第156話 Burn My Blood
書籍化に合わせてタイトルを変更いたしました。
旧:外れスキルの辺境領主、不思議なダンジョンで無限成長
新:外れスキルの追放王子、不思議なダンジョンで無限成長
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無機質な白の空間。そのど真ん中には大事な部品が入っているのだろうか、楕円の柱が建っている。
「まあ、ゆっくりしたまえよ」
ルーベルが何やら光る板を触ると、壁面に外が映し出される。よくわからない仕組みだ。魔術で外の風景を切り取って、無理矢理に貼り付けているのだろうか。
「君にお願いしたいことがあるんだ」
「世界にさんざ迷惑を掛けた魔王の子供に何のご用事でしょうか……」
「そんなに卑下しないでおくれよ。自己評価の低そうな女の子を見ると興奮する性質なんだ私は。もしや、誘っているのかい……?」
「お願いとは」
「戦争末期は人員不足でねえ、熟練操縦者は皆おっ死んだんだ。それで上層部は
「戦争で人死が減るのは喜ばしい」
「一体の
光る板に何かしらの操作がされると、柱が無機質な音をさせながら口を開く。そこには青い光を放つ円柱のガラス筒が十本あった。
「最初は重罪人の魂が使われていたんだけど、私にはそれをどうこう言う資格はない」
「人を害する人間がどうなろうと興味はない。言い方は悪いが有効活用かもしれないですね」
「次に使われたのが上層部を批判した者。その次は軽い罪を犯した者。老人。障害を抱える者とね……倫理観の線引がズレていったんだ」
「…………」
「まー、面倒くさいよね。ごちゃごちゃ考えるのもアレだから全部叩き割ろうと思うんだけど、どうかな? 壊したら魂は開放されて輪廻に還る。このまま使うんだったら戦車はキビキビ動いて世は事もなし! ぜひ、未来を担う若者の意見を拝聴したいねえ!」
「壊しましょう」
「即断即決。惚れちゃいそう。ねえ今夜……どう?」
「ここは時間の流れが遅い。一日経つ前に俺達は出ますよ。シリウス……俺の部下も早めに戻ってこいって言ってましたし」
鋭い手刀により、ルーベルの眼前のガラス筒が叩き割られる。
人は貧すれば考えも鈍する。
俺が上層部とやらと同じ立場なら、どうしただろうか?
「そういえば、彼女はいる? 彼氏でもいいけど?」
「婚約者がいます」
「……ふーん。どんな人?」
「以前に首輪を嵌めてきて、数日ほど監禁されましたね。俺を思っての行動だと思うんですけど」
「ど変態じゃないか……無知プレイとは業の深い」
「優しい人なんです」
「被害者は皆、そう言うんだよねえ……」
袖を引っ張られる感覚。視線を落とせばアリシアがムッとした顔をしていた。
黒い翼も心なしか不機嫌さを表明しているかのようだ。
「膝枕……」
「膝枕?」
「ずるい……ずるいかも」
膝枕を所望されているのだろうか。取り敢えず座ってみると間髪入れずにアリシアが頭を滑り込ませてくる。角が思った以上に太ももに食い込んでくる。痛し。
「良い感じ」
「それは良かった」
「お肉がちょっとぷにぷにしてる。太った?」
「いや、女の体に変わって筋肉量が落ちたからだな」
「そっか」
「アリシアは俺が男に戻るのは嫌か? もし望んでくれるなら──ずっとこのままでも良いぞ」
「イヤ……顔がキライ。アリシアに微笑まないで。いつものしかめっ面が好き……」
「分かった」
アリシアは目を瞑ってしまった。
いつもの顔とは……どうしていただろうか。
「なんか室内の湿度が上がったんだけど。大雨振りそう」
「そろそろ研究所に突貫しましょうよ」
「……距離感がね……それ……まあ、うーん……。私は操縦で君は火器管制担当だ。権限を移譲したので誘導砲の操作は任せたから……」
「承知しました。具体的に何をするので?」
「頭の中にビジョンが浮かぶはずだ。君は〝どれを狙う〟か〝撃ち落としたい〟か思うだけでいい。一度に八体以上は狙わないでおくれよ……脳が焼き切れるから」
悲鳴のような音が外から聞こえてくる。これは金属がこすれ合い、へし合い、折れんばかりに稼働しているのだ。
ガシャンと蜘蛛の一肢が前に進み、追従して他の肢も蠢き出す。どんな地形でも踏破できるように多脚にしたと思わしき、この過去の兵器。都市部に出ても、瓦礫があっても歩みを止めることはない。
まさに今より三千年前の、戦争の音。
頭の中に外の風景が写り込んでくる。
思うがままに火砲を撃てると理解出来る。
「ルーベル様は思ったより普通の人ですね。普通じゃない人ぶろうとしてるように見えます」
「むっ……失礼だね。私がどれだけ天才の異端児かも知らないくせに」
「褒めたつもりなんですけどね」
一番広い大通りに出る。人差し指に乗りそうな程の大きさに見えるそれは、まさしく目当ての研究所。最速で突貫するにはこの道程が最短だ。
「騎士様のお出ましだ。だが遠慮することはない、妖精は不死の存在。いくら撃ち落とそうとも、明日には生き返ってるさ」
家々の間から騎士妖精が跳ねるように飛び出してくる。大剣と銃を持った個体の混成部隊。鮮やかな金髪を風になびかせ、表情のないそれが突っ込んでくる。
「集中……こうか」
狙いを定める。蜘蛛で言う所の腹部、その上にある溝を走るようにして砲台が動く。
呼吸をする。撃てと念じると戦車がわずかに揺れた。
「よーし、そうだよ。一射で複数体を巻き込むんだ」
熱線が空間を切り裂くように疾駆する。騎士妖精の大剣がドロリと溶け、次の瞬間には持ち手を蒸発せしめた。心は痛むが生き返るようなので良しとしよう。
「薬を手に入れたら次はどうします」
「……まずは勝ってからだよ」
「考えてないんですね」
「うるさいなあ……」
「行く場所が無ければ、俺が持っている領地に来ますか?」
「……もしや、口説いているのかい?」
「ええ、領民として。外は外なりに面白い場所だと思いますよ」
「うん。考えとく」
狙い、撃つ。
接敵より前に、全てを撃ち落とす。
敵陣への浸透能力は圧倒的にこちらが上。
だが古来より、要塞と騎兵は相性が悪い。
「魔導砲発射の準備を確認。着弾まであと十秒!」
「避けますか?」
「いや──ハクが防いでくれる!」
いかに足が早かろうが、堅牢な防壁の前では騎兵は歩兵以下となる。
大盾を担いで矢の雨を防げるのは歩兵なのだ。
「5、4、3、2……衝撃に備えるんだ!」
「了解!」
こちらを睨む魔導砲から莫大な魔力の線が放たれる。
光輝──太陽が顕現したかのような眩しさ。
半目で覗い見ると、白竜は見事に魔力の盾で防いでいた。
滝の流れを木板で受け止めるような無茶だ。それた魔力の流れが後方に流れていき、歪んだ音が前後左右から耳朶に響いてくる。
「防ぎきった! よーし、突貫────っ‼」
「いや、まだ光っているぞ!」
「なにぉう! 冷却に百秒はかかるのに……もしかして壊す覚悟で撃つというのかい。やるじゃないか……ラビルス……ふふふ」
「ハクを逃がそう。このままでは死ぬ」
「けど魔導砲を食らったら自走不能まで追い込まれる! 撤退して……また機を見よう」
「俺達には時間がない。このまま進んでください」
「って! どうするつもりだいきみぃっ‼」
アリシアを座らせて、ここに留まるように厳命。
隅っこにある梯子を登って
風の音。髪の毛が後方に引っ張られる。
見やれば、ハクが不安げにこちらを窺ってくるので右方向を指差した。
「どうしよ────っ!? 魔力が尽きそうなのですが!?」
「俺に妙案がある。あっちに逃げろ!」
「まじゆえです!? おまかせしました定命の者っ‼」
ハクが優雅かつ迅速に飛び去っていく。
精神を集中させつつ、灰なる欠月を抜剣。
黒い剣身には奪った野盗の魂が封じられている。
《使え!》
心に叫ぶ。
《触媒は俺の魂で、ほんの少しなら削っても構わない。燃料は奪った野盗の魂。だが俺のそれは絶対に〝半分〟より残量を下回ることは許さん。分かるな?》
魔剣が歓喜に打ち震えている。ずっとこいつは俺の魂を欲していた。俺は飼い主として多少の餌を与える義務があるだろう。それが何であれ。
ずっと今まで助けてくれてきた、俺だけの魔剣だ。
愛着がある。少しは応えてやりたい。
これからを思えば、魂の一欠片など些事の極み。
俺は手首を掻っ捌き、血の契約を交わす。
滴る鉄血は熱く、生命に満ちあふれていた。
「……血刃」
血の糸が空間を縦横無尽に飛ぶ。
まずは騎士妖精が相手だ。魔導砲の発射まではわずかに猶予がある。
蜘蛛の糸を張り巡らせるようにして、逃げる騎士妖精の足を捕らえる、大剣に絡みつかせる、銃口を塞ぐ。まずは二十体を雁字搦めにして戦闘能力を奪った。
余力は余りに余っている。
残りは七十体程。自分の限界を考えれば余裕としか言いようがない。倒す必要すらないのだ。糸で絡め取り〝少しの力〟を込めて全てを地に堕ちさせる。
「残りは魔導砲」
ハクがしていた魔力の盾を想像する。
魔術師として魔力を行使することは出来ないが、剣士として魂の器に溜まったマナは扱える。肉体を操る術こそ、この魔剣の真骨頂。
魂すら肉体の延長線上にある。
どうとでも使えるのだ。
削られる感触、ガラスにヒビが入る感覚。
左手に違和感を覚えたので開いたり、閉じたりする。
小指が動かなくなっていた。
だが──それは些事だ。メシを食うに小指など不要。
大事の前の予行演習と思えば、払うに安き対価と言えよう。
血とマナで練り上げた巨大な盾を前方に出す。
同時に魔導砲が発射され──目の前が光に包まれた。
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