種をはこぶ鶴

鏡水たまり

種をはこぶ鶴

 アスファルトのように真っ平らではない石畳みの道を、辺りを見回しながら歩く。中世の面影のある街中は、ヨーロッパに来てるんだなぁと改めて感じさせる。やっぱり、日本とは全然違う。

 大通りに面しているからか、たくさんの商店がある。どの店も趣があって素敵だなぁ。だけど、手当たり次第に店に入ることはせず、ただ目を滑らせる。その中で私の目を惹いたのはひっそりした雰囲気を醸し出しながらも、ドアや看板の装飾が凝っているお店。どうやらアンティークショップのようだ。私は未知の世界に入る心持ちで少しひんやりとしているその金属製の取っ手を引いた。


 艶やかな床に狭いながらも、沢山の商品が雑多に並べられている。古びて傷が付いているものや、年月を感じさせる色合いのものだけど、どれも綺麗に整えられている。

 店主は私が入ってきたのに見向きもせずに、アンティークの修理に没頭している。

 街中を歩いていた時も中世にタイムスリップしたようだと思っていだが、ここにいると時間感覚が麻痺するようだ。

 チクタクと時計が時を刻む音で、はっと、その店の雰囲気に呑まれていたことに気づく。そうすると商品の方に関心が移り、気になったものを順に手にとっていく。

 銀のスプーン、天体観測に使っていたような地球儀のようなよく分からない模型、ネジ巻き式の懐中時計、分厚い表紙の本。

 その中でも私の目を引いたのは、鳥を象ったティーポットとその羽模様をあしらったティーカップだった。アンティークだとは思えないその色鮮やかと、反対に時間を感じさせるような所々の傷や欠け。それはどこか日本の趣があった。なぜだろう。カップを持ったまま少し考え込む。

 ふと、頭に浮かんだのは鶴。たしかに、そのティーセットがモチーフとしている鳥は、体は白く、頭頂部が赤く、そして首は黒かった。

 それらが入れられていた箱の側面に、気取った癖のある数字で値段が書いてあった。

 「すみません。これください」

 「OK。一つ75ユーロだけど2つセットで買うのかい?」

 「え、ちょっと待ってください」

 セットで75ユーロだと思ったので焦っていたら

 「海外旅行でこんな古びた店に入るなんて変わった人だ。100ユーロにまけてあげよう」

 早口で前半は聞き取れなかったけれど、値引きしてくれてなんとか予算少しオーバーするくらいで買うことができた。

 そうして緩衝材で丁寧に包まれてゆくのを、私はじっと見守った。


 旅行から無事家に帰ってきてまず、荷物の整理をした。

 粗方整理しおえて、ようやくアンティークショップで買ったものを開ける。プレゼントの包装紙を解くような気分で、梱包を解いていく。

 家の机に並べてみたポットとティーカップは部屋にそぐわなく、違和感しかない。まるでそのティーセットのある場所だけ時間の流れが逆行しているようだ。

 一通り眺めて、箱の処分をしようともう一度箱を調べてみると、底に封筒が入っているのを見つけた。

 随分と時がたったからだろうか。黄ばんだ封筒を開けると、少し色褪せた緑のインクで綴られた手紙だった。

 フランス語で書かれたそれはすぐには読めそうになくて、その日は部屋の片隅に置いたティーセットに添えるように、そっと手紙を置いた。


 週末。連休明けに加えて、旅行の疲れが少し残った状態でなんとか仕事を終えて家に帰ってきた。ようやく一息つくことができて、早速アンティークショップで買ったポットに茶葉を入れ紅茶を蒸らし、ティーカップに紅茶を注ぐ。せっかくだし、あの手紙を訳して読んでみることにした。


 「彼はこの国に陶芸を学びにきていました。だけど、戦争が悪化してきて日本に帰ることになりました。このティーカップは彼が最後にここで作ったものです。ティーカップは対になっており、一方は僕が、もう一方は彼が持って行くことになりました。

 戦況はどんどん悪くなり、最後まで死守していましたが、とうとう彼との大切な思い出のティーカップも売りに出さないといけなくなくなりました。

 このティーカップを日本へ連れていってください。そしてまた一対のティーカップとして彼のティーカップと巡り会わせてせてください。

 モチーフを分かち合う双子のカップだから、きっとカップがあなたを導いてくれます」


 読み終えた私は手紙の書き手がいう通り、期せずしてその願いの一部を既に達成していたことに驚いた。

 日本とヨーロッパという遠い距離を縮めたのだから、本当にもう一方のカップまで私を導いてくれるのかもしれない…そんなことをぼんやり思いながら、まだ見ぬもう一方のティーカップに思いを寄せた。


 次の日、私は美術館に行くことにした。ヨーロッパで芸術に触れたことで、日本の芸術にも興味がわいたからだ。

 思い立ったらすぐ行動。美術館ではちょうど日本人陶芸家の展示が催されていた。東京でもないこんな街では美術館に来ている人も少ないだろうと思ったが、なぜか以外と人がいた。もしかして、有名な陶芸家なのかな。

 日本の陶芸はやっぱりヨーロッパで見たようなとは少し違う。素人の私にはわからないけれど、絵の描き方とか、器の形とかが違うのかな。だけど、その中には時々どこかヨーロッパで見たものを思い起こさせる作品があった。

 そんな作品の中に、アンティークショップで買ったティーカップと似ているティーカップを見つけた。

 私の持っているカップは鳥の羽をモチーフとしたものに所々実があしらってあるが、そのカップは鳥の羽のモチーフに花が描かれてあった。

もしかして、これが手紙にあった双子のカップなのだろうか?

 すぐに学芸員にカップについて聞いてみる。すると、ちょうど関係者が会場に来ているということだった。カップの持ち主でもあるその人に話を通してもらう間、もう一度注意深くカップを見る。説明書には作者である東堂翔太はヨーロッパで陶芸を学んだと書かれている。はやる気持ちを抑えられず、もう一度カップを眺める。

 何度かそうしていると、60代くらいのおじいさんが足早に学芸員と共にやって来た。

 「君かい、このティーカップについて尋ねたのは。対になっているんじゃないかという質問をしたのは…」

 「はい、そうです。実はこの前このティーカップに似ているものをヨーロッパで買いまして」

 私は、以前ティーカップを買った時にSNSに上げた写真を彼に見せた。

 「おぉ、これはまさに」

 おじいさんは目をしょぼしょぼさせて明るい画面をじっと見つめた。

 「少し話をいいかね、ゆっくり席に付いて話そう」

 じっくりと写真を見て、おじいさんはそう私を促した。

 おじいさんは東堂正男といいこのティーカップの制作者である東堂翔太の息子だった。

 「あの、この写真のティーカップとあの展示されてるティーカップは本当に対なんでしょうか?」

 「おそらくな」

 「実は、ティーカップを買った箱に手紙が入っていて、その手紙には一対を揃えて欲しいと書いてあったのです」

 一呼吸置いて、

 「この、ティーカップと私が持つティーカップを並べたいのですが、いいでしょうか…」

 そう、私が言うと東堂さんは目を輝かせた。

 「ぜひ、そうしておくれ。その時に手紙も持ってきてくださるかな。私も知っている限りこのティーカップにまつわる話をしよう」

 私の家がすぐ近くだということを告げると、次の休みにまたこの美術館でという約束になった。


 約束の日、この時期には珍しくカラッと晴れた日だった。

 家を出る前にもう一度手紙を読んでみる。本当に双子のティーカップはお互いを呼び寄せたみたいだ。

 既に東堂さんは机にティーカップを並べていたので、私も持ってきたティーカップとポットを並べる。

 二人してしばし無言でそれらを眺める。対面させてわかる。二つのティーカップの絵柄の組み合わせ、全く同じ位置にあるのではなく、少しずらしてある。それが逆に一体感を出しているように見えた。

 せっかくなのでこのティーセットでお茶を飲もうということになった。ポットに出していただいた茶葉を入れお湯を注ぐ。その間に私は東堂さんに手紙を渡した。

 東堂さんが手紙を読む。どうやらフランス語がわかるようだ。

 しばらくして、もう一度手紙を読み直すような仕草をした後、東堂さんが話し始めた。

 「今日は、ティーカップを持ってきてくれてありがとう。実は、私も父から対のティーカップを探すよう言われていて、『展示会には必ずこのティーカップを展示して、もう一対を探してくれ』と常々言われていたんだ。ところで、もう君は美術館で見たかな?このティーカップは『花は実る』という名で、添えられた言葉が『花は実り、種になり鶴(トリ)に運ばれ、また花開き実りゆく』…なるほど、手紙を読んでからもう一度この言葉を読んでみると、二人の再会を願って作られたのかもしれないね」

 と、ゆっくりと首を縦にふっていた。


 「東堂翔太さんと手紙の人は、どういう関係だったんでしょうね」

 私は、密かに疑問に思っていたことを東堂さんに聞いてみた。

 「今となっては分からないね」

 と、目線を空に浮かせて東堂さんはゆったりとそう、言った。

 「でも、過去の二人の縁があったからこそ、私は君に出会えた。今はそれでよしとしようじゃないか」

 私は、東堂さんに促されるように、ティーカップを空中に掲げた。

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