俺の青春はアイツに勝つことのみ

海老の尻尾

4/1 勝負の始まり

 新学期、期待に胸を膨らませ入学してくる新入生――俺、紅山一悟べにやまいちごもその一人だが――は皆大なり小なり目標を持っていると思う。スポーツで全国に行きたい。行きたい大学に向けて一心不乱に勉学に勤しむなど様々であろう。俺の目標はただ一つ……


 隣のアイツ、碧河林檎あおかわりんごに勝つことのみだ!!




 自宅から自転車で最寄りの駅まで30分、30分間電車に乗ってバスで30分間揺られて途中下車したところが俺が今日から通うことになる雲元くももと高校だ。なぜこんな遠くの学校を選んだかって? それはここが県下一の公立の進学校だからだ。

 自分で言うのも何だが俺は今までほとんどの勝負事には勝ってきた。中学校のときは成績はオール5を三回取ったし、三年生のとき生徒会長を務め、部活動の卓球は全国進出。その上謙虚な心を忘れず持っている…… ように努力してきた! 俺は負けるのが大嫌いなんだ。勝つための努力ならいくらだって惜しくない。だから色々な人に愛想を振り撒いてきた。腹黒? それがどうした。努力の賜物と言ってほしいものだ。



 そんなことを考えながら入学式の校長等の話を右から左に聞き流していた。皆が興味あるのは自分のクラスの担任が誰かということくらいだろう。


「えー、それでは各クラスの担任を紹介しましょう。一組は……」


 ようやく校長がクラス発表を始めた。俺のクラスは確か7組だったから結構時間かかるな。まあ気長に待つか。


「最後に7組は黒谷富羅武くろたにふらむ先生です。教科は数学を担当していただきます」


 すんごいキラキラした名前に似つかわしくない強面の顔。合っているのは真っ黒な体を体現している名字のみ。数学よりもむしろ体育教師の方がしっくりくる。


「あー、7組担任の黒谷です。皆さんと楽しく過ごせるよう全力を尽くして行きたいと思います」


 ものすごくドスの効いた声で挨拶を済ませた先生。何に怒っているのか分からないが全く楽しそうに聞こえない。この入学式で印象に残ったのは自分のクラスの担任だけだった。おそらく他の生徒もそうだろう。



 すべての挨拶も終わり、体育館を出ていき各クラスの教室に皆集結する。担任が来るまで少し時間がある。たった数分のこの時間が俺にとっては今後を大きく左右する、と思う。


「よう! 俺らの担任怖そうな感じだったよな」

「あ、ああ。一年間大丈夫かな?」

「まあちゃんと授業聞いてりゃ何とかなるだろう。あ、そうだ俺は紅山一悟って言うんだ。君は?」

茶木頼地ちゃきらいちだ。よろしくな」


 俺は真っ先に教室の奥の方に行き、そこにやって来た奴に声をかけた。新学期一日目から入口の前に席を陣取る奴はいないと高を括り隅にやって来るやつらに声をかけまくっていった。


「よー、ライチ。お前もこのクラスか」

「あれ、そいつお前の友達?」

「そうそう、さっき友達になった紅山って奴」


 よし、続々と集まってきた。俺は今日誰よりも友達を増やしてやる! そしてクラスの中心人物になることが第一歩だ!

 決意を新たに近くにいるクラスメートに手当たり次第声をかけて、いつしか俺を中心に盛り上がっていた。他愛ない会話であったが持ち前の会話スキルで多くの人を惹き付けることができた。


 これで俺がこのクラスのリーダーだな! そう思った矢先ふと入口近くに人集りがあるのを見つけた。しかも俺のところよりも多くの人が集まっている。目を凝らすとその中心には綺麗な水色の髪の毛に端正な顔立ちの女子がいた。


「おっ、碧河さんと同じクラスか。これはラッキー!」

「知っているのか? 茶木」

「え? あ、そうか。お前この近く出身じゃないもんな。あの人は碧河林檎さん。成績は常にオール5。生徒会長三期連続で務め上げて、テニスのシングルスではなんと全国制覇。その上美人で優しくてスタイル抜群。まさに完璧超人だな!」


 茶木の話を嘘だと思いたかった。勉強面、スポーツ面、人望面、性格面すべてにおいて俺が勝てる要素が一つもなかった。だ、だが結局は噂。自分の目で確かめてみないと真偽は分からない。話を鵜呑みにするほど愚かな紅山さんではない!


「あ、先生来たぞ!」


 茶木の声で先生が教室に入る前に着席することができた。ひとまずホームルームも始まったことだし、一旦このことは置いておこう。


「えー、さっきの式でも紹介はされたが俺が担任の黒谷だ。よろしく。それでは今日は席を決めるぞ。あみだくじの紙回すから各々名前書いてくれ」


 見たとおり特に雑談も無くさっさと席替えを進める。初回なんだからちょっとくらい身の上の話とかしてくれてもいいのにな。あみだに適当に名前を記入して席を移る。俺の席は……教室の一番隅の隣だな。あんまり目が良くないから誰かと代わってもらおうかな。


「お、よろしくな。俺は紅山……」


 机を移動させて親睦を深めようと隣の人に話しかけた。しかし相手が相手だった。俺の完全な上位互換である碧河林檎がいた。


「あ、うん。よろしくね! 紅山……一悟君だったっけ? 一年間よろしくね」

「お、おう。こっちこそな……」


 初対面の相手の名前をしっかり覚えている上にこの気さくさ。性格が良いという噂は、それだけはどうやら本物のようだ。そこだけは認めてやる。


「さて、席替えが終わったところで言っておくことがある」


 教壇目一杯に手を伸ばして生徒一人一人を見つめる。


「お前たちは今日から高校生になったわけだが高校生というのは今までとは違い様々なことが遥かにハイレベルになってくる。時には辛いことに投げ出しそうになるとは思うがそんなときには一緒に切磋琢磨できる相手を探すことだ」


 ここまでの話で先生の話に耳を傾けていない生徒はおそらく0人だろう。それほど響く力強い言葉であった。


「一人の人間が頑張れる精神力なんてたかが知れているからな。俺が言いたいのはこれだけだ。以上、解散。帰っていいぞ」


 その言葉だけを残して先生はさっと教室を後にした。皆が呆気にとられているのが解除されるまで5秒もかかっていた。


「な、なんだあの先生……」

「怒っているわけじゃなさそうだけど」

「何か、変な感じ」


 最初の怖いというイメージから少しだけ向きが変わった気がした。でも中々良いことを言うんだな。切磋琢磨できる相手、か。俺の場合はどうだったっけ。まあいいや、帰ろう。


「あのー、皆ちょっといい?」


 俺の隣から声がする。皆に響くような大きくて通りやすい声だ。


「今日このまま解散するのも味気ないし一通り自己紹介しない? もし良ければだけど……」


 碧河林檎が提案を持ちかけた。案自体は悪くないけど会ったばかりの人たちがそうすんなり動くとは……


「おーっ!! 碧河さんが言うならいいぞー!」

「リンゴちゃんならいいよー。このクラスのリーダーだもんね」


 なっ、すんなりどころかノリノリじゃないか。しかもいつのまにかリーダー扱いされているし。それもそうか、遠くの中学校から来た無名の俺とすでに知名度たっぷりのアイツとは差がありすぎる。


「とりあえず私から。出席番号一番の碧河林檎です。中学まではテニス部に所属していました。テニスとスイーツ全般が好きなので良ければ一緒に話しましょう」


 サラリと紹介が終わるとどこからともなく拍手が現れた。積極的に行くこともそうだが自己紹介の内容はこんな位でいいのかと後に人たちに暗に伝えている。リードするテクニックもしっかり持っている。


「じゃあ次は……」

「俺が行く」


 ここで行かないと目立てない。モブになる前にガツンといかないと。


「出席番号29番、紅山一悟。卓球部でバリバリやっていたから一緒に全国制覇できる友募集中! よろしく!」


 ガッツポーズとともに小さな笑い声が聞こえた。よし、掴みは上等じゃないか? 静かに着席して他の人の紹介を耳かっぽじって聞いた。会話の良いネタになるからな。クラス32人の自己紹介はおよそ10分かかり、皆にバレないようにノートに書ききった。一度聞いて覚えられるほど記憶力良いわけじゃないからな。知り合った人たちの特徴を記したこの“人物ノート”ももう10冊目か。早いもんだな。




「よー、イチゴ。途中まで一緒に帰ろうぜ」

「おう、いいぞ」


 ライチに誘われて一緒に帰ることにした。さっきの自己紹介でも聞いたがこいつは高校でも演劇部に入るらしい。こんなナリで運動部じゃないのは意外だったから印象に残っている。だべりながら帰っていると体育館奥に青髪の女の子が見えた。周りを気にしている様子で隠れてしまった。


「……悪いライチ。ちょっと急用できたから先に帰っててくれ」


 これはチャンスだ。あんなコソコソしているなら何か悪いことしているに違いない。抜き足差し足忍び足で体育館に近づくと男の声が聞こえてきた。


「来てくれてありがとう、碧河さん。手紙読んでくれたんだね」

「う、うん。いきなりでちょっとびっくりしたな」


 中々のイケメンが蒼河林檎を呼びつけたようだ。そして雰囲気からいっておそらく……


「さっそく本題だが…… 中学から君は色々な分野においてだった。そんな君が好きだ。付き合ってくれ」


 やっぱりな、告白シーンだと思ったよ。友人の告白を手伝ったことがあるからこういうのは見慣れている。


、か…… 正直私君とあまり喋ったことないし付き合うとかはできないや。ゴメンね」


 あちゃー、やっぱりそうだよな。表情で分かった。残念だったな、イケメン君。


「ちっ、なんだよ。天才は俺みたいな秀才に興味ないってか。あーもういいや。なんかどうでもいいや、帰ろ」


 さっきまで爽やかだと思っていた奴が一気に汚くなった。踵を返してどこかに消えていくイケメン(笑)。まったく、裏表のある奴はモテないぞ(ブーメラン)。蒼河林檎もどこか悲しそうな顔をしているしな。 ……はあそんな顔俺に見せるな。足が前に動いてしまうじゃないか。


「おい、蒼河林檎」


 俺の声に振り返る。一体いつから? というような顔をしている。


「い、一体いつから?」

「お、ジャストだったか。まああまり気にすんな。性格の豹変ぶりもすごかったしな」

「うん。でもそれよりも傷ついたのは天才っていう言葉なんだ」

「? 普通に褒め言葉じゃないのか?」

「普通はね。私小さい頃からの夢があって、それを叶えるためにただ我武者羅にしてきたんだ。最初の頃は何も上手くいかなかったなぁ……」


 意外な一面だった。俺自身もこいつは才能で何でもできるんだと穿った見方をしていた。だから努力の俺と対極にいるから妙に敵対心を持っていた。でも違った、こいつも努力家だったんだ。それを他人に悟らせないようにしていたのか。


「気づいたら皆から凄い凄いって言われ続けて…… あっ」


 口の開いた鞄から一冊のノートが落ちた。それを拾い上げるとノートのタイトルに“夢への軌跡 26冊目”と書かれていた。つい中を見てみるとびっしりと友人の名前や勉強の効率的なやり方など詳細に書かれていた。


「ちょ、ちょっとあまり見られるのは恥ずかしいな」

「ああ、悪い」


 ノートを手渡すと胸にぎゅっと押さえた。


「……本当は一緒に頑張る友達が欲しかったんだよね。あ、ゴメン。こんなこと言われても困るよね」

「大したことねえな」

「え?」

「お前が今までどんな凄いことしてきたか知らねえけど絶対俺の方が凄いからな」

「紅山君?」

「明日から、俺はお前に勝負を仕掛けてやる! 完膚なきまでに勝利してやるから覚悟しておけ。まあその、友達とかは無理だが…… 俺をお前のライバルとしてやってもいいぞ!」


 我ながら不器用だな。女子との交流経験が少ないのが俺の数少ない欠点だな。


「……うん! ありがとう紅山君!」

「ちょ、ちょっと」


 俺との距離を詰めてそっと手を握る。や、柔らか…… それに温かい…


「ち、チクショウ! 今日は俺の負けにしといてやる!」


 顔を赤らめて逃走。こうして俺、紅山一悟とアイツ、蒼河林檎との間に奇妙なライバル関係――やや一方的だが――ができた。退屈することはないだろうがこの先どうなるのだろうか。そして俺は何回アイツに勝てるのだろうか?



戦績:1戦1敗

敗因:手が柔らかくて温かかった



 


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