第2話 猫
妻の猫が行方不明になった。
妻が半狂乱になって猫を捜すだろうことは分かっていた。
僕はどうでもいいような気がした。
しかし妻は半狂乱だ。
手を尽くして猫を見付けようとしているし、まじないのようなことにも手を出しているようだ。
僕には分からない。
猫などいなくとも、僕がいればいいではないか。
ある夜半、ざわざわした気配で目覚めた。
隣で眠っていた妻が起き出したので、已む無く僕も体を起こした。
「……どうしたの。」
僕は分かっていて問う。
「なにか来ているような気配がしない?お客様がいらしてる時みたい。」
「……。」
妻はいつも独特の言い回しをする。
僕は起き出し、妻の手を引いた。
「……なら、客間に行ってみよう。」
こういう時は妻の独特の言い回しをヒントにするのがいつも正しかった。
客間で猫が待っていた。
いなくなった時と同じ、ずんぐりとした茶縞の体。
猫は遠くを見ている。
猫はしばらく遠くを眺めてから、不意に飽きたように僕らを見た。
「……仲良くするように。晴れて夫婦になったからには、互いに不義を働かず、信頼と忠誠、また誠心をもって互いの人生に当たりなさい。」
猫は唸り声のような声で言う。
「それから、君が私を呼び戻すためにしたまじないがあるだろう。」
虹彩しかない猫の目。
「それが別のものを呼んで仕舞ったようだよ。いいかい?明日から三日間、あそこの……ええと、なんというのだったかな……そう、トケイだ、時計の短い針がお月様一つ分と半分回転したら……」
「……18時のことだろうか」
「そうだったかな。君がシゴトから戻る少し前の時間だよ。」
「18時で合っているようだ。」
「ふむ。それ以降家の全ての開口部を閉ざし、外出せぬように。外から何に呼ばれても、決して戸を開けぬよう。分かったね?」
猫は内を見ているのかもしれないと、急にそんなことを思った。
例えば犬なら来客を、しかし猫は家人を見ている。
例えば犬ならシゴト、ではなく仕事、と発音するような気がした。
それから三日間は風の強い夜が続いた。
僕はクタクタに疲れた。
妻が外に
外に出たがるのだ。
開けてはいけないと猫に言われたのに、妻はどうしても寝室の窓を開けようとする。
招き入れようとはしていない。
妻の体は外に指向している。
妻が
出たがっている。
「……話が違うじゃないか?」
僕は、一秒も妻から目を離すことができず不眠のためクタクタに疲れていた。
そして、彼女を止めきれなかった。
最後の夜外から妻を呼んでいたものがなんだったのか、今も分からない。
猫の目を見たような、
鳥の羽ばたきを聞いたような、
犬の体臭をかいだような、
妻が消えた夜の闇に確かに存在したそれがなんだったのか
僕は今も分からない。
妻は行方不明になった。
僕は半狂乱になって妻を探している。
「……まつとしきかばいまかえりこん」
僕は妻を正しく呼び戻せるだろうか。
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