第7話 デートに行こう

 


 クリスが私の家に住みついて以来、私の行動は大きく制限されることになった。


 朝の起床からはじまり、登校、帰宅、夕ご飯にいたるまで、彼女は積極的に私と、ともにいようとする。


 いつ気が変わって、私の犯行を国の憲兵たる、騎士団に届けるかわからない手前、私には彼女にさからう事などできない。


 かと言って、まったく隙がないわけでもない。


 傲慢なる私の教え子、クリス・スレアの束縛生活がはじまり昨日でちょうど1週間が経過した。


 1月13日〜1月19日の1週間のサイクルのうち、昨日だけは、つまり週末の後半、半日ほどは自由に時間を使えることがわかった。


 クリスが猫愛好会などという、くだらないサークルの部長を務めていて助かった。


「先生〜、何書いてるのー?」

「ッ」


 背後から聞こえる声。

 皮表紙の日記をたたき閉じる。


「クリスか。いい加減に気配を消して近づくのやめなさい。それは先生として許容できない」

「いいんじゃん、あたしたちはカップルなんだよ?」

「殺人鬼とカップルなのは、果たして誇るべきことかな。豪胆すぎて、私よりよっぽど、君の気が心配になってくるよ」

「えへへ、勇者ですから!」


 それを言えば、なんでも解決すると思っているな。


 人を弱みを握り、命運を自分次第でコントロールできると知っているから、こんな余裕を持てるんだ。


 クリス、君は私より、よっぽどおぞましいよ。


 やはり、サイコパスか。


「先生、それでそろそろ、先生の右手のこと教えてくれる気になった?」

「なんだいきなり。教えたくないって、ずっと言っている。先生の言うことを聞きなさい」


 私の右手に白い指を伸ばしてくるクリス。

 スッと手を引っ込めて、ポケットに突っ込む。


 これだ、このよくわからない勇敢さだ。


 具体的に説明したわけではないが、おそろくクリスは、私の右手が、作品作りのかなめだと気づいている。


 当然か。

 彼女のまえで大々的に能力を使いすぎたツケだ。


 殺人において極めて優れた力だとも、気がついているだろう。

 また、同時にそれが彼女自身に効かないこともだ。


 こちらの手のうちばかりバレる。

 私はクリスの、勇者の秘密をなにも知らないのに、クリスは私のことを知っている。


 ストレスだ。 

 私の精神衛生が他人に侵害されている。


 このストレスを解消するためにはーー、


「クリス、私は君のことをもっと知りたい」

「っ、先生、いきなり、だね」


 クリスは頬を染め、私の左手に細い指先を伸ばす。


 左手も引っ込めてポケットに避難させる。


「私も先生のこと、いろいろ知りたい。先生、この1週間ずっと辛そうだったもん。

 ねぇ、教えてよ、先生の病気って本当に治らないの? これまでは毎日のように人を殺してたのに、この1週間は人を殺してないんだよ?

 それってつまり、殺人衝動なんて、先生の思いこみとかなんじゃないの?」


 いいや、つい昨日、マフィアを40人ほど血祭りにあげてきたばかりだよ、クリス。


「先生のことを教えて! 絶対に治るよ!」


 ふむ、ずいぶんとポジティブな思考をしてるな。


 流石はいい子で、いい子で、いい子すぎて殺したくなってしまうクリス・スレアだ。


「ねぇねぇ、お互いのこともっと知るためにも、あたし、先生とデートしたいなぁ〜」

「毎日、デートしてるようなものじゃないかな。これだけ監視されていては」

「違う、そうじゃなくてちゃんとしたいの!」


 わがままな子だ。

 話し合ってなにかが変わるなど……ありはしない。


「ねっ、先生、お願い!」


 まん丸の緋瞳で上目遣いしてくる。


 あざとい、実にあざといぞ、クリス・スレア。


「……むぅ」


 とは言えだ。


 確かにこれまでと比べて、変化が起きている。


 一昨日までの私の殺人数が、劇的に減っていたのも事実だろう。


 これは勇者の秘密を知り、弱点を見つけるためにも、一度しっかりと話をするのがいいかもしれない。


「わかったよ、クリス。それじゃ次の週末にでもどこかへ出かけようか」

「やったー! 行く場所はあたしが決めるね!」

「あぁ、いいとも」


 どこで話そうと変わりはしない。


 最近オープンしたあのカフェでも、女学生に人気の花庭園でも行ってやろう。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー5日後


「じゃ、最初はここ! 聖トニー教会ね!」


 私たちは教会へやって来ていた。

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