第41話 義妹
宿屋はこの町に何件かあるようだ。
「どうしよう? 宿屋3件あるよ?」
A:一泊朝晩の2食付で風呂有 一人8000ジェニー
B:一泊朝晩の2食付で風呂無 一人5000ジェニー
C:一泊の素泊まりで風呂無 一人3500ジェニー
Aは食事も美味しいそうで、若干他より高いのだそうだ。
「Aだと予算的に最大でも3日しか滞在できないのね」
「冒険者で討伐依頼を受けたら、多分俺は直ぐレベル10を超えちゃって、この町に入れなくなる」
「そうだよね……どうしよう?」
「あの、私、我儘なの承知で言うわね……。八雲君、お風呂に入りたいです」
「あ、わたくしもですわ!」
「お風呂に関しては俺も同意見だね」
「日本人は仕方ないわよね? 八雲君もそう思うでしょ?」
「日本人だからってことはないだろうけど……。最近は若い女の子でも汚ギャルとか多いそうだし、ネトゲ廃人は基本風呂とか滅多に入らないって聞く。でも俺も風呂は入りたい」
「じゃあ、お風呂付のAの宿屋さんで良いよね?」
「円と価値が同じくらいなら8000ジェニーってそれほど高くはないよね? でも、そこだと3日しか町に居られないから、宿屋に行って方針を決めようか?」
「すみません。個室1つと、二人部屋1つ空いてますか?」
「今、空があまりなくて、二人部屋は空いていないです。個室1つと四人部屋が1つ、八人部屋が2つしか空いていません。ごめんなさいね」
戦力の乏しいちーちゃんは、防犯の為にミーファと相部屋にするつもりでいたんだけど、二人部屋は空いてないのか。
「四人部屋は四人分の料金が要るのでしょうか? わたくしたち三人なのですが……」
「いえ、三人様でなら四人部屋を三人でご利用可能です。残念ですが四人部屋を二名で二名分の料金でのご宿泊はお断りしています。料金は三人分で結構ですよ」
「じゃあ、そこを3泊お借りしますので宜しくお願いしますわ」
「「待ってミーファ!」」
奇しくも俺とちーちゃんがハモった。
こんな可愛い娘たちと同じ部屋なんて無理!
「どうしたの? 二人して慌てて?」
「いやいや! お年頃の男女が同室はないだろ?」
「「エッ!?」」
「「えっ!?」」
最初の『エッ!?』は宿屋のお姉さんとミーファの発言、それを聞いた後の『えっ!?』を言ったのが俺とちーちゃんだ。
「あなたたちは転生者で冒険者になったのですよね? パーティーで同じ部屋とか普通でしょ? そもそも野営とか1つの狭いテントで体が触れ合う距離での雑魚寝が当たり前よね? 広い部屋なのに何言ってるの?」
宿屋のお姉さんにつっこまれて納得した。
「「確かに……」」
「あ、でもフィールドとかは俺タコだし! 人化中とは全くの別物だと思う」
「そうです! 男女七歳にして席を同じゅうせずということわざもあるくらいです!」
「「何それ?」」
どうやら異世界にはそんな甘い非効率な考えはないらしい……。四人部屋で三人が許されてるのは、1パーティーが最大七人だからだ。1パーティが2部屋に分かれたら三人と四人になるので、三人での利用を認めるようになっているそうだ。勿論七人が一緒に泊まれる八人部屋もある。
「まぁ、あなたたちが嫌なら、他の宿屋に行ってもらうしかないのですけどね。空き部屋が無いのですもの」
「「うっ……お風呂」」
「エエッ~~!? 二人ともそれほどお風呂入りたいの? 【クリーン】じゃダメなの?」
「お風呂は【クリーン】とは別物だよ!」
「ヤクモ、なに怒ってるの?」
「怒ってないけど……」
「分かった……三人で借ります。八雲君……変なことしたらミーファに切ってもらいますからね」
「しないよ! でも……俺……そうだ! 三人分の料金を払うから、お風呂と食事だけもらいに来るよ! それほど外も寒くはないから俺はどっかで野宿するね」
「「却下です!」」
「幾らなんでもそれはあんまりでしょ! お金払って野宿とかあなたバカなの……」
「ちーちゃんの言う通りですわ。ヤクモ、あまりふざけたこと言うとブツわよ」
結局三人部屋で美少女たちと3日間一緒に過ごすことになった。
「朝晩2食付くけど昼食も別料金を出してもらえたら、食堂でいつでも食べられるわよ。24時間営業なのだけど、昼型組と夜型組と両タイプ居るので、絶対静かに過ごしてね。全室防音の魔法が掛かってるけど、大きな音は安全対策の為に聞こえるようになっているので気を付けてね」
お風呂も24時間いつでも入れるそうだが、日に2回お湯を入れ替える為0:00~0:15と12:00~12:15は清掃中だそうだ。
昼食時間に合わせているので問題ないのだが、その時間、宿の方は忙しそうだよね。
「たった15分で清掃と水の入れ替えってできるんですか?」
「魔法で全て行うので10分もかからないよ?」
だそうだ……掃除自体それこそ【クリーン】一発で終えるらしい。
部屋に行ったのだが、緊張し過ぎて倒れそうだ。
「ヤクモはどうして女性がそれほど苦手なの? まさか、男性が好きとかじゃないですわよね?」
「そんなんじゃないよ! 理由が聞きたいの?」
「無理に言わなくてもよろしくてよ……」
「別にいいよ。俺の父親は俺が8歳の時、事故で死んだんだけど、俺が中学に入ったぐらいに母親が職場の上司と再婚したいって言って家に連れてきたんだよ。俺は嫌だったから反対したんだけど、結局俺が中2の時に結婚しちゃったんだ。あ、ミーファには分かんないか……」
「ええ、『ちゅうがく』とはどういう意味でしょう?」
「中学って言うのは子供たちが勉強をする学校のことで、大体13歳からかな、中2は14歳の時の話ね。で、その男には連れ子が居たんだよね。1つ歳下の凄く可愛い女の子……最初はお互いに殆ど口も利かず過ごしていたのだけど、1年ほど一緒に過ごしている間に、その娘が『お兄ちゃん』って慕ってきて、凄く懐かれたんだよ」
「妹ができたんだね……それでその話がヤクモの女性に対する挙動不審とどう繋がるの?」
「挙動不審!……やっぱりそう見えてるんだ……」
「あ、ごめんなさい! 続きが聞きたいわ……」
「1年が経って、妹が良く『お兄ちゃん好き!』とか言って抱きついてきたり、過剰にスキンシップを取ってくるようになったのだけど、俺も可愛い妹ができて、なんか嬉しく思ってたんだ。最初の頃は新しい父親がやっぱり嫌で色々荒んじゃってたけど、中学3年の学校卒業前ぐらいには大分落ち着いていたんだ。その頃に妹とちょっとあってね……料理をかいがいしく作ってくれたり、ほっぺにキスしてきたりするものだから可愛く思えて、ある時フッと抱きしめてしまったんだ。そしたら急に『お兄ちゃん、なに本気になってるの! からかってるだけなのにキモッ!』と言ってビンタされたんだ……」
「え? その妹さんはあなたのことが好きだったんじゃなかったの?」
「俺はそう思っちゃったんだけど……分からない……俺はショックでその時呆然としたんだけど、次の日何もなかったかのように、妹はまた過剰にくっついてきたんだよ。俺は妹が何考えてるか分かんなくて……あまりにも理解できない気持ち悪さを感じたんだ。実際ゲロゲロと抱き着いてきた妹に吐いちゃったんだけどね。それ以来、俺は理解不能な妹と一緒に居たくなかったから、わざわざ離れた高校を受験して一人暮らしを始めたんだ」
「ヤクモが一人暮らしを始めた理由はそれなのね……」
「うん。でもあの妹は、毎週学校が休みの土日になったら電車に乗って来るんだよ。母さんから合鍵をもらっていて勝手に入ってくるから居留守も使えないし……。だから土日は家に居たくなくて釣りに行くようになったんだ。あれ以来、俺は可愛い女子に特に拒絶反応を起こしてしまって、極度に緊張するようになってしまったんだ」
「なんかそれ……妹さん、やはりあなたのことが好きなのではないですか? いつも相手にされなかったのに、急に抱きつかれて、咄嗟にそんな言葉が出ちゃったとかではないでしょうか?」
『♪ マスター、ミーファの言う通りのようですね。妹さんは、いつも優しく気遣ってくれるマスターのことが大好きだったようですよ。あの時のことをずっと後悔していたようです……』
ナビーにそれを聞いた時、俺は泣いていた……。だって今頃あの可愛い妹は、俺が死んじゃったことで、一生あの時のことを後悔する破目になってしまったんだ。そんなの可哀想過ぎる。
「ヤクモ! どうしたの? 大丈夫!」
ミーファの心配する声は聞こえてたが、俺は嗚咽が止まらず泣き崩れてしまった。
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