たら、甲冑を着た憲兵らしき者4名に前後を挟まれ、手枷を嵌められて手綱を引かれてしょんぼり連れられて行く者たちがいた。
「うん? 転生者の嬢ちゃんか……俺たちに何か用か? エルフ様とは珍しいな……」
「その者らは、なぜそのように手枷を嵌められ、罪人のように引かれているのですか?」
「その口ぶりじゃ、あんた生前は上位貴族か?」
「これは失礼しました。転生前のことは関係ないのでしたね。それで、その者たちは? 見たところ転生者のようですが?」
「『罪人のように』ではなくて、こいつらは『罪人』なんだよ。この町の中で、犯罪を犯した者たちだ。当然転生者も、この世界の法で裁くことになる」
見れば俺たちが町に入った時に着ていた、貫頭衣の支給品を着た可愛い獣人の女の娘がいた。
鎖の付いた木製の手枷で覆って隠しているが、胸が見えそうになっていて、可哀想だな……。
「八雲君、あれって犬耳だよね? 尻尾も本物かな?」
「多分獣人とかいうヤツだろうね。犬族かな? 可愛い娘だけど、なにやったんだろうね?」
その獣人の女の子はショートボブぐらいの銀髪をしていて、頭の上に白い耳がピコピコ動いていた。
尻尾も真っ白な毛の長い尻尾をしているが、元気なく項垂れている。
まぁ、あれで尻尾を立てて振っちゃうと、町に入ってすぐの人ならおそらくノーパンだろうから、お尻見えちゃうけどね。
その獣人の娘は俺たちの会話が聞こえたのか、こっちを見て泣きそうな顔で訴えてきた。
「私は何も盗ってません! そこの男に罪を被せられたのです!」
「何言ってるんだ、仲間の癖に裏切るのか?」
うん? この男、生理的に受け付けない。目つきが嫌い、顔つきが嫌い、声が嫌い。他にも色々あるが、本能的に俺の心と体が拒んでいる。
隊長さんの補足では、この目つきが悪い嫌な感じの男と共謀して、武器屋から窃盗したらしい。
他の3人も単独で何か盗もうとして現行犯でその場で捕まったそうだ。
「ヤクモ! わたくしはあの娘は何もやっていないと思います! 助けてあげてください!」
「エエッ!? ミーファはなんで俺が助けられると思ってるわけ!? 俺、普通の人だよ?」
「ヤクモが普通の人な訳ないじゃないですか! アリア様の使徒様だとわたくしは考えておりますのよ」
このお姫様何言ってるの? 頭の中にお花畑でもできちゃったのかな?
「八雲君、何か良い案はないの?」
ちーちゃんまで期待を込めた目で訴えかけてくる。
「悪いが俺たちも勤務中でな、行かせてもらうぞ」
憲兵のリーダーっぽい人がそう言いだしたのだが、俺もこの可愛いわんちゃんが嘘を言ってる風には感じない。
「ちょっと待って! その娘は何もやってないって言ってるけど、罪は確定しているの? それともこれから取り調べをして牢屋に入れるの?」
「お前らに話す義理も義務もないのだが……まぁ、良いだろう。転生者にはできるだけ協力しろってのがこの世界のルールだからな。こいつらの刑はもう確定済みだ。これから転移陣を使って、3つ先の町に送って犯罪奴隷として罪を償うことになる」
普通はレベル制限で入れないって聞いていたが……適正レベル以外でも町に入れる条件が有るのかな?
「この世界の処罰はどういうモノですか? 俺たち今日ここに来たばかりで、何も知らなくて……」
「そうか、なら早めに教えてやろう。この世界の刑罰は、転生者が言うには他の異世界と比べたら結構きついそうだからな。例えばここに罪人が5人いるが、全員窃盗の罪だ。100万ジェニー以上の窃盗は結構重罪でな。男の方は重労働の工夫が一般的だな。女の方は娼館が多いかな。特に、この獣人のような可愛い娘は、娼館で反則金を稼ぐまでは娼婦として酷使されるだろうな。あまり客の付かないような女子は、男子と同じきつい工夫行きだな」
隊長はもう1人いる女の子を見ながらそう言ったが……娼婦? この可愛いわんちゃんが?
隊長の話では、高額品の窃盗はその店の責任者の命を奪うような行為に等しいから重罪だというのだ。確かに、窃盗に合っても、俺たちの世界のように盗難保険の加入などない。奪われたら丸々損失が出る。
店全てが国営ではないようで、許可を得て家族だけでやっている小さな個人経営もあるらしい。夜間閉店しているような店がこの手の店のようだ。
窃盗の場合、盗んだ金額の3倍を稼ぐまでが刑期だと教えてくれた。
獣人の娘たちが盗んだとされる品はミスルルナイフ3本、200万ジェニー相当額だ。彼女たちには600万分の刑期が課せられたようだ。二人で半分にしても300万ジェニーになる。
犯罪奴隷の娼婦として売りに出されて、早くて半年、客が付かなければ3年は体を売る事になると隊長が言っている。
『♪ マスター、その娘は本人が言うように冤罪ですね。町に入るなり、そこの仲間だと言い張っている男にパーティーに誘われたのですが、すげなく断ったのです。お金がもう無くなっていたそこの男は、武器屋からミスリルのナイフをこっそり3本持ち出し、次の町で売ろうと目論んでいたのですが、その場で店主に見つかり憲兵に追われていたのです。逃げてる最中に偶々その娘が居たので、捕まる前に盗んだナイフを断られた腹いせにその娘に押し付けたのです。そこに憲兵が来て、その男が仲間だと言い張るモノですから、仲間扱いされ捕縛されたというのが経緯ですね』
完全に冤罪だな……しかもこの男によって罪を被されたのだ。
「この娘は冤罪だ……審議をやり直さないとダメだ」
「冤罪? だが、実際その娘は盗まれたナイフを所持していた。物的証拠があって、当の実行犯が仲間だと言ってるんだ。審議の必要はない」
「冒険者ギルドで、犯罪を犯すと犯罪歴が記録されて一生消えないと教えていただきました。その娘のカードに犯罪歴として記録されているのですか?」
「この娘は見た目どおりついさっきこの町に入ったばかりだそうだ。まだギルドにも行っていないから、カードの発行もされてなく、身分を証明するモノすらない。当然カードもないので犯罪履歴の有無も確認できない。だが、物的証拠を実際持っていたので、さっきも言ったがこれ以上審議の必要性はないだろう」
『♪ マスター、審問官がこの町にも居ます。有料ですが、再審請求ができます。審問官の言質は神の祝福を得ていることもあって100%虚偽はないというのがこの世界のルールです。再審請求をされてはどうですか?』
「その娘の、再審請求をする! 審問に掛けてくれ!」
「この娘はお金を所持していなかった。魔石を少量持っていた程度だから無理だな。審問官の再審請求には10万ジェニー必要だ。お前が払うなら、その手続きをしてやっても良いがな……」
『♪ マスター! 不本意ですが、その隊長に1万ジェニー握らせてください。それで話がスムーズに進みます』
『1万ジェニーは持っているが、10万ジェニーなんて持ってないぞ?』
『♪ ミーファには悪いのですが、さっき買った剣を手放しましょう』
「ミーファ、この娘は冤罪だと神が言っている……俺は助けたいと思っているけど、そうするにはさっき買った剣を売ってお金を作る必要がある。そこまでしてやる義理はないんだけど……」
「はい、どうぞこれを! ヤクモ、この娘を助けてあげてくださいまし!」
ミーファは迷いなく剣を差し出してきた。やっぱ、ナビーが言うようにミーファはとても良い娘なんだろうな。
俺は隊長になけなしの1万ジェニーをそっと握らせる。
「隊長さん、手間を掛けて悪いね。今、手持ちがこれしかないんだ。武器を売って10万ジェニー用意するから、少しだけ待っていてもらえないか? これは迷惑賃として納めてほしい」
渡した手を開いて、少し嬉しそうな顔をしてこう言った。
「お前、若いのに世渡りが上手いな。俺もその娘が冤罪なら寝覚めが悪い。金をお前が工面してくれるなら、審問に掛けてやろう……」
「隊長さん、ありがとう」
隊長は頷き、仲間の憲兵たちに向かって一声かけた……。
「皆、この金で晩飯を奢ってやる、しばし待てるな?」
この隊長さんも悪い奴ではないな……物的証拠があり、実行犯が仲間だと言ったなら、『無罪です』と言っても、仲間だと思っている者の言葉をそう簡単に信じないだろう。
お金を独占しないで皆に奢るあたりも好感が持てる。
「あの! ありがとうございます! お金は必ずお返しします!」
「待てよ! 俺が仲間だと言ってるのに、なに勝手に話を進めてるんだよ!」
審問官に掛けられるとこいつは嘘がバレるので、急に慌てだした。この娘が共犯になるなら、返済金を半分持たせられ刑期が半分で済むからだ。
「ヤクモ、この娘は間違いなく冤罪なんだよね?」
「ああ、何せナビーが事の経緯まで話してくれたからな」
ミーファは男の下に行くと、射殺すような冷たい目を向け冷え切った声でこう言い放った。
「そなた……もし嘘だったら、わたくし許しませんことよ!」
ミーファ怖いよ! 美しいだけに、怖さ三倍マシです!
少し【王の威圧】を乗せたのか、男はガクガク震えて脅えている。
さっき買った武器屋に事のあらましを説明したら、18万ジェニーで買い戻してくれた。たった数時間で2万ジェニー下がったと思ったが、店主の言い訳を聞いて納得した。
俺たちは纏め買いをしたので、かなり安く値引いてくれていたのだ。
その中の1番高価な物が返品されるとなったら、サービスした分赤字になるのだ。
* * *
審問の結果なのだが……当然無罪だ。
結果が出た時点で、ミーファは男を殴り倒した。
「エルフの嬢ちゃん! ストップ! 気持ちは分かるがそれ以上やったら、今度は嬢ちゃんを捕らえないといけなくなる!」
傷害の現行犯ですものね! 隊長は、さっきの1発は見逃すと言ってくれているのだ。
ちーちゃんと二人がかりでミーファを抑えて引き離した。
「ミーファ! 幾ら罪人でも、手枷を嵌めた抵抗できない人間を殴るのは感心しないぞ!」
「そうですわね……ごめんなさい」
「それと、傷害罪が付いてないかカードをすぐに確認だ!」
ミーファは俺に言われ、慌てて冒険者カードを確認した。
「良かった……犯罪歴は付いていませんわ!」
ミーファのギルドカードに犯罪歴は付いていなかった……マジで良かった。
「どのくらいで犯罪者扱いになるのか分からないうちはこっちから手は出さないように気を付けないとだね……」
犬耳娘が手枷を外してもらい解放され、嬉しそうに俺たちの下に尻尾をフリフリ駆けよってきた。
か、可愛い……尻尾モフモフしたい。
「ご主人様! 助けてくれてありがとうございます!」
へっ? 今、この娘なんて言った?
ちーちゃんも、ミーファも当然俺と同じように、『エッ?』って顔をしている。
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