第一章 5 『巣』

「討伐団?」


 立川は名前からして何をする団体かはわかったが、一応わからないフリをした。


「詳しい話は歩きながらしよう。ここからだと……十分程度で着くかな」


 茂木は左手に付けている銀色のくすんだ腕時計を確認するように見てから歩み始めた。


「確かこの世界に時計は存在しないんじゃないんでしたっけ?」


「その話はもう聞いているのかい。そう。この世界に時計は存在しない。でも、この時計は元から存在するものではなくこの世界で作られたものなんだ。君が来る少し前に仲間で時計技師がいたから部品を一つ一つ具現化させて作った物なんだ。ちゃんと現実と同じように時を刻んでいるよ」


 茂木一行は突き当たりを右に曲がり、そのまま真っ直ぐに歩く。立川と茂木の後ろを夏田と昼神は黙ってついてくるだけだった。相変わらず昼神は立川を睨んでいる。


「十分程度で着くっておっしゃってましたけど、これはどこに向かってるんですか?」


「私たちの基地の一つだ。来たらわかるよ」


「討伐団のですか? 基地なんてあるんですね! なんかワクワクします」


 そう言った立川の肩を思いっきり握り、歩みを止める者がいた。──昼神だ。


「ワクワクだぁ? てめぇ舐めてっとぶっ殺すぞ」


 昼神のイライラは頂点に達したようだ。煙でも出すような鼻息に街灯のない暗い夜道で映えるギラついた眼光で今にも殴りかかりそうだった。

 それを夏田はいつもとは違う様子で黙って見ている。だが、茂木は素早く昼神の手を引き剥がした。


「やめるんだ。慶。お前は少し頭を冷やせ」


 茂木が注意しながら顎で進行方向をクイッと指した。観念したのか昼神はその方向へと走っていく。


「悪い奴じゃないんだ。──ただ、たまに周りが見えなくなる事があるだけなんだよ。そのせいか友達といえる友達は少なくてね」


「……でしょうね」


 立川は走っていく昼神の背中を見ながら小さく呟く。また茂木は歩き出したのでそれに立川と夏田はついていく。


「でもさっき彼が怒ったのもわかるんだ。なんせ生きるか死ぬかの瀬戸際でいつも戦っているからね。君のいう"ワクワク"とは無縁の場所なんだよ」


 茂木はそれまで常に微笑んで話していたが、その時だけは真剣な顔をしているように見えた。


「僕そんなつもりじゃ……すみません」


 それを聞いた茂木は何か言うわけでも無くただ黙って微笑んだ。


 そして、再び突き当たりまで来た茂木一行は次に右へと曲がっていく。

 そこからはしばらく沈黙の中で歩き続けていた。


「そういえば化け物たちいないですね。どこに行ったんでしょうか?」


 立川はふと思い返したかのように周りを見渡す。


「ここら一帯は奴らも少ないんだ。いたとしてもあまり脅威にはならないレベルの幻妖ばかりでね」


「げん……よう……?」


 聞き慣れない言葉に立川はつい反応してしまう。


「あなたの言う化け物の事を私たちは幻妖って呼ぶのよ」


 ずっと黙っていた夏田が急に喋り出した。そして、後ろにいた夏田は立川の横に並び、同じ速さで歩み出す。


「じゃあその幻妖ってのは一体何者なんだ?」


「それは私たちが聞きたいな」


 夏田に聞いたつもりだったのに茂木が答えた。そして、続ける様に夏田は説明し出す。


「ただ幻妖に関してわかっている事は三つ。一つ目は奴らも繁殖をするという事。

 現実で眠っている間は魂をこちらの身体に宿す事で活動できる。

 もしも、こちらの世界で死ぬ事になれば魂は死ぬ。空になった身体はやがて暴走し出し全くの別人として活動し出すのよ。

 だから、これ以上幻妖を増やさないためにも私たち討伐団が襲われる人々を救い今いる者は討伐しているの。


 二つ目は幻妖は多種多様な種類に分類されている事。あなたが初めて出会った幻妖は一番オーソドックスな種類で細胞に異常を来してさらに腕が生えたり脚が生えたりするの。

 そして、異種と呼ばれる強者が存在する事も知っておいた方がいいわ。今さっき言ったように幻妖の討伐も私たちは受け持っている。だけど一筋縄じゃいかないのが現実。

 特に強い幻妖は異種と呼ばれていて不思議な力を操ったり強靭な肉体を兼ね備えている者がいるの。


 そして、三つ目ね。幻妖に命を吹き込んでいるのは──」


「お二人さん。お話中に申し訳ないが目的地に着いたよ」


 ちょうど良いのか悪いのかわからないタイミングで前を歩いていた茂木がこちらに振り向いてある場所を指した。


 そこは建設中の何かの施設と思わしき建物だった。近づくにつれ建物を覆うように被せてある防音シートが少し劣化しているのに立川は気づく。


「ここは建設が中断になってずっと放置されてるらしいんだ。そこをどこかの大金持ちさんが買い取ってね。ある施しをしたんだよ」


 そう言いながら茂木はニヤッと笑い夏田を横目で見た。

 その理由がおおよそ予想できた。

 風の噂で耳にした程度なのだが自分専属の執事がいる程の大金持ちが学校の生徒でいると。

 それを立川は知っていた。

 おそらく夏田がその大金持ちのお嬢様なのだろう。


 夏田はそんな茂木をも気にしていない様子で無表情を保っている。


 茂木は防音シートを手で暖簾のように上げて入っていった。夏田も同じように入っていく。立川も後を追うようにくぐって入ると奥に人影が見えた。その人影はどんどんこちらに近づいてくる。


 月光に照らされてその人影の正体が足元から明らかになっていった。


 茂木や昼神と全く同じの黒い戦闘服に防弾チョッキをつけている。

 そして、右手にはシャベルだが先を異様に尖らせている物を肩に担ぐ形で持っていた。


 顎髭を生やしイカツイ顔つきをしていて頭にはバンダナを着用している。


「小出くん。ご苦労様」


「うっす、お疲れっす」


 見た感じの年齢は茂木とあまり変わらなかったのもあり若者のような話し方が少し違和感のある小出に立川は笑いそうになったが何とか堪えた。


「彼が言ってた新人くんっすか?」


 茂木の後ろにいる立川を覗き見るように身を横に乗り出してくる小出に立川は軽く会釈をする。

 すると、小出も満面の笑みで会釈を返してきたので案外悪い人ではないのかなと立川は思い、先程笑いそうになった事が申し訳なくなった。


「それじゃ引き続き見張りを頼んだよ。私たちは下に下りるからね」


 下りる? ここが基地ではないのかと立川は疑問に思う。だが、確かに考えてみればここは基地とは言えなかったし小出一人しかいないのも討伐団と名乗るほどではない。


「了解っす。じゃあお気をつけて」


 やはり、下りるというのは物理的な意味だったらしく、小出の後方にはハッチらしきものが見えた。


 小出がそのハッチを開けるとハシゴが備え付けられていたが、二段目から下は闇に包まれていてそこから下の様子は肉眼では全くわからない。


 不気味すぎるそのハッチに立川は正直その先へ行く気を失せていた。


 しかし、茂木と夏田が迷わずハシゴに足を掛け下へと進んで行く。やがて二人は闇の中へと消えていった。


 小出は何も言うでも無く、ただこちらを見ている。


 仕方ないなといった風にため息を吐いてから立川も茂木たちと同じようにハシゴに足を掛けて下へと下りて行く。

 五段ほど降りてから上を見ると小出が微笑んで見下ろしている。

 そして、ハッチの蓋を閉めた。

 その瞬間から何も見えなくなり感触だけでハシゴを下りていった。


 何段下りたかはわからなかったが、しばらくすると下から明かりが見えてきた。

 下りるにつれその光は強くなり、ハシゴを下り終えた地点に茂木と夏田が待っているのが見える。

 そして、下り終えた立川が振り返るとそこらは小出がいた鬱蒼とする場所とは違い明るい場所だった。

 ここが地下という事を忘れさせるほどだ。


 広さは学校の体育館ほどあるが天井は手を伸ばせば触れるほど低い。


 所々で天井で入り乱れているパイプたちが水滴を垂らしていて、その下には『水漏れ注意!』と書かれた張り紙とバケツが置いてあった。


 そして、何より驚いたのはそこには人が思っていたよりも大勢いたという事だ。ざっと三十人はいる。


 立川は我を忘れたようにそこにいる人たちを口を開けて見渡していた。


 何か真剣な顔で話し合う若い男たち。


 三角座りで額を膝につけ呆ける主婦。


 横になる中学くらいの男の子たち。


 窶れた様子で天井を見つめている中年の男。


「こんなに……たくさんの人たちが……」


 そんな立川の肩を叩き、同じように見渡しながら茂木が話し始めた。


「この世界には様々な人間が無差別に送り込まれてくる。君のような普通の高校生。子供。女。老人。時には犯罪者までもが。もちろんの事だが、この中には幻妖と戦えない人たちもいる。そんな人たちを毎日保護しているんだ」


「でも保護したとしてもその人が現実で目覚めればこの世界からは姿を消して、また眠ればその人は眠った場所からまた一人になってしまいますよね? そんな時はまた一人でここまで来て保護してもらうんですか? それってかなりリスキーだし得策とは思えないんですけど」


 まともで的確な指摘に驚いたのか茂木は少し目を見開いて立川を見た。


「よく気づいたね。──その点は解決済みだよ。単純な解決策だがシェルターを複数作ったんだ。私たちができる範囲でシェルターを疎らに設置してあるからここだけに集まっている訳じゃないんだよ。眠った場所から一番近い場所のシェルターを把握してもらって逐一保護する形になる。ここはその中でも一番大きいシェルター兼討伐団の本部を担っているんだ」


 そんな話をしていると茂木に一人の男が駆け寄って来た。服装から討伐団だという事はわかった。

 その男は背は高いが全体的に細く、髪はセンターで分けられている。


「茂木さん。ご苦労様です。まず初めにご報告があります。先程、ここから半径三キロメートル範囲に位置するショッピングモールにて一体の幻妖を確認。現在、井上と志村が行方を追っています」


 まるで訓練された兵士のようにスラスラと現状報告をするその男を見て立川は初めて『討伐団』らしい雰囲気を感じた。


「彼が立川くんですね」


 なぜみんなが自分の名前を知っているのだと立川は不審に思ったが案外悪い気はしなかった。


「ああ。立川 響矢くんだ。立川くん、彼は加賀爪 陽太。君と同じ高校生だ」


「よろしく。気軽に陽太って呼んでよ」


「じゃあ僕も響矢でいいよ」


 立川はなんとなく加賀爪とは仲良くなれる気がした。それは加賀爪も同じ気持ちを抱いていたからだ。


「それじゃ君たちはしばらくここにいてくれ。私は慶を探してくるよ。立川くん、今はゆっくり休みなさい」


 茂木はマントを大きく翻しハシゴを再び上っていった。

 茂木の姿が見えなくなると加賀爪が興味深そうに話しかけてくる。


「響矢の具現器は弓矢なんだろ? 実は討伐団の中でも響矢は話題になっていてね。遠距離型に特化した具現器は珍しいんだ。僕が響矢を初めて見た時もみんなでこいつの画面を取り合うように見てたよ」


 そう言いながら加賀爪は黒く艶消しのされているノートパソコンを取り出した。


「こいつぁ僕の具現器でね。見た目はノートパソコンだけど普通のパソコンとは違って出来る事は一つしかない。──ありとあらゆるものを何の障害も無しでハッキングする事ができる。響矢を見たのも近辺の監視カメラをハッキングしたからなんだ」


「そんなことできるのか!?」


 立川は思わず大声で聞く。周りにいた人は一斉に立川に注目し話すのをやめたが、しばらくするとまた元に戻ったようにみんなは話し始めた。


「できるわ。あなたと私が電車に乗ってここまで来れたのも彼の力を借りたからよ」


 夏田の説明を聞き合点したように立川は頷いた。


 加賀爪はパソコンを開き、デスクトップ画面を見せてきた。

 そこにはアイコンが一つしかなく名前はつけられていない。それを加賀爪がクリックし現れたのはおそらく街中に設置してあると思われる大量の監視カメラの画面だった。

 スーパーの店内を写している画面、商店街の入り口を写した画面、そして、先程まで自分がいたビルの狭間にある四車線の道を写した画面があった。

 加賀爪がもう一度クリックするとまた違う監視カメラの画面が重なるように現れる。


 その一つに見覚えのある風景があった。いつも自分が学校の窓から見ている景色だ。

 大型のショッピングモールに立体駐車場。それを囲むように建てられたビルたち。

 だが、立川は目を細めるようにしてその画面に集中して顔を近づけた。


「何か……何かが違う」


 いつものあの景色に似ているが少し違う。


 気持ち悪い。


 美しいはずの風景は何かに浸食されたような気色の悪さに取り憑かれている。


 大型のショッピングモール、立体駐車場、ビル、ビル、ビル、ビル。

 順に順にと見ていく。

 立川は違和感を探し続け、ついに見つけた。


 見た事のない物体が紛れるように建っている。


 その物体は見た目はビルと同じように四角くて細長い。そして、どのビルよりも高く大きかった。


 聳え立つその物体は窓が一つもついてる様子はなく、ただただそこに存在するだけだった。


 全体を黒一色に彩られたそれは見れば見るほど街には似つかわしくないように思えてくる。


 まるでそれは江戸の町にピラミッドが建っているくらい違和感があるものだった。


「こんなビルあったっけ」


 ずっとパソコンの画面と睨み合っていた立川は加賀爪の顔を見る。加賀爪は楽しそうに顔を綻ばせていた。


「よく気づいたね。そう。これは現実にはない唯一の建造物。こちらの世界オリジナルの物なんだ」


「オリジナル? そんな物創れるのか? 創ったとしてもこれは一体誰が何のために……」


 呟く立川に隣で話を聞いていた夏田が割り込んできた。


「さっきは茂木さんに遮られて話せなかったけどその続きが今話せそうね。


 ──幻妖に関してわかっている事の三つ目の事だけど。幻妖に命を吹き込んでいるのはこの世界を創った創造主と呼ばれる存在。


 そして、その現実には存在しない建造物は私たちを抜け出す事の出来ないこの檻の世界に閉じ込めている張本人の住処。


 みんなはこう呼ぶ。


 ──"創造主の巣"と」

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