第8話 ラプンツェルとお茶会




結局、わかってみれば簡単なことだった。

旦那さん、フィートさん。

これは、私のゲーム友達のフィートリアのことであった。フィートリアは全獣体と呼ばれる二本足で立って歩く猫。獣人で、分かりやすく言えば長靴をはいた猫。ゲーム内では【ケットシー】と呼ばれていた。

私達は仲が良かった。私の塔を【ラプンツェルの塔】と呼んだのもフィートリアなら、私のつけている指輪も、彼に貰ったもの。

懐かしい話だけれど、ゲームを始めると、それぞれの種族がその名のついた指輪を渡される。いわゆる初期装備と呼ばれるものだ。

それは、それぞれにあった力の強化を施してくれる優れたアイテムなのだけど、いつのまにかそのアイテム、ゲーム内では恋人同士が交換する約束の指輪として噂が噂を呼んでいた。

しかし、私とフィートリアはただの友人で、彼は現実では私より一つ年上のグラマーな美女。そう、彼は彼女で、今はもうゲームを引退し結婚し子供もいる幸せな専業主婦だったりする。

そんなフィートリアが、引退する際に記念としてくれたのが【ケットシーの指輪】だったはず。


そんな、思い出も思い入れもあるけど、甘酸っぱかったりはしない指輪の持ち主が私の旦那になったのはいったい何時なのか。

そんな記憶もないのに、いつのまにか私は……未亡人扱い。


「悲しいのはわかりますけど、だからって忘れちゃうのは違うと思います!」

「先生、フィートさん。ケットシーのフィートリアさんです。そちらの指輪は結婚の証として頂いたものではありませんか」


あまりのことに虚ろな目をしていたのだと思う。緩慢な動きで左手の薬指を見て、みて、み……て、あぁ、ふーん、そっか、やー、すっかり騙されたよ……なんて心のなかで一人呟き涙した。

でもまぁ、今のところそれで困ることはない。

あーでも、あー、この指輪ってたしか、一度嵌めたら、フィートリアじゃなきゃはずせないんじゃ……ははっ、は。


まあ、今のところは、恋愛する暇もないことだし、ね。







□■□■□■□







トトとユユが買い物に行く準備を始めた。

お金、売るための魔法薬などを用意するらしい。

私はお金、大丈夫かな?と一瞬心配したものの財布をみれば驚くほど金貨がザックザク。思い返せばギルドのカードにも幾らか預金があり、店の売り上げも五割が積み立てや仕入れに取られるとして、大体残りの五割が私の財布に落ちるのだしなんの心配もない。

よって、【妖精の店】のプライベート空間である二階のリビングで子供たちと向き合い大人しく準備が終わるのを待つ私。


「えっと」


ビクッ。


「あなたがピッピね」


ビクビクッ。

……ちっとも懐いてくれない二人を見つめ、トトやユユと話す時よりも柔らかく聞こえるように意識して声をかけたつもりなのだが、なぜか怖がられている。

うーん。私の見た目はどちらかと言えば穏やかな風に取られると思うのだけれど、何がいけないのか。


「それで、あなたがチッチでしょう?」

「……」


完璧に嫌われている。


「あー!先生ったら、チッチとピッピをいじめないでくださーい!」

「こら、ユユ。先生に対してなんて物言いですか。すみません」

「良いのよ」

「二人とも人見知りしているんです。それに、普段からユユが先生について、どれ程厳しくて怖いか説いていたものですから、それもあるでしょう」


ユユ、おまえか。


話しながらトトが出してくれたお茶をのみ。

ユユがいそいそと持ってきた蜜たっぷりのクッキーを食べる。あら、美味しい。


「ちがいますよ!先生がどれだけ凄い妖精か教えてあげたんです!!」

「……まぁ、どうかしらね」


なんて、本当かどうか怪しいユユには適当に相づちをうち。私は一杯目を飲み終えた自分のカップを置いて、今度は腕捲りをして立ち上がり、みんなのお茶の準備をした。


しばらくして、お出掛け準備も終わり席についたユユは自分用の物にしては随分と大きいマグカップを両手で抱え、キラキラとした眼差しを目の前の蜜が入った瓶へと送っている。

きっとこれは、カップに蜜を入れたいのだろうと検討をつけ、仕方がないのでテーブルから瓶を持ち上げてキュッと蓋を開けると、ふわっとひろがる甘い香り。これには席についた皆が、さすがのトトもうっとりと瞼を閉じてしまっている。それについては、まぁ、私も違いないのだけど。


「さ、みんなカップをテーブルに置いて」


ユユの巨大な花柄カップ。トトの中くらいな青色カップ。チッチやピッピのお揃いの小さな黄色いカップ。そして私の普通サイズの白いカップ。

それぞれへ、瓶から大さじスプーンを救いだしてたっぷり一匙ずつ、黄金色をしたとっても美味しそうな蜜をカップへ落としてあげる。


「じゅるっ」

「ありがとうございます」

「わー」

「……」


カップの底へ落ちてたまる甘い蜜を見つめて、私たちはみんな唾を飲んだ。

美味しそうで早く飲みたくてたまらない。こんな気持ちも、身体に引きずられているんだろうか?


「まだよ。今紅茶が入るからもう少し待って」


蜜瓶に備え付けられた大さじスプーンと張り紙【食べ過ぎ注意!】の文字がなかったら、瓶はすぐに空っぽになることだろう。

妖精って蜜には目がないからね。

全員が両手を膝にのせ待つこと数分、たっぷりの蜜へ注がれた朱色の紅茶は甘い渦を巻き私たちを魅了した。


「さぁ、良いわよ。どうぞ召し上がれ」


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