第 拾弐 輪【鬼灯の思惑と奪われた花輪刀】

 時刻は短針が十二を示す昼時。


 まだ太陽は頭上にあり、人間に飢えた植魔虫が突然襲ってきても今の鬼灯には、


 それは〝〟。


 数ヵ月もの間、滞在した村から出た鬼灯は、一直線にへと歩みを進めていた。


 十数分前までは、後方から村長や村人の声が絶え間なく聞こえた。


 しかし、数多くの〝雑音〟は、いつの間にか聞こえなくなる。


 自らの名を必死に叫ぶ声でさえ、耳をかたむける労力も惜しい。


 鬼灯の心を言葉に表すならば、ただ一言で終わる。

 

〝興味がない〟それでお仕舞いだ。


 後悔こうかいや思い残した事はない〟――と、言えば嘘になるかも知れない。


 瞳を閉じなくとも、その身に起こった様々な事が脳裏に蘇る。


 鬼灯の人生は、でさえも裏切り続けた。


あざむき〟〝だまし〟〝おとしいれ〟……そんな、どうしようもない出来事の連続だった。


 消し去りたい記憶が蘇ると歩幅がせばまる。


 体に重りが乗った様にのろくなった。


 辺りに人影や植魔虫しょくまちゅうの気配はない。


 内から溢れ出す程の殺気を放ちつつ、背にある黒色太刀こくしょくたいとうの〝花輪刀〟にも意識を向けている。


 ふと、呼吸を思い出した様に溜息ためいきを吐いた鬼灯。


 暗く思い詰めた顔で、目的地に向かっていた歩みを止めた。 


 僅かでも餌を求めつばめが低空で飛んでいる。


 気を張りすぎていたせいで気付かなかったが、冷たい風が火照ほてった頬を撫でていた。


 どうやら陽が暮れる頃には、一雨ひとあめきそうだと直感で分かる。


 空を見上げれば、忘れられない人の〝言葉〟を思い出す。


 『私さ、君と居ると心が落ち着くんだ。それとね、はとっても素敵だよ』


 幾度と聞いた〝声〟も……幾度と見た〝顔〟ですら、記憶の灯火ともしびは今にも消えてしまいそうだ。


 いくら忘れないと言えども、人は


 死ぬまで心に留まるのは、いつも〝後悔〟と〝罪悪感〟だけだ。


 鬼灯の言葉は誰に語りかけるでもなく、本人が意図せずと発せられた心の声達。


「俺は、いつからこうなっちまったんだろうな?を含めて失敗の連続だ。だが、それも……今日で終わる」


 再び意志を固めた鬼灯は以後、止まること無く目的地に向かって歩みを進めた。


七星天道虫ななちゃん〟が入った袋の中では、小さな二枚の羽を動かす音が耳障りな程に辺りへと響く。


 ある時、誰かが言った。


『〝花の守り人〟が死ぬ気であらがった所で、この世の全ては救えない。弱者が限られた命と刻を削った所で、強者の養分として搾取さくしゅされるのは必須。ならば、少しでも生き長らえる為には自分よりも下を作るべきだ』――と。



〝村外れの洞穴前〟


 そこは鬼灯の協力者である男が根城としている場所であり、元々は熊が冬眠の際に使っていた寝床。


 鬼灯は洞穴の前に着くなり「おい、待雪まつゆきはいるか?」


 そう言って長く暗い洞窟へ声を発する。


 数秒間、縦横無尽に反響した自らの声が、静けさ宿る森へと吸い込まれた。


 鬼灯の耳に届くのは、冷たい風が葉を揺らす音。

 そして、嵐の前の静けさが如く、幾度も脈を打ち付ける鼓動音。


 呼吸で落ち着けようと試みるが、数秒が数分に感じる程の感覚を味わう。


「まだ、来ないのか。いい加減、遅いぞ? この時間に落合う手筈だったよな」


 鬼灯は焦る気持ちも相まってか、腕を組んでいる指が焦る気持ちを体現する様に動く。


 が来たにもかかわらず、尚も現れぬのに対して語気を強める。


「おい、どうせ奥に居るんだろ!? こっちは時間がないんだ。早くしてくれっ!!」


 怒声を放つ鬼灯を、まるで嘲笑うように暗がりから現れた男。


待雪まつゆき〟と呼ばれていた小柄の人物である。


 白髪混じりで腰は老人の様に曲がっているが、実年齢は鬼灯と同じだ。


 待雪まつゆきは怒り心頭の鬼灯の顔を見る事なく、不気味に笑いながら問う。


「ひっひっひ。やぁ、鬼灯の兄貴。いつもより随分早いですね……家畜数頭をさらってきたが、本当に良かったのですかい?」


「あぁ、構わない。それと、頼んでいた


 鬼灯は待雪の問いに即答すると奥を覗き込む仕草をした。


「えぇ、えぇ……もちろん居ますとも。今朝方、ここら辺で〝落とし物〟を探していた無防備な所を、後ろから襲って今はぐっすり眠っていますよ……」


 眼を凝らしても見えないが、耳を澄ませばが確かに聞こえなくはない。


 自らで納得し安心した表情になる鬼灯に、顔の皺を寄せて笑みを浮かべる待雪。


「そうか。くれぐれも手荒なことはするなよ? だからな。んで? 肝心の〝花輪刀かりんとう〟はあるのか?」


「へい、少々お待ちを……」


 と、言った待雪こ小さな体は闇へと包まれ足音だけが耳に残る。


 そして、再び鬼灯の前に現れた時には、〝花輪刀〟を大事そうに抱き締めながら現れた。


 自らが欲し憧れた〝花輪刀〟を前にした鬼灯。


 内から沸き立つ感動のあまり、神々しさを放つ程の美しさに息を呑んだ。


「これが、の〝花輪刀かりんとう〟……。これがあれば、を斬れる!!」


 待雪から受け取る際に思わず手が震えていた。


 それでも持つや否や、新しい玩具を与えられた子どもの様に興奮する。


 眼を輝かせながら陽の光へと照らすと、あることに気が付いた。


 「しかし……。もっとこう、重厚感があると思ったんだが――まぁ、良い。行くか」


 旅立つ鬼灯に対し見送る者の待雪は、曲がった腰を一層曲げる。


「ひっひっ……それは〝本物の花輪刀〟ですからね。私には剣術の才は無いで、ご武運を祈っております。それと、〝家畜えさ〟は裏手の木にいます……」


「あぁ、色々とすまなかったな。しばらくしたら例の子を解放して、お前はどこか安全な所へ行ってくれ」


 目当ての物が手に入り気前良く手を振る鬼灯。

 ここまで待雪。


 洞穴を後にした鬼灯は森へと入り、元々持っていた〝黒色太刀〟を草むらへと投げ捨てる。


(見せ掛けだけの〝置物にせもの〟何て要らねぇよ!! 今の俺は、正真正銘本物の〝花の守り人〟だ!!)


 すかさず先程受け取った〝花輪刀〟を背に掛ける。


「さぁてと……。〝生贄かちく〟を連れて、とやらにでも会いに行きますかね」


 実際この時――〝ほおずき金棒かりんとう〟と自負しながら調子に乗っていた。


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