かつての理想郷へ
みなほしとおる
第1話
全ての出来事、いや、運命はこの時に収束するんだろう。
目を開けると、自分は日常からかけ離れてしまったのだということを、はっきりと自覚してしまった。
ここには何も無い、ただの真白い空間だけが只々広がっている。何も、ここには本当に何も無い。暑さや寒さも、風も音も、匂いも。
白色が空間なってその中をどこからか照らしている光だけだ。自分の感覚が感じられない。
僕はその中にただ突っ立っている。死んだときの服装そのままに。だけど幸いに、血で汚れていたり、服が破けていたりはしていない。
足元を見ても自分の影はない。色の濃淡が変わらない、均一の白のままだ。
見渡せど、地平線もわからない。遠い先には……、ここからではわからない、白い壁があるのか、それともこの空間がとめどなく広がっているのか。
この場所に果てはあるのだろうか、確か目視では人は100キロまでしか見えないと聞いたことがある。父さんにそう教えてもらったな。
……。生前の知識がきちんと頭に残っている。そう、生前の。そして死に際の記憶も。
殺された。僕はあの時に殺された。それは確かだ。あのあと、結局助かることはなかったんだろう。
僕が死んだということをみんなどのように受け止めたんだろう。父さんや母さんには申し訳がないな。姉さんに続いて僕まで……、親よりも早く死んでしまった。3人兄弟がもう妹一人しか生きていないなんて。あの子だけは長く生きてほしい。それが今一番の願いだ。
そのままその景色をぼんやりと眺めていた
歩き続けたら何かしらのものがこの空間にはあるのだろうか。そんなことを考えていたら
「やあ、おはよう。ちゃんと目覚めたかな?」
誰かに話しかけられ辺りを見回すと、いつの間にか、自分の背後に薄緑色の柔らかい光がいた。
そう、いたんだ。それは所々輝きの強弱を変えながらも僕の目線の高さに漂い続けている。掌の大きさ程のそれが。
「はじめ、まして」
おそるおそる、自分の声が生前と変わらないことを感じて、それに話しかけた。
すると、その光はどんどんと広がって僕よりもほんの小さな人型になっていく。手足がまずくっきりと浮かび上がり、段々と体が出来上がった。顔も、目や鼻が光から浮かび上がっている。
そして急に、ぱっと、それは光から人間になった。肌の色も僕と変わらない、可愛らしい女の子になった。腰にまであるような、黒い髪をなびかせて僕に笑いかけている。スラブ人……、小さいころに住んでいたロシアにいそうな顔立ちの10歳くらい、その少女が話しかけてきた。
こうして僕の人生が新しく始まった。
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