第27話 空昇りの祭壇にて

 古代遺跡と言うものは何故、こうも人を惹きつけるのだろうか。

 失われたものに対する憧憬ゆえか。失われたものを追い求める浪漫ゆえか。事の始まりは、そういった情動による熱意だったろうと思うが、それに続く人々は、果たしてどのような動機から道へと入ってくるのだろうか。

「まあ、好きでこういう場所に来ている私が、人のこと言えた立場じゃないけれども…」

 まるで哲学のようなことを考えながら、遺跡へと続く整備された山道を見ていた少女は、自嘲気味に呟いた。そんな彼女は、山道を行く人が動く様子を画用紙に鉛筆で描き写している。

 少女はビアンカと言う名前で呼ばれ、また彼女自身も普段からそう名乗っていた。それは彼女の旅絵師としての名前で本名ではないが、本人も本名を知らないので、幼年学校に通い始めた頃から既にその名前で通していた。

「さて、そろそろ移動しようかな。折角だから、この流れに乗せてもらおう」

 ビアンカは鉛筆他の画材を鞄にしまい、静かに立ち上がった。

 その遺跡は古代の空の神を祀る祭壇として知られている。

 実際の用途については未解明の部分が多いものの、供物を捧げる台座や御神体らしき像が、空を望む中央の吹き抜けに配されている構造から、空の神にまつわる神殿か祭壇であろうと研究者達がそう結論付けたのだ。

 しかしそれ以上に、その遺跡には大きな特徴がある。ここに足を運ぶ人々は、ビアンカも含めて、それを目当てにやってきていた。

 疎らに見える観光客、旅人に混ざり、ビアンカも遺跡の方向へと足を運ぶ。先日、領主の命令で道路整備が行われたからか、草を刈った後の独特の匂いが漂っている。その匂いを運ぶ風を切り、まっすぐに道を行く。

 入り口に当たる検問所が見えてきた。そこには当然、見張りの兵士が武装して立っている。観光資源であるとはいえ古代の遺跡には違いなく、いつ不測の事態が起こるか分からないからだ。

 ただこれは、未解明のままで開放している領主に問題が無いとも言えなかったが。

 彼女が検問所に近付くと、武装した兵士が二人、出てきた。

「お早う御座います。お一人ですね。ではこちらの台帳に日付の記入と記名をお願いします」

 最初に、屈強な体躯の男性兵士が、爽やかな笑顔で話しかけてくる。

「ようこそ、空昇りの祭壇へ。台帳への記入が終わりましたら、お荷物の検査をしますので、こちらに」

 次に、凛々しい雰囲気の女性兵士が、引き締まった顔に微笑を浮かべながら話しかけてきた。危険物の持ち込みなどするはずもないが、もちろん全て従う。

「この指輪は、術の触媒用でしょうか?」

 女性兵士が、鞄の中にしまっておいたケースの蓋を開けてこちらに示している。そこには、深い青色の宝石があしらわれた銀に煌く指輪が収められていた。先日、とあるところで物々交換によって手に入れたものだ。

「はい。これでも公認資格は持っていますので」

 ビアンカはそう言って、身に着けている腕輪を示した。

 その腕輪は、皇立の学術機関卒業者にのみ贈られる公的な身分証明物で、同時に緊急時の術触媒としても使うことが出来る便利な代物だった。これを所有する人物の身分は皇国が保証するとされ、仮に所有者が術を使った殺人などの重犯罪を行った場合、皇国法に則って厳しく処罰されることになる。

 ちなみに、術師であることそのものに公的な免許が必要というわけではなく、年齢制限も、届出の義務もない。

 示された腕輪を見た女性兵士は一礼した。

「これは失礼しました。では、遺跡内部への術触媒の持込みを許可致します」

「有難う御座います。自衛と救助以外の目的で使用しないと誓います。あ、これが領主様からの探索許可証です」

 次に、筒に入った上質な紙を取り出して、女性兵士に手渡した。

 表面には許可証を発行した理由と、それを許可する旨が記されており、最後には皇国刻印と、この地を治める領主の印が捺されていた。

「はい、お預かりしますね。ふむ…。内部の探索もされるのですか…。ん?ああ。絵を描かれるのですね」

「ええ。趣味と実益を兼ねています。今回は依頼ですけど」

「なるほど…。はい、ではこちら全てお返ししますね。荷物に問題はありませんでした。どうぞごゆっくり、お楽しみください」

「はい。お姉さんも良い一日を」

 こうして手続きは終わり、いよいよ遺跡の内部へと進むのだった。

 最初にビアンカを向かえたのは、出入り口を見守るように配置されていた男女の彫像だった。周囲の柱が経年劣化していたり、破損が目立っていたりするにもかかわらず、その彫像と台座だけは破損も劣化も感じさせない状態を維持していた。

「材質なのか、魔法によるものなのか。興味深いね」

 ビアンカはその彫像を画用紙に鉛筆書きしてから、入り口の門を潜り、遺跡へと下って行く。

 少し歩き、通路をまっすぐ行くと、見えてきたのは開けた場所に設けられた噴水公園だった。その噴水も、周囲の柱や壁の経年具合からは想像できないほどに良好な状態を維持しており、静かに水を噴き上げている。

「おぉ…」

 しかし、それ以上に目を引いたのは、その公園から一望できる、空を望む御神体と、その前に配置されている台座。そして、それを取り囲むように展開されているジオフロント構造だった。

(ここまでは壁で分からなかったけど、ここって山の頂上をくり貫いた構造だったんだね)

 テラスのようになっている公園から中央の御神体を眺め、その景色を画用紙に写し取って行く。

 それから幾つかの、人々の営みを刻んだ壁の模様や、噴水公園に配置されているヘーリニック言語で空への讃美歌が刻まれた石碑などを絵に収めながら歩く。いずれも、何か意味のある部分には仕掛けが施されているのか、経年を感じさせない場所や物が幾つもあった。

「取り敢えず、こんなところかな。さて…」

 ただ、そのいずれもが、ビアンカや他の観光客、旅人が目的としているものとは違っている。

「例の現象は起こるかな?」

 噴水公園に設置されたベンチで休憩を取りながら、ビアンカは、ここまで鉛筆で描いた絵を整理しながら、御神体と台座が安置された吹き抜け中央部分を観察していた。

 その時だった。

「ん?あれは…?」

 観察していた中央の御神体が掲げた左腕の先に、蝋燭に火を灯すようにポッと、翡翠色の光が点る様子が見えた。

 すると、その現象を皮切りに、ジオフロント構造内で開けていた部分にある、経年劣化や破損していない場所、つまりビアンカの居る場所にある噴水にも、同じように翡翠色の光が点ったのである。

「これは、一体何が?」

 そして次の瞬間。そこにいた全ての人は、言葉を失うことになる。

 その景色を一言で表現すれば、空に向けて落ちて行く流れ星、とでも言えばいいだろうか。

 最初に起こった翡翠色の光は徐々に膨れてゆき、それぞれに一定の大きさまで膨張したあと、破裂。無数の光の粒子となって場に満ち溢れた。

 そして光の粒子は、御神体の安置されている部分を中心として螺旋を描き、さながら竜巻の如く空へと巻き上げられていった。その時、光の粒一つ一つが尾を曳きながら上昇していくので、それが夜空を翔ける流星のように見えたのだ。

 その光景に見入っていると、気が付いたときにはその現象が終わってしまっていた。

「いやぁ…、凄かったぁ…。なにあの光の奔流。いったい何の目的で造ったんだろう、ここ」

 空へ落ちていく流星群を見送った直後、感動のあまり本来の目的を忘れてしまっていたが、ある事に気が付いて我に返る。

「うん?鞄の中に、光が?」

 横に置いていた画材入れ用鞄から、薄く青い光が漏れていた。確認すると、それは指輪の収められたケースから発せられているようだった。

「?」

 気になり、ケースを取り出して開けてみる。指輪が淡く輝き、深い青色の宝石は瑞々しい光を宿して、まるで赤ん坊の瞳のようだった。

(……喜んでる?)

 その無邪気さを見て、ビアンカはそう感想を抱いた。物に感情があろうはずもないが、何故だかそう感じさせられたのだ。

(さっきの現象って、もしかして魔神由来の何かってことなのかな?うーん、良く分からないなぁ…)

 理解は追い付かないものの、優しい光に和まされた彼女は、そっとケースの蓋を閉じてから鞄の中へとしまい、目的の物を見ることのできた満足感を抱いてその場を後にした。

 その後、宿に戻った彼女は体験で得た驚きを早速絵に描き上げ、他の鉛筆書きも勢いのままに清書し、一日がかりで全ての絵に彩色まで済ませてしまった。そのせいで期日よりも大幅に早く仕上がってしまい、やることが無くなった彼女は、暇つぶしも兼ねてさらなる遺跡探訪に出かけるのだが、それはまた別のお話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る