久狛井探偵事務所―自称零感、探偵の意義を問う―
三浦常春
第一章 死してなお執着する心とは
第1話 拝み屋ギルドの1日(20.1.29改修)
【勇者】心霊スポットの今を探るスレ【求む】
………
……
…
671名前:エリマキ(凸中)20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
誰か来た
672名前:本当にあった怖いヒューマン20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
えっ
673名前:エリマキ(凸中)20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
やばい足音するちかづいてる
674名前:本当にあった怖いヒューマン20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
ヒエ
675名前:本当にあった怖いヒューマン20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
>>673落ち着け、今どんな状態だ? どこにいる?
676名前:エリマキ(凸中)20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
いつでも逃げられるように、扉を開けたら死角になる場所に隠れてる。タンスとか入った方がいいかな
677名前:本当にあった怖いヒューマン20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
危ないんじゃね? いくら死角になるとはいえ
まだ足音が遠いようなら移動した方がいいかも。タンスに入れるなら入れ
678名前:本当にあった怖いヒューマン20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
動画はよ
679名前:本当にあった怖いヒューマン20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
あれからもう一時間経つけど、凸主大丈夫か?
680名前:本当にあった怖いヒューマン20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
音沙汰なし。救出隊送る?うち、■■町の隣だから行けるけど
681名前:エリマキ(凸中) 20**/**/**(*)**:**:**ID:*********
報告遅れた。救出隊は大丈夫。あの後gkbrしながら隠れてたらドアが開いてさ、すっごい美人なお姉ちゃんとクソイケメンが入って来た。んで追い出された
な、何を言ってるか分かんねーと思うが(ry
■ ■
「ぬあーっ! もー、またネタにされてる!」
ガタン。
あまりにも大きな声と音に、カップのコーヒーが跳ねた。紙面を点々と穢す黒色を恨めしく思いながら面を上げれば、そこには天井へ向けて突き出された二本の生足が見える。
静まり返った室内にコツリとハイヒールが落ちた。
「信じらんない! アタシと不死原君が登場した瞬間『萎えた』の連続とか!」
よく見れば、爪先は一つに纏まっていた。もぞもぞと動くことはあっても、各指がばらばらに動くことも開くこともない。どうやらストッキングを履いていたらしい。
「でも、超美人って書いたところは褒めてやる。お姉さん、ちょっと感動した」
長い足が引っ込み、代わりに「美人」が現れる。黒髪をポニーテールにまとめた、快活とした女性だ。
名を
その顔は平均以上の作り。スタイルがよく、足は不気味さすら覚えるほどに長い。しかし上下半身が不揃いというわけではなく、不自然の一歩手前をギリギリ攻める、まさに芸術品と言えよう。彼女がタイトスカートで出勤する日は、ウハウハのハッピーデイである。
「ネタにされるのは仕方ないよ、薄木さん。僕らがそのスレッドを見て出動したんだから。それだけ衝撃的な出会いだったんだろう」
むしろされない方がおかしい、そう笑って見せるのは青年、
薄茶色に染めた髪は素行不良の気配を臭わせるどころか、儚さを想起する。薄木が見る掲示板のスレッドに記載された通り「クソイケメン」の容姿を持っている。
「それにしても、そのスレ主、もうちょっと劇的な終わり方もできただろうに、真実だけ語って終わるなんて……まるでどこかの誰かさんを見ているようだね」
「あ、そういえばそうだね。この馬鹿正直な感じ、かなーり好感が持てる。めっちゃデジャブ。ねー、ムトウ君!」
満面の笑みがこちらを向く。突如として振れらた話題に戸惑いつつも、ゆっくりとコーヒーを仰ぐ。
「
ムトウではなく無洞純は、薄木や不死原と同じく『
出会いは彼らが監視している大型掲示板。その中でも廃墟や心霊スポットなどへ突撃する、いわゆる「凸スレ」に由来を持つ。
人の世に忘れ去られた廃墟へ出向き、「今の姿」を報告し合う場。そこで無洞は勇気ある挑戦者として名乗りを上げた。しかし現場で待っていたのは、無であった。建物は既に取り壊され、辛うじて残る基礎が、そこに建物があったのだと物語っていた。
思い返せば、廃墟の喪失を報告する手もあったのだろう。しかし当時の無洞はそれをしなかった。どこまでも続く闇の中、ただ茫然と立ち竦んでいた。
そんな無洞を不審に思ったのか、女性――薄木夕真が声を掛けて来たのだ。
そのような縁が始まりとなり、無洞は晴れて久狛井探偵事務所の一員となった。
完全週休二日制、月給十九万。一般事務(ただし電話対応なし)。大学を卒業してからというもの非正規労働に従事してばかりいたが、二十代後半に差し掛かってようやく安定した職に就くことができた。これで両親に顔向けできる。
「先輩方の登場で解決に向かうって展開は、ほぼテンプレ化してるんじゃないですかね。創作って思われたんじゃないですか? そういえばこの前、『心霊スポットに行くと必ず現れる男女』って、まとめサイトに考察上がってましたよ」
「えっ、何それ、初耳! アタシたち、そんなオカルティな存在になっちゃってるの!?」
騒々しく驚いて、薄木はキーボードを打ち込む。無洞の情報をもとに検索を掛けているらしい。忙しなく瞳を動かした後、
「女は黒髪ポニテで足が長い。相方はいろいろ? イケメンだったり少年だったり――この書き方、なんかやだなぁ。アタシが尻軽みたいじゃん。で、二人が現れると、だいたい事件が解決する……」
次から次へと文面が読み上げられる。その内容に薄木は心当たりがあるようで、「ああ」と頭を抱えた。
現行スレッドを追うことは多々あるが、考察やまとめサイトまで目を通す余裕はなかったらしい。ならば知らないのも仕方ないか、と無洞は新たにコーヒーを淹れるべく立ち上がった。
隣の席――不死原から「僕もお願い」とマグカップが渡される。
「有名人になったなあ、アタシ。……悪く書かれてないならいいんだけどさ」
「『時空のおっさん』みを感じる登場の仕方だよね」
「やめて、おっさんと一緒にしないで」
薄木や不死原を始めとした探偵所職員が、掲示板の現行スレッドを追う理由は簡単だ。困っている人がいないか、自ら怪異に踏み込む人がいないか。その監視を担っているのである。
久狛井探偵事務所は「探偵」と自称しているが、その実情は「拝み屋」と酷似している。霊能力者集団とも言えるだろう。
もっぱら事務仕事が主の無洞には、現場でどのような「仕事」が行われているのか見当も付かないが、多分
よく分からないし胡散臭い。この集団に属していてもよいのかと不安になってきた。
「それにしても、仕事の仕入れ先の一つが掲示板って変な話ですよね。釣りかもしれないのに」
「嘘ならそれに越したことはないよ」
湯気の立つマグカップを手渡すと、不死原は唇に笑みを乗せる。その仕草すら雑誌の一ページに見えてくるのだから腹が立つ。
「一番問題なのは、嘘と見限ってしまうこと。ネットは特に見分けがつかないからね。疑って掛かるのも大事だけど、それ以上に信じることが僕たちの仕事では必要なんだ」
「出動すればとりあえずボーナス貰えるしね! 損はない!」
「とりボナ最高だよね」
「ね~!」
とりあえずボーナスを略すような御気楽先輩を前に、無洞は眉をひそめた。
凸スレの対象となる場所は、何も久狛井探偵事務所の周辺ばかりではない。それどころかスレッドを確認してから実害を
どこでもドアが実装されていない現代において、遠く離れた場所へ一瞬にして辿り着くことなど不可能だ。
とりボナ、とりボナと騒ぐ彼らがどれだけの「勇者」を見殺しにしてきたのか――無洞には関係のないことではあるが、胸の内にモヤリとした感情が湧き上がるのも事実であった。
「小さい支部――事務所だけど、福利厚生はしっかりしててよかったよね」
「オカルティな存在を相手取るのに低賃金だったらブラックどころか闇だよ、闇。わざわざ事務所に入る必要ないし。……ああ、そうか。ここ、ギルドみたいな感じなのかもね」
「あー、ギルド。間違ってはいないか……」
不死原は愉快そうに応じて、マグカップから立ち上る湯気へ息を吹き掛けた。
「そういえば不死原君。昨晩行ってきた廃墟、あるじゃない?」
「ああ、所有者が自殺するっていう」
「そそ。スレでも散々言われてたけど、心霊写真が――」
すっかり仕事の話になった二人から目を外して、無洞は自分の業務に移行する。
現在まとめているのは、たった今話題に上がった廃墟に関する報告である。所有者が次々に自殺するという曰く付きの小屋。昨晩のスレッドで突撃実況された舞台でもある。
今夜もう一度出向くという薄木のために屋敷の情報をまとめているのだが、自分でも目が据わっていくのが分かる。やはり胡散臭い。
カタカタとキーボードを叩き、いつものように気配を消していると、不意に声が掛かった。
「ムトウ君、一緒に現場行ってみる?」
ムトウじゃなくて無洞だ。そのツッコミすら、己の口からは出てこなかった。
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