第26話 遺跡研究都市ルイーナ・クラスターナにて:後編
時間がゆっくりと流れていく錯覚の中、迫りくる光の砲撃を冷静に見つめていたビアンカは、しかし、諦めることなく、触媒を嵌めた方の手を動かす。
可能な限り集中し、術力を流し込んでイメージを構築。これから解き放つのは、上昇するための推進力を生み出す風力だ。
(間に合うかな?いや、間に合わせる!)
飛行の制御のために纏っている風の術力が弱まり、代わりに、動かした手の先に気流が集まっていく。
(もう一押し…足りないか)
二人の体が浮かび始めるものの、付け焼き刃気味に使用した影響か十分な浮力を発揮できていない。回避には不十分だ。そう思い、表情を歪ませるビアンカ。
その時だった。一瞬、下方で何かが光ったかと思うと、何かの炸裂によって二人の体が弾き飛ばされたように上空に向けて放り投げられてしまったのだ。
風が勢いよく横を通過していき、目の前には青空が見える。体の重さと言うものを全く感じないせいなのか、変に気分は良かった。ただ、それを楽しむ余裕などない。
「うわ…え、えぇ!?」
「何とか、なりましたわ!」
驚いているビアンカの下で、ヴィオラが笑っていた。
そして、混乱した思考そのままに、魔導甲冑の頭上を軽く飛び越え、研究所を覆う城壁を飛び越えて、街の方へと向かっていく。風を切って飛んでいく様は、さながら大砲弾のようだった。
「いったい何が起こって…」
軽く混乱している頭で状況を把握しようと努め、しかし、直後に感じた身体の重さで、現状の深刻さを思い知った。自分たちは今、放物線を描きつつ自由落下しているのだと。
「あ、その前に!ヴィオラ着地!着地態勢!こっちは滞空頑張ってみるから!」
「あ!そうでした!術で緩衝材を作りますわ!」
徐々に降下を始めた身体に、二人ともが慌てて滞空と減速態勢に移った。ビアンカは、一度は散った空気を術力でかき集めてフクロウのような翼として繋ぎ合わせ、ヴィオラは術力を用いてさながらクッション材のように空気を固めていく。
ビアンカは風の翼を拡大すると、着地に適した通りを探す。軒並みと左右に曲がった石畳の続く商店街を避け、物資搬入用に使われている他と比べて道幅の広い通路へと目掛けて滑空していく。幸い人は誰も居らず、巻き込むことはなさそうだった。
「ビアンカさん、こちらはいつでも行けますわよ!」
「ん、分かった!合図したら、固めた空気をゆっくり噴射して。さっきみたいに炸裂させるんじゃなくてね」
「あ、はい。承知しました!」
徐々に迫りくる石畳を見据え、より負担の少ない角度を模索しつつ、鳥獣がそうするようにゆっくりと姿勢を整えて速度と高度を下げていく。
「もう少し…もう、少し…!」
「緊張しますわ…」
「それじゃあ、行くよ?」
「ええ…!」
風を切り、景色を飛ばしながら、二人は体勢を最終調整する。そして。
「よし!噴射して!」
「はい!」
ヴィオラの手によって固められた空気が、呼気を吐き出すときのような勢いで噴射された。その作用により二人の体が一気に減速していく。風で出来ているはずの翼も、さも実物の翼の如く上へと膨らみ、二人の重みを支えていることを背中越しにビアンカに伝えた。
ゆっくり、ゆっくりと石畳に接近したところで風の翼を羽ばたかせ、ふわりと着地した。
「ふぅ…」
「よいしょっと」
ビアンカはヴィオラを下ろして術力を解放。風の翼を霧散させる。近くにあった公園の木々を、霧散した空気が揺らした。
「取り敢えず、ここまで来ればあいつらも追ってこないと思う」
「何とか…なりましたわねぇー…」
「いやはやまったく、どうなることかと」
周囲の安全を確認し、二人して大きく息を吐いた。
「さあ、早く脱出しないとね。万が一ってこともあり得るし」
「そうですね…。手早く参りましょう!」
そうして、二人は無事、脱出に成功したのだった。
その二週間後。ビアンカとヴィオラの二人は、ヴィオラの属する研究機関がある学術都市の、その図書館内に居た。
その手には都市行政刊行の新聞が握られている。開かれたところにはルイーナ・クラスターナで起こった暴走事故の記事が書かれてあった。
「結局、あの事件は古代遺産の魔導甲冑が暴走して研究所を破壊し、研究者たちに危害を加えた、と言うことで良いのかな?」
紙面の記事を見て、ビアンカが小首をかしげる。
「ええ。魔導甲冑の研究に深く携わっていた研究者が十数名、他の部署の研究者十数名が重軽傷を負いましたが、それ以外の住宅地、一般人には一切被害はありませんでした。監察院は、これを第三者による故意であるという線も含めて、改めて捜査するそうですわ」
「まあ、派遣された騎士団にも被害は無かったそうだからね。そういう線も考えるか、やっぱり」
記事には、派遣された調査兼鎮圧にあたった騎士団からもたらされた、事件の顛末と被害者についての情報。その後の有識者による分析、感想。監察院の今後の動向についてなどが書かれていた。
「なんにせよ、ヴィオラは注意しておかないといけないね。単なる事故にしても、意図的に仕組まれたものだったとしても」
「はい、重々承知しております。ただ注意するのは貴女も同じですわよ、ビアンカさん」
「あ、やっぱりそう思う?まあ、気を付けておくよ」
そのように物騒なことを話しながらも、二人は午後の時間をゆったりと過ごすのだった。
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