台湾に行った女の子の半年間

吉川元景

第1話:大瀬戸愛美という人物


 大瀬戸おおせと 愛美まなみは東京の大学4年の4月を迎えていた。彼女は数日後台湾へ留学する。彼女のたった6ヶ月間の思い出のお話。


 まず大瀬戸愛美という人物はどういう人か知るべきだろう。彼女は広島県出身で、中国語や中国の文化を学びに両親の母校でもあるこの大学へ進学してきた。

 なんとか中国語の特進コースに滑り込んだ彼女はまず第一の挫折を経験した。特進の代表として行くことが出来る留学には選抜試験がある。そして選抜試験を勝ち進んだ者のみ得られるのは2年間という大学生活の半分を占めるあまりにも長い留学だった。彼女は元々将来なりたい仕事があった。正社員の募集は少なく、就職活動は難儀するのも分かっていた。資格を取るために一時期他大学とのダブルスクールをすることも分かっていた。しかし2年間の留学生活とダブルスクールは両立は出来ない。彼女は特進に居ながら試験を受けないという選択を早々にすることになった。

 第二の挫折は中高と文武両道の言葉通り部活動と勉学を両立していた彼女は、進学後も体育会系の部活動と両立しようとしたことだ。部活動の過労と中国語の特進の勉強との両立、慣れない寮での集団生活。彼女の首を絞めるのには充分すぎる環境だった。自身で選んだ環境で首を絞めたのは自業自得だろう。ただ、全てを頑張ることで道を拓いてきた彼女にとって、自分は何をやっても何もかも上手くいかないと感じることになった。中国語を選んだ彼女は退部を選んだ。部活動すら続けられない人は中国語からも逃げるという先輩の言葉は彼女を縛り付ける呪いへと変化するのはそう難しくなかった。

 2年目になると退寮する必要があり彼女は一人暮らしを始めたことで少しずつ行き場のない閉塞感からは開放された気になっていた。実際は彼女の生活で中国語だけが苦しいものという認識に変わる転機にもなってしまった。

 彼女は幼少期から外国人が多く居る地域で育った。そのためか言語や文化を学ぶことに喜びを見出し、高校時代英語の勉強や欧米圏の文化の勉強に没頭していた。その記憶が地方から上京してまで学びたかった中国語を辞めるという選択肢を自然と消していた。

 中国語を学ぶ上で彼女が1番苦しかったのは中国語の上達が遅いことではなかった。授業に着いていくためや復習しやすいように予習でノートを作って行った。それを「愛美は他にいろいろしているから中国語頑張らなくていいから楽だよね。」と同期に言われた事や「愛美さんは中国語本気で取り組んでいないでしょう。」と中国人教授が言った事など、周りの声ノイズによって彼女は毎日消耗していた。彼女は決して褒めて欲しいわけではなかった。ただ中国語が出来ないから、言い返さないから、何を言われてもいいと思われている事、中国語の実力でそのような声を押さえつけることの出来ない自分が苦しかった。

 大学3年、ノイズを出していた同期達はほぼ留学に行った。彼女は中国語とノイズ無しで向き合えたわけではなかった。部活動を辞めた時にかけられた声、同期や教授の言葉…全てが彼女の中でずっと木霊し、消えているはずもなかった。就職活動を考慮してインターンシップに参加した時に彼女は思った。私はこのまま中国語が出来ないまま、負い目を感じたまま社会に出てもいいのだろうかと。ある時写真撮影が趣味である彼女はパソコンで中華圏の写真を探していた。するとある地域の景色に心を奪われた。それが彼女と台湾を結びつけた強い“縁”だった。

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