第155話 世界の火薬袋
「膝枕を所望する」
傷が癒えたばかりの痴女ことア・ルーベルがそう言った。
獣人の守護神にして狩りと美を司る女神──俺達の世代でそう言い伝えられてきた神がそんな情けないことを言うとは……シリウスが聞いたらどれだけ悲しみ、抜け毛の量が増えてしまうだろうか。
「別にいいですが」
「マジなのか。言ってみるものだな。無粋な布が邪魔だからズボンを下ろして──っとととと、妹さんよ……そんなに怖い顔をしないでおくれ。布越しで我慢するから」
「男の膝枕の何が楽しいかは分かりませんが、妹の非礼をお詫びします」
「今は女だろう? すううっ────! はぁぁぁあっ…………」
ルーベルが俺の腹に顔を付けて深呼吸していた。
意味は分からないが上機嫌なのでまあ良い。
「もごもご……服の縫製技術が拙いな、私の時代では考えられない素材と誂だ。君は過去もしくは未来から来たね」
「そんな所です」
「未来であればこれ程嬉しいことはない。私達が撒いた種子が萌芽している……そう思えば、滅びに耐えた人達も報われるもの」
「……獣人は広く栄えています。エルフ、ドワーフ、吸血鬼も同じように」
「君達の種族は何と言うんだい?」
「ヒュームと言います」
「ル・カインの落とし子はヒュームというのか、私の担当分野は獣人……なる程、なる程。で、皆きちんと協力しあって生きているのかい?」
「無理ですね。戦争ばかりしています。俺の住んでいる場所は多種族で共同生活を送っていますが、それは数が少ないから出来ているだけ。数が増えれば軋轢もそれだけ増えるでしょう」
「とても悲しいことだね。すぅっ────はぁっ────…………もぐもぐ。けど君は良い所に住んでいるようだ。そこの為政者の顔が見てみたいねえ。とんでもない傑物か、もしくは類まれなる破滅願望者か、興味深いよ」
「俺の服を食まないで下さい。汚い……」
白竜が姿勢を低くして無理矢理に居間まで入ってきている。鼻をふんふんと鳴らしてアリシアを興味深げに観察していた。
「ルーちゃんがごめんなさい。ルーちゃんは変態で意地汚くて……意地悪でおばかさんだけど……すごく優しいの。定命の者よ、ゆるしてくれませんか?」
「…………別に、いいけど」
「わはー、うれしい。ありがとうアリちゃん!」
「それは止めて。アリシアでいい。貴方はハク……でいいの?」
「そう! ハクってよんで!」
アリシアが歩み寄っている! やるじゃないか……!
「子分にしてあげる! 光栄におもってね!」
意外にも白竜は尊大だったが、アリシアは意にも介せず頷いた。
「これでフレンズだね。ボクたちの威光を世界にあまねく照らして、いっしょにぐみんを統治しようね!」
「うん」
うん、じゃない。多分意味を理解していないのだろう。
適当に返事するのは悪い癖だ。誰に似たのだろうか。
「うれしいなあ。これほどうれしい事はないなあ」
「あとで外の友達を紹介してあげる。フルドっていうの」
「たのしみだなあ。鱗をあげたら喜んでくれるかな?」
「微妙かも。牙にしておく?」
「牙はちょっと……あんまりイタイのはキライだから……」
俺のシャツをベチャベチャにしているルーベルが顔を迅速にこちらに向けてくる。
「ハクは統治用の特別な竜種として創られている。長寿にして聡明、人間種に欠けた統治者としての素質を全て兼ね揃えているんだ。素晴らしいだろう?」
「その割には幼いような」
「教育途中で計画予算が打ち切られた。お偉方が〝竜如きに新人類を任せるのはどうか〟と宣ってね。だから騎獣として無理矢理に引き取ったのだよ」
「いつの世も世知辛いものです」
「ああ、私は〝世界に中指を立てる者〟なんだ。立ってしまった中指を色んな所に突っ込むのを趣味にしている」
シャツが捲くり上げられ、ヘソに指を思いっきり突っ込まれる。
意味不明だった。何が楽しいか分からないがルーベルは恍惚の表情を浮かべている。
「アリシアが怒るから止めたほうがいいですよ」
「なぜ君は怒らないのだい?」
「どうでも良いことだからです」
「そんな事は無い。体と心は一つであり、魂とも繋がっている。決して無碍に扱って良いものじゃないんだ。あのねえ、自分を大切に出来ない者が、妹を助けられる訳が無いだろ?」
「説教は十分。自分の事は自分が一番分かっています」
「全く、次にフザケた事を言ったらキスするからね」
「どこに?」
「乙女にそんな恥ずかしいことを言わせる気かい……? 勿論、上の口にだよ……? いやん、恥ずかし乙女」
口は上にしか無いはずだ。意味が理解できない……。
ルーベルはすっくと立ち上がり、快活な笑顔を浮かべた。
「では行こう。遊んでいる暇はないぞ君。行くぞ君。さあ征くぞ君」
「どこへ?」
「終わりへさ」
◆
歩幅が変わったせいなのか、たまにつんのめってしまう。俺の無様の何が楽しいかは分からないが、ルーベルは嬉しそうに微笑んでいた。
「昼夜を問わない騎士妖精による索敵網、砲台による防衛。あの研究所はまさに神の要塞なのだよ。中身がとても重要だからね、国家予算が注ぎ込まれている」
「貴方が敵対してなかったら俺達は入れたんですけどね」
「力押しは無理。話し合いも無理。では、解決法は何だと思う?」
「貴方が敵対してなかったら俺達は入れたんですけどね……」
「そう。相手を上回る力押しだよ! ここにはその力がある!」
都市の片隅に、地下へ続く下り道がある。広く、緩やかな勾配の先には鋼鉄の鎧戸が待ち構えていた。
「扉を開けるには権限が必要だ」
ルーベルが鎧戸横のなにかに手のひらを合わせると、頭に言葉が響いてくる。
《抹消された
「私では無理なんだな。そこで君の出番だ。さあ手のひらを合わせて、そうそう。嫌がらなくても良い。なにー『俺は古代人じゃないから権限は無い』だと。まあ、良いから良いから。さきっちょだけだから」
《照合──
「ほら、やっぱりね。君はアルファの息子だと思っていたよ」
待て。何だこれは。
会話の端々から違和は感じていた。
俺が古代人の息子だというのか。それでは三千年分の辻褄が合わない。
「俺はルド・アルファとやらの子孫だと言うのですか?」
《肯定──正確にはアニマアレイが五割一致しておりますので、遠い子孫では無くご息女です。統一法令により
「ルド・アルファとは誰だ?」
《扉を開けますので離れて下さい。非常に危険です》
「アルファとやらは逃げたのだろう? なぜ権限が残っている?」
《危険です。危険です。危険です》
鎧戸が大雨のような音をさせながら上がっていく。
中には広大な空間が広がっていて、見たことのない巨大兵器が鎮座していた。鈍色の体躯──大蜘蛛のような形をした、六脚で多数の砲門を備えた兵器。あれがもし縦横無尽に動くと言うなら、戦争の形など一瞬で変わってしまう。
「オーケン・クリカラ工房製の汎用機動兵器、我々の技術の精髄である──
「ちょっと待て。オーケン・クリカラ工房ってなんだ?」
「二人は夫婦だったのだよ。離婚したけど……知っているのかい?」
「知らなかった……それにルド・アルファ……って誰なんだ?」
「彼は新人類の第一世代だ。非常に強いコンプレックスを抱えていて、我々人類から離反した。知っているかい……新人類は魔物を参考にして生まれた」
「それは知っている。だから俺達は体内の器にマナを取り込めるし、超常の
「そしてマナを取り込みすぎると魔物の部分が活性化して、人は魔人となる」
「それも……知っている」
「魔人は迫害される。力が恐ろしい、姿かたちが悍ましい、皆はそう言う」
「…………」
「アルファは魔人になった。そして我々を恨んだ。いつしか彼は魔人を率いるようになり──アルファルドと名乗るようになった。他人の魂を踏みにじって無限の時を生きる化け物になったんだ」
「まさか……」
「ねえ君、聖王やら獣王やら……指導者ってのは最後に〝王〟の冠を頂くものだろう。ならば魔人を率いる王ってのはね──」
ルーベルが眉をひそめて、俺の肩を叩いた。
「──魔王と呼ぶに相応しくないかな」
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