第 弐拾参 輪【人と人との繋がり】

「はて? 何のことやら。年寄りには難しい話で理解が出来ん」


「私を相手に隠し事は無駄よ。さぁ貴方のを見せて頂戴。今すぐに」


 何処までも茶を濁す態度に素っ気なく手を差し出す。


 どこまでも澄みきった瞳は何者も逃さない。


「あぁ、あれか……ちと、待っててくれぬか」


 探す素振り、物が無いふり、忘れたふり、ぼけけたふり――


 数分もの間、諸々の小細工をやって見せる。


 それでも由空は一切微動だにせず仁王立ちで待つ。


 時間を掛ければかけるほど分が悪くなるのは明白。


 執念に折れた國酉は渋々だが裾の奥をまさぐり求められた物を手渡した。


「ほれ、これで良いか?」


「素直でよろしい。次からはもっと早く出しなさい」


 笑顔と真逆の口調で脅すと、首掛け用の紐を人差し指に掛け目の前へ垂らした。


 予想した通りの結果に一瞬だけ眉をしかめ雑に投げ返す。


「やっぱり思った通りね。無駄な華技の行使で三年も減っている上に寿。そんなに早く死に急ぎたいのかしら?」


「ふぉっふぉっふぉ、長生きはとうに諦めたわい。お主も分かっておろう? 踏み出さねば救えぬ命もあることを」


 國酉や由空が持つのは一部の未蕾みらい花輪かりんが身に付けられる装飾品だった。


 宝石のように燦然と輝きを放つ首飾りの名は〝命華晶めいげしょう〟と言う。


 全体が中指程の長さであるそれは、中央の文字盤上下に二つの水晶体が付けられている。  


 中には小さな花の種が一粒ずつ埋めらており一定の条件下でのみ小柄な花が咲く。


 上方は朱色の水晶体――〝栄花えいか〟と呼ばれている品種。


 相対する植魔虫の討伐難易度によって種~花へと急成長する特異な花であり、花弁の数が最大〝肆拾八〟と決まっている。

  

 故に強さを形にした花の守り人の刀と比例。


 対象の植魔虫を討伐した際や一定の距離を空ける状態問わず瞬時に種へと退化。


 下方は蒼色の水晶体――〝涙花るいか〟と呼ばれている品種。


 持ち主の鮮血を唯一無二の栄養源にすると急激に成長。


 平均して百枚の花を咲かせ翌日には個々に応じた枚数となり、一年経過で一枚又は所持者死亡によって全て散ってしまう。


 餞別せんべつふるいにての不合格基準は、残りの枚数が〝弐拾にじゅう〟以下。


 つまり残りの寿命が少ないものは余生を謳歌させるために適正無しと判断され弾かれる。


 文字盤には異なる形の二種類の針が備わり、それぞれの形や色を模し内部の状態を表している。


 右回りに進むのは栄花のように刺々しく歪な指針。


 左回りに進むのは涙花のように流麗で柔らかな指針。


 水晶と同じニ色が混ざりあった〝零〟を起点に〝陸〟刻みで数字が彫られている。


 時計回りへ進むと中間やや右には肆拾八しじゅうはちの朱文字。


 一周回って零の真横には玖拾玖きゅうじゅうきゅうの蒼文字。


 花輪刀のみが放てる華技とは一文字いちもんじにつき最低一年――己の命を燃やすことによって魅せられる魂の形である。

 

 死が近いと判断した由空は國酉の体を気遣ってか否か強く抑えつけるように告げた。


「刀もまともに振れないのだったら早々に隠居でもしたらどうかしら? 誰も困らないし私は大丈夫だから大人しくしなさい」


「相変わらず手厳しいのぅ。ちっとは労ってもらっても……」


「駄目よ、当分は強制待機命令を守ってもらうわ。花輪刀を取り上げないだけ感謝してほしいくらい。あの大きな益獣とやらでの飛行も当面の間は禁止させていただきます」


 苛立ちを隠せないのか由空特有の関節を鳴らす骨音が静かに響く。


 厳しい条件を突き付け少しだけ萎縮した様子の老体を見て更に追い打ちを掛けた。


「明日から今年度の子達による〝野外実地訓練〟が始まるけど、脱落者は元より死者が出ないことを祈るわ。勿論、何があっても手助け等と言う横槍はしないように」


 ここまで好き放題に言われても黙って頷き従う以外の選択肢は無い。


 花の守り人内では同格でも花鳥風月の中での序列では由空の方が上である。


 暫く黙っていた國酉だったがここで懐かしそうにある人物について語りだした。


「昔の話じゃがな……あれは数十年も前のことかのぉ、血のにじむような努力叶わず芽が出なかった者が旧き友にいた。彼の最後は大切な人を文字通り命をかけて見事に守り抜いたと聞く」


「それがどうかしたかしら? 要は実力も才能もないくせに出しゃばってしまった故の結果。弱い人間は私のような強き者に道を譲り、我が物顔で日向ひなたを歩くことさえ身分知らずでおこがましいことを察してほしいくらいよ」


 誰もの耳に入り誰もが自ずと理解している辛辣しんらつな言葉の数々。


 雑草はいつまでも雑草であり、花は咲いてこそ価値が生まれて花となる。


 人は年老いても人であるように、みなそれぞれの役目と生を全うしている。


 時に踏みにじられようとも黙って取り繕わないといけない。


 その理不尽を打ち破るのもまた強き者の役目である。


「無理·無茶·無貌と言われる逆境でさえ、その者達にとっては時に努力や根性と言う誰もが持ち得て誰もが引き出せない勇気によって跳ね返せることもある。たとえ叶わずとも、そう信じ、そう願い、希望を託したい。亡き友や儂にとってのそれが……桜香あの子〟だったりしてのぉ」


「ふん。勝手に御託を並べるのは自由ですが結果は覆らないのは承知でして? 。何処にも属せず何者にもなれず、何時如何いついかなる場合においても絶対なこと。この意味が貴方に分かるかしら?」


 己の掲げる信念を疑わず熱くなる由空を見た國酉は口元が僅かに緩んだ。


 かつて自身がそうだったようにあわくも青い懐かしさを思い出す。


 ゆっくりとしゃがみ込むと花壇の土を優しく撫で始めた。 


「表面の土を手で払えばもしかしたらその下には小さな芽が出ているかもしれない。儂等の見えないところで根を張り、己の環境に負けることなく強固な意思を持つ者が必ず現れるぞ?」


「四季折々の御三方から一任され花鳥風月を束ねる私の判断。若しくは代々受け継がれる規則や伝統をないがしろにするつもり? あのような平凡な小娘等いくらでも見つかると思いますが?」


「なぁに、所詮は老いぼれの戯言。平穏に胡座あぐらばかりかくのではなく、たまには外の空気を吸うのも息抜きの一つって事じゃよ。そうすれば新しい発見があるかもしれんしな」


 それは重役を任され凝り固まった思考の由空に対しての、國酉なりの気遣いだったのかもしれない。


 しかし、燃え盛る炎に燃料を注ぐだけの逆効果であった。


 身体を小刻みに震わせ静かな怒りを噛み締めながら天を見て呟く。


「まだ、私に無駄な時間を使わせ無意味な説得とやらをおっしゃいます……か?」


 その言葉を皮切りに何処からともなく現れたのは黒き蝶が一頭。

 

 時間の経過でまた一頭、更に一頭と由空を中心に集まり出す。


 まるで甘い蜜に誘われるかのように一つの大きな漆黒が場を染め上げていく。


「おっと失敬。そろそろ時間じゃ、儂は大人しくしてるでな〜」


 触れてはいけない逆鱗げきりんを恐れたのか早々に場を去っていく。


「國酉の旦那またな〜次はもっと面白いの頼むぞ〜!」


「赤。少しは……空気を……読め!」


 気楽な赤蓼あかたでとそんな口が軽い頭を無理矢理下げさせる青藍せいらん


 それぞれに思うことが有りながらも、互いに分かり合えないまま不完全燃焼にて終わりを告げる。


 

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