今日の放課後
※ギャル:岩橋燐子
普通にディスる けど親しいやつには優しい
キョドり陰キャ:木村太輔
陰キャ 童貞※
「みゆきっ、タピろ!」
「…………どこで」
「お、寝ぼけてんのか? そらお前やーしぶよやーしぶ」
どこで覚えたのか、業界人みたいな言い方で俺を誘ってくるまりなに、6限古文という絶望を乗り越えたばかりの寝ぼけ眼で応対する。
えーっと、そうだ。今日は月曜日だし部活も休み、バイトも休みで近々に控えたテストの為の勉強をしようと思っていたんだ。
時間はある。ただ。JKみたいなことはあんまりしたくない。
毎度毎度結局はまりなに押し切られる形で行くことになるのだが、そうは言ってもすぐに『行こう!』と勇み足になることは出来なかった。
「………………」
「わ、まーた嫌そうな顔してんじゃん。JKしとけるうちにしとかねーと色々枯れるぞっ」
「枯れ木でいいです」
「いいからっ、行くぞほら、起きろ!」
ぐわんぐわんと体を揺さぶられる。
掃除のために机を前に動かすから、どの道机からは離れなきゃいけないのだが。
体がカチカチに固まっててどうにも動きづらく、暫くまりなのなすがままになっていると、隣から如何にもギャルっぽい声が飛んできた。
「ちょっとまりな、そのねぼすけ早くどけてよー、邪魔なんだけど」
「今動かそうとしてる! りんこも手伝って!」
「仕方ねーなー。ほらねぼすけ起きろや! 彼女奪っちゃうぞ!」
声のままに近づいてきて、そいつはまりなと一緒に俺を揺さぶる。
流石にずっと伏せている訳にもいかなくなって顔を上げると、そいつはまりなと二人でニヤニヤしながら俺を見ていた。
「やーみゆきさん。彼女が取られるって聞いてようやく起きたな!」
「ごめんねみゆき、でもわたしはもうりんこのものになっちゃったの……」
「はははは。遅かったなぁ! これが寝取られだ!」
まりなともう1人。軽く茶色に染めてあるロングヘアーに、安物っぽいピアスを両耳につけたそいつは、岩橋燐子。
言うまでもなく前世じゃ怖がって全く接していなかった彼女だが、今世の俺とはまあまあ近い距離にいたようだ。結構軽いノリで話しかけてくるし。
「…………りんこ」
「そうだけど! てかさタピるなら私も行きたいから待っててよ、掃除秒で終わらせるからさ」
「あ、マジ? よし決まりだみぃちゃん、邪魔しないためにも外で待ってよう!」
「みぃちゃんって言うんじゃねーよ。まぁいいけど」
「おっしゃー! てか欲しいピアスあんだよね、それも見に行っていい?」
「そんなん後にして早く掃除してこいや」
そう吐き捨てて、荷物を纏めて席を前に運ぶ。
後ろではやるやん! とか言い合ってる声が聞こえるが、無視。
とっとと終わらせろや、とだけりんこに言ってから、まりなの腕を引いて教室を出た。
「急にノリ気じゃん」
「お前らずっと喋ってなげーんだもん」
「イヤーでも、正直山田くんとか木村ら辺がテキパキやってたし、別にりんこやらんでもすぐ終わってたっしょ」
「陰キャ男子をそういう扱い方すんのやめろバカ」
急に引っ張ったせいでマフラーが巻きかけだったまりながそういうことを言う。
廊下を歩きながら、男子にも女子にも話しかけられまくってあゆみが遅くなりながらの会話。
世界を超えても人気者なんだなぁという感想を抱きながら下駄箱に辿り着いた。
校門付近は人通りというか、まぁ、下校中の生徒が多くてあまり好きじゃないので、りんこに近場の公園で待ってるという旨のLimeを送って移動する。
特に文句を言うことも無く着いてきてくれるまりなを横目に考えた。
三ヶ月前までの今の自分の記憶なんて全く無いから、まりなを筆頭としたクラスメイトからはどういう目で見られているんだろう。
ケータイのスクロール──不幸中の幸いか、パスワードとかそういうものは軒並み前世と同じだった──を遡ってみてみると、やっぱり普通に女子高生をしていたみたいで、少なくとも今の俺とはかけ離れていることだけは簡単にわかった。
とは言っても。初めはスカートを履いてみるべきかとも思ったが無理だった。
姿見の前に立ってみて、鏡に映る自分は正直贔屓目に見ても可愛くて────それが気持ち悪くて堪らなかった。
こんなことになるのが俺じゃなかったら、そいつはもっと楽しんでいたのかな、なんて思う。
それかせめて、価値観くらいは女だった自分のものを引き継いでいてくれたら。
まりな含め、周りの人を心配させたりすることも無かったのに。
そうやってただ生理的嫌悪感だけが募っていって──将来男とどうこうなる、なんて考えただけで虫唾が走ったり。いつまでもこのままだったら俺はどう生きていけばいいんだろう、と本気で不安にもなった。
…………もし前世の自分が、ネット小説みたく知らないうちに死んでこうなってるのだとしたら、もしかしてもう一度死ねば────
「───き! みゆき! 公園とおりすぎたけど!」
「…………あ、マジだ」
公園の入口から10メートルくらい離れて、漸くまりなが俺を呼んでいることに気がついた。
……ちょっとやばかったな。変な方向に思考が転がっていってた。
女にはなったが死ぬだとか死なないだとかの話にするのは違う。絶対に違う。
いや、救われたな。
「わり、考えごとしてた」
「没頭しすぎだろ。ドラマみたいな気づき方してたぞ」
「それってどんな?」
「肩がビクってなったあと暫く動きが止まってた」
すげぇ。でももっと言うならドラマでもそうそう無さそうな超展開を今体験中なんだけどな。
「……なんかさー、ホントに変わったよね。もしかしてマジでレズに目覚めたりしたの?」
「マジでってなんだよ。そんな訳ねーだろ」
「えー。でもさ、ファッションじゃなくてガチで男に興味無さそうになったよ、みゆき。夏休み明けに始業式なのに普通に私服で来てたのマジでビビったもん、しかもすっぴんだし」
「あー。あれは……ほら、制服無くしたんだよ、最近」
「嘘つけっ」
小走りで公園の方まで戻り、そのままブランコに乗って話を続ける。
ぎぃこ、ぎぃこと静かに軋むブランコの音に合わせてゆったりとした時間が進む。
何度思ったか分からない、これでこの身が男のままだったらという切なさを胸に秘めて、俺はほんの少しだけ大きくブランコを漕ぎ出した。
「レズにも見えるかっ、こんなんじゃっ」
「おっ、なんかその漕ぎ出して明るく声出すのもドラマっぽいわ。もしかしなくても厨二病?」
「それは否定しないけどっ、なんかムカつくっ!」
「おおー、そのまま飛べー」
危ないから飛ばないです。
チラりと隣を見てみれば、短いスカートのせいで足も開けないままにゆっくりとブランコを漕ぐまりなが目に入った。
やっぱり無理だなぁ、スカートは。
俺じゃあ絶対パンチラしまくりそうだ。凄い可愛いとは思うけど見るだけでいいや。いやほんとに。
「JKの制服ってっ、やっぱ可愛いなっ」
「お前それ口説いてんの? すいませーん私彼氏いますー」
「お前のことはっ、褒めてねぇ!」
「ぎゃは!」
汚い笑い声を出すまりなに、つられて俺も笑う。
女になってからはどうしても、男と接するのが苦手になってしまった。
それは俺が勝手に感じてしまう劣等感とか、態度の節々から感じる『女に向ける気遣い』が自分に向けられる気持ち悪さとか、原因は色々あるのだが。
だからこそまりなやその他諸々の女性陣には、かえってあけすけに接せれるという安心感があるのだ。
やっぱり性別の壁は大きい、と思う。
夏休み明けに俺が男のときに仲良かったやつに話しかけたらめちゃくちゃ気持ち悪かったし。
「あ、ねみゆき、ストーリー載せていい? レズ迫真のブランコって」
「それやばくね、レズはマジでやめろ」
「別にいーだろー? 誰も本気には捉えねぇよ」
「こっちの気持ちの問題だよバカ」
マジでそう取られても困るし、結局は長い交渉の末に『ブランコガチ勢、迫真の75度』とかいう、何かのスクープめいた文章に纏まって終わった。
丁度載せ終わったくらいのタイミングでりんこがやってきたので、やってきて早々飛べー、と煽るそいつを無視してゆったり優雅にブランコを降りてやった。
「ねぇー、さっきほうき片付けるとき木村と手ぇ当たっちゃってさー、めっちゃキョドっててキモかったんだけど!」
「うぇー、無理だわーそれ」
「…………あんま言ってやんなよ」
早速の陰キャディスに、しかし何も言えずにやんわりと諌めるだけでそっと目をそらす。
木村ってのは、前世で俺が割と仲良かった男子のことだ。
……ごめんな木村。
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