第 弐拾壱 輪【この窮地を救える人物】

(浜万年青はまおもとが見れるのは後、三ヶ月ほど……しっかりと眼に焼き付けないといけないわね)


 日々多忙を極める由空は、こうして時間の許す限り亡き部下達を想いしのぶ。


 役割重要な試験官をしていれば様々な人間と出会う。


 出生も性別も経歴も違えば誰だって初めは見知らぬ者同士だ。


 時が経つと次第に名を覚え、顔を声を仕草や愛すべき姿を瞳に捉えてきた。


 最後に記憶へ残るのは良い思い出ばかりじゃない。


 断末魔の叫びや形の残らない遺体であっても、一瞬一秒でさえ片時も忘れたことはない。


(私が歩みを続ける限りあなた達が生きた証としましょう。その歩を止めるときには新たな〝語り手〟が現れることを祈ります。必ず……必ず仇を討ちますからね)


 心休まる感傷に浸る間も無く、いつだってそっとして欲しい時に限って邪魔が入るもの。


 意識の外から聞こえたのは、静粛な場に響き渡る吉皐きちこうからの熱い謝罪の弁。


「ゆ、由空様~! さ、先ほどは、も、も、も、申し訳ございませんっ! 如何なる罰でも受けます故。何卒、寛大な御慈悲を~!!」


 涙声のまま地面に鼻をこすり見事な土下座を披露した。


 周囲の世話役達は横目で見つつも通常業務へと直ぐに戻る。


 茶を濁されたせいか少々不機嫌気味に言った。


「少しだけ黙りなさい」


 淡々と発した言葉が冷たく突き刺さる……かと思えば、肩で熟睡中の七ちゃんを睨み付け興奮気味に指を差す。


(げげげっ、肩にいるのは先ほどいた植魔虫!? 一丁前に由空様の肩を止まり木にして生意気な奴め。恥を知らんかっ!!)


 地へ垂れ下がる黒髪に隠れており、見え辛くなってはいても吉皐からは丸見えだ。


 大口を開けて何かを叫ぼうとしたその時――


 扇子の先端が眼にも止まらぬ速さで鼻先へと当て口を強制的に閉じさせる。


「今、あなたが声を上げればどうなるか分かっているのかしら? 如何なる場合において、。これを自ら破ることになるのよ?」


 由空が手に持つ扇子の原料は特殊鋳造とくしゅちゅうぞうされた玉鋼たまはがね


 その特徴は箸よりも軽量であり変幻自在に折れ曲がるしなやかさを持つ。


 扱い方次第では女子供の一振りでも人体を容易く両断が可能。


 故に、現在の吉皐は〝刀の切先を向けられている〟と呼べる。


「はひぃっ!? りょ、了解しました」


 歯を鳴らし喉から震えた一声を発した。


 背筋が凍り冷や汗が止まらないのか、膝を着いたままその場で固まっている。


 気合いを入れ直すためか吉皐の肩を扇子で叩く。


「安心なさい。幸いにもまだ小さな個体だからぐっすりと寝ているわ。この子の処分はこれからやりましょう」


 着物の裾の土払いをして身嗜みだしなみを整え次へと向かうために立ち上がる。


 左右を見渡せばどれもかれも見知った名ばかり。


 一人一人を思い出しながら花々に囲まれた道を歩いていると、突然後方から気さくに声を掛けられる。


「お、由空じゃ~ん。久し振り~元気してた? あっ七星天道虫そのこって、ちんちくりんの子が巾着袋にいれてた奴でしょ!? ねぇ、じっくり見せて見せて~」


「こら、赤ちゃん……でしょ? ご多忙の中で来て下さったのだから、もうちょっと礼節を……」


 〝聖魂せいこんの花壇かだん〟に不釣り合いな獅子舞姿の二人。


 名とは正反対の色を着用している赤蓼あかたで青藍せいらんだった。


「あら、二人とも久し振りね。相変わらず仲が宜しくて何よりだわ」


 振り向く直前に思わず眉をひそめたが、顔合わせの時には笑顔で応対した。


 由空の張り付けた表情を察してか否か。


 赤蓼は届かぬ後頭部に手を回し〝種〟と〝芽〟の方を見ながら感慨深そうに喋る。


「にしても、ここって本当に不思議だよな~。選別のふるいで採血して四季の適性検査でここの花達に命を与えるなんてさ~」


「でも……見た感じは〝芽〟が三本か……今年の結果は……まぁまぁ何じゃない? あれ?――」


 青藍自信はあまり期待してないのか興味のなさが伝わる。


 揃いも揃って見下ろしていると、まるで〝四ツ葉の白詰草しろつめくさ〟を発見した時のような、驚きと興奮が混ざり合った喜び方をする。


「……えっ? ちょっと見てみて見てみて! 彼処あそこに新しい〝蕾〟が一個あるよ赤ちゃん!? これって試験当日では数十年振りじゃない?」


「あっ、本当だね藍ちゃん! 凄いな~何の花かな? ねぇ由空~もしかしてあの蕾って あの……ほら、〝鳥の人〟がめちゃくちゃ推してた桜髪の子!!」


 二人して寸分の狂いもなく由空の瞳と獅子舞の粒羅つぶらな瞳同士が見詰めていた。


 赤蓼の問いに由空はしばらく考えた後、〝桜香〟と書かれた札へ憐れみの眼差しを送る。


「違いますよ。たったいまがたに失格となりましたので会うことも叶わないわね。階級は平々凡々で成長が見込める〝種〟。だけど四季の適性検査では何処にも属さない。つまり、……ってことかしら。」


「え~つまんないの~。良い逸材だと思ったんだけどな。ってことは期待できるのは二、三人ってところか~」


「ただ才能が無かっただけだよ……後、運もね……私は誰がどうなろうとどうでも良い……」


 軽口を叩く赤蓼あかたで辛辣しんらつに批判する青藍せいらん


 対して、眉一つ動かすことのない由空の声色は変わらず淡々としている。


「國酉の推薦で合格判定にしましたが、植魔虫を内部に入れたことで失格としました。それよりもこれからの事を考えましょうか?」 


 就寝中の七星天道虫ななちゃんの背を撫で回しながらそう言った。


 話が気になりようやく顔を上げた吉皐きちこう


(ん? 今、どんな状態なんだ?)


 眼前には色鮮やかな二頭の獅子舞と植魔虫を肩に乗せた上官。


 迷宮入りしそうな難問に直面した彼が取った行動。


 それは、知らない振りをしてこの場を立ち去ることだった。 


(これは俺の直感だが、何だか居ない方が身のためだぜ)


 荒い鼻息を止めてなるべく足音を出さぬ歩き方をする。


 途中、段差に躓いて転びそうになるも、えりを引き寄せられたため大事には至らなかった。


(危ない危ない。こんなところで怪我をすれば問題になりかねないからな。でも、誰かいたのか?)


 直ぐさま振り向いても近くには人の影はない。


(気のせいか……まぁ、いいかっ! 逃げるが勝ちだ~)


 すこしばかりの疑問には気にも止めず、溢れる冷や汗を拭うと聖魂の花壇を後にした。


(……僅かな気配すら殺してる人物が来てるわね)


 誰よりも正確に、誰よりも早く気が付いた由空は不思議に思う。


 一切の微音もせず認識も不明瞭な存在に。


 毅然きぜんとした態度を取り待つこと数十秒後。


 ゆっくりと階段を上がる老人の顔が見えた。


 瞬間、上から目線の嫌味を交えて猛口撃もうこうげきを開始する。


「あら、誰かと思えば使ではないですか。洞察力どころか老眼の進行も考え物ね。もう、引退も近いんじゃない? 隠居しても誰も困りはしないもの」


「ふぉっふぉっ。相変わらず笑えん冗談が好きじゃのう! 規則を守れんかったのがそんなに気に食わなかったのかい?」


 余裕のある笑みでゆったりとした口調ながら負けじと応戦した。


 相手は花の守り人の準最高位〝花鳥風月〟。


 その由空と対等に会話を出来る人物は、花の都を隈無く探しても数は限られている。


「で? 顔を見せたってことは何か大事な用件があってのことよね?」


「勿論……と言いたいが世間話をしに来ただけじゃよ」


 現れたのは桜香を推薦した張本人であり命の恩人でもある國酉こくゆうであった。





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