第 参拾玖 輪【自身の成長とは心の洗練】

 謎の男――鬼灯と別れてから、普段通り近辺の植魔虫狩りを終え、月明かり照らす深夜には家路へ着く。


 祖父達が寝静まった中で自室へこもり、明日の準備を行っていた。


「昔から、〝物には神様が宿る〟って言ってたっけ?。大切にしないと何時かたたられちゃうかも」


 一点物しかない羽織や刀、靴等を畳床へ広げていく。


 良く見れば所々くたびれており、自身を守ってくれている物達に感謝しかなかった。


「さぁて……と。いつも、お世話になってるから、綺麗に生まれ変わらしてあげるからね~」


〝花の守り人〟になってから長く使用しているせいか、まるで家族と同様の愛着も湧いていた。


 一通り目検めけんでの確認後、泥汚れや染みを一つ一つ丁寧に落とす。


 靴紐等の消耗品を新調していき、損傷箇所には補修を施す。


「これで服飾は終わり。前の私に比べたら、段違いに手際が良くなったな~。裁縫してたら指を縫って、血溜まりが出来てた事もあったっけ?」


 刺し傷や切り傷跡が痛々しく残る、両の手の平と甲を順番に眺めた。


 感慨深く数秒ほど見つめると、そのまま頬を叩き「良し、次!」と身を引き締めた。


 正座をした目の前に、白布の上へと置いた刀を静かに抜く。


 切れ味を劣化させる錆びは無いようだが、整備前に比べて放つ輝きが鈍い。


 先ずは、刀身に付着する古い〝丁子油ちょうじあぶら〟を、〝ぬぐがみ〟でゆっくりと丁寧に取る。


 凄まじい集中力で神経を研ぎ澄まし、無我夢中でやり続けた。


 次に〝打ち粉〟と呼ばれる錆止めを、馴染ませるように両面へ刷り込ませ、最後に新しい油をつけて完了となる。


 終わった頃に気が付けば、いつの間にか夜が明け、結局のところ一睡もしなかった浜悠。


 陽光が窓枠から射し込むと、刀身に吸い込まれる様に集まり周囲へ反射する。


 柄から刀身の半ばまで染める翠色が、より一層に切っ先の淡い白色を輝かせていた。


 見回す限りの光の束はまるで、花弁はなびらなびかせる一輪花いちりんか


 夏の涼風に当てられて咲く――〝浜万年青はまおもと〟のようだった。


 これら幾多もある整備項目を、週に1度ほど陰ながら行っていた。


 どんなに疲弊しようとも、手を抜いたり投げ出したりした事は一度もない。


 何故なら、浜悠にとって〝装備品〟や〝道具〟とは――


 否、、自身と他を守るため、限りある命を救うための大事な体の一部だからだ。


「もうそろそろ、ご飯作らなきゃ……。今日は何にしようかな?」


 数時間も同じ姿勢でいたせいか、凝り固まった体をほぐす。


 眩しさで眼を細めながらも台所へ立ち、不眠を感じさせない動き振りで朝食作りに精を出す。


 小刻みに鳴る包丁の音や、味噌の良い香りがする中。


 しばらくして、眠気眼ねむけまなこを擦る青葉が起きてきた。


 波の様にうねり逆立つ頭を、強めに撫で直し椅子へ座らせる。


 昨日の事で怒り気味の祖父の小言には、右から左へ受け流した。


 朝食中でさえ鬼灯との事は伝えず、他愛もない話を交えて再び森へと立つ。


 御天道様が頭上高く輝き、約束の刻を示す頃。


 浜悠は胸の高鳴りの原因が分からず、2指定された見晴台が見える場所――


 の、少し離れた木陰に出たり入ったりして隠れていた。


「あー、結局来てしまった。寝不足のせいで肌が荒れていたらどうしよう……って、別にやましい関係じゃないからいいか」


 浜悠は雲がかった気持ちでいながらも、程なくして鬼灯がやって来た。


「本当にいる。はぁ……ふぅ……」と、溜め息後に深呼吸。


 やはり帰ろうか迷い意を決して向かうと、唐突に手を差し出してきた。


「やぁ、必ず来てくれると思ったよ。改めまして、俺は〝鬼灯〟!」


「わっ……私は〝浜悠〟。よ、よろしく……」


 しどろもどろになりながらも、交わす握手は何だかほんのり温かい。


 初めは会話もままならず、一方的に聞くだけの時もあった。


 どんな形で終わろうとも、次に会う約束は最後に欠かさずしてくる。


 自身は植魔虫狩りのためか、約束の時間を過ぎることもしばしばあった。


「遅くなってごめん。結構、待ったよね?」


「謝る必要はない。俺も……いま来たところだ!」


 晴れの日も雨の日も暴風に吹かれようとも、必ず鬼灯は待ち続けていた。


 そんな、ひたむきな姿勢を見続け、徐々に心を開き笑顔になる浜悠。


 日々――植魔虫と繰り広げる命のやり取り。


 その中で、心休まる〝あの場所〟は非日常的だった。


 話を重ねるごとに、まるで本当の兄妹のように意気投合していく。


 2人の歳は5つ程しか離れていない上に、境遇も少しだけ似ていた。


 両親を亡くしている浜悠は、祖父と青葉のため花の守り人に。


 各地を単身で巡る鬼灯は、不治の病にかかった妹のため治療法を探す旅に。


 これまで見た各々の光景を共有しながら、平穏な日々を過ごしていた。


 事の転機が訪れたのは、鬼灯の存在を、初めての出会いから数ヶ月が立った頃――

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