第 参拾 輪【三猿の選択肢】
桜香の
各々の刀の鞘には名前が刻まれており、それを目印に一人づつ配られていく。
「おい、お前等。自分の刀は持ったか、間違えれば只の棒切れだからな!? これからは猿砂、猿寺、そして
猿火の呼びかけにより、三者三様の個性的な隊長達の前へ次々と列が出来ていく。
不安に勝る期待と栄誉に胸を踊らせ、未来へ向かい花咲くため眼を輝かせていた。
背に一番位の低い種子刀を担ぐ桜香もその一人である。
「始まったね楓美ちゃん。不安とかさ考え込まなくて大丈夫だよ。二人でならどんな壁もきっと乗り越えられるからさ!」
友達の呼び掛けに「ふぅ……」とだけ深呼吸を繰り返す。
そして、手を握り返さずに自身の芽吹刀を抱き締めながら立ち上がった。
「あれれ、 一緒に行かないの?」
「はい。いつまでもおんぶに抱っこはいけないです。何より……うちも強くなりたいので!!」
「そっかそっか。それじゃあ先に選んじゃうね!」
(楓美ちゃん少しだけ変わった気がする。私だって負けてられない!)
納得したのか
言葉の主張が誰よりも強く耳の聞こえない中央の猿火。
(う〜ん。熱血漢で怒ると怖そうだし話聞いてくれなさそう。おまけに顔も恐いから止めておこう)
渋い顔をしながら蟹歩きで視線を変える。
次は一言も話すことなく不気味な雰囲気を醸し出す右側の猿砂。
(一体、何を考えているのかな……。表情からも読めないし無口だしで真っ先に選びたくない人だ)
最後に辿り着いたのはこの中で一番の色男。
いつも笑顔で明るく気さくで話しやすい左側の猿寺。
(眼は合わない筈なんだけど何故かずっと見られている気がする……なら!!)
桜香は猿寺の前に立つと身長差のせいか上目遣いになる。
周りからすれば睨みつけているようにも感じられるが、段々と険しくなる表情の本人は至って真剣な様子。
「おっ、君は僕を選んでくれるんだね。お兄さん嬉しくなっちゃうな〜」
「はい、宜しくお願いします。お近付きの品ですがこれをどうぞ!」
桜香はすかさず袖に包み隠していた甘蜜だれの団子を手渡す。
こんなこともあろうかと空腹時につまみ食いをしようとしていた秘蔵の一本だ。
芳ばしさに吸い寄せられた猿寺は、先ず鼻へ近づけ嗅覚から情報を得る。
「うんうんうん。熟成された醤油と練り上げられた米の香り……素材本来が引き立っている……この、弾力がありながらもいつの間にか無くなる食感……とても丁寧な仕事振りに作り手の顔が思い浮かぶよ……あぁ、四十代辺りの女性かな?……おまけに色白の美人さんだね」
職人技の一品を口にして唸ると共に事細かに説明した。
口元を覆うように両の手を震わせながら驚く桜香。
「すっ、凄い! 私でも百合根くらいしか匂いが分からなかったのに!? 是非ともその味覚を教えてほしいです!!」
「ははははっ、大分話が脱線しそうだね。これ以上は長くなりそうだからまた今度教えてあげるよ。ところで
心配を諸共せず悩む素振りや何の悪気もなく笑顔で即答。
「はい、私って怖い人とかちょっと苦手なので勘弁してほしいです。だからこのままで!!」
「なっ!?」
あまりの素直さに猿寺の表情が一瞬にして強張る。
いくら猿火が聞こえないとはいえ、それ以外の人間には筒抜けもいいところ。
つまり一人を除けば誰の耳にも届く大きな声量でだ。
「……あ、あはは。そうかい。でも、僕も一応は厳しいよ? ちゃんとしないと、花の都で二番目に恐い由空様に怒られちゃうからね」
「はい、それは勿論覚悟してます。あの〜、一つだけ質問があるんですけど良いですか?」
「急に真面目だねぇ。お次はなんだい?」
桜香は周りを気にしつつ
「ここはもう安全な地ではない都の外ですよね。その……植魔虫はいないんですか……?」
「あぁ、確かに一番気になっちゃうところだね。少しくらい居ないことはないけど毎年行われる
「それもそうですね。じゃぁ安全……なのかなぁ……」
(何だろうな。ずっと見られているような気がする。でも、未蕾が三人もいれば大丈夫……か)
募る不安を他所に無情にも場は進行していく。
各班それぞれの目印のため頭と刀の二箇所分の布が配られた。
其々、猿火班は〝赤〟、猿寺班は〝青〟、猿砂班は〝黄〟となっている
各々が巻き終えたところで猿砂が合図を送り、それに答えるようにして訓練内容が明かされた。
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