第116話 ファルコ日誌

【ファルコ日誌 2450項】

 活動報告:ドミール修道会の粛清完了。

 結果:ドミール修道会の総長および幹部七名の殺害。

 影響:同修道会の組織的混乱。王国における諜報機能の一部欠損。ただし代替機関は多数に有るため楽観視は禁物。

 課題:各都市の腐敗聖職者の暗殺を計画中。偉大なる教皇猊下に従わぬ愚物が王国には蔓延していることに強い忌避感を筆者は覚えている。

 補足:王宮襲撃による政治的混乱発生。第一派閥長ヨワンが精神的不安定傾向であり、自身の剣技を磨くかたわらで、襲撃の下手人を探索しているとの事。王宮に忍ばせた間諜に危険であるため自粛を促した。

 重大懸案:アルファルド陛下が王宮を出たのではないかという報告を受ける。王宮の会議や会談の予定が不自然にズレているとのこと。だが、ただの体調不良の可能性もあり、その場合は崩御による内乱発生を視野にいれるべし。



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【ファルコ日誌 2454項】

 活動報告:ダンジョンでの夜間鍛錬(一日目)。

 対象:アンリ第十二王子(以下アンリ)、謎の老人(以下老人)、筆者。

 結果:体術、剣術、乱戦の実践的指導及び魔物三百体超の討伐。

 補足:アンリの監禁を鍛錬前に確認。下手人は婚約者および銀爪氏族シルバークロウのシリウス。また所感欄を本日より日誌に追加する。


 所感:私的な文言を残すのは俺らしくない。だが鎖に繋がれた盟友を見た驚きを、ここに書き留めておきたかった。



【ファルコ日誌 2455項】

 活動報告:アーンウィルの領民考察。

 対象:アーンウィル全体の領民。

 結果:獣人と只人ヒューム、及び森人エルフの共存を確認。文化的差異はあれど、概ね関係性は良好。アンリによる孤児の受け入れが騎士たちから高評価を得ている。オーケンおよびクリカラ(弟子:シーラ)により技術力は異常な高水準を保っているが、高いと言うより神々の御業に近い。要経過観察。

 補足:宗教観の違いが今後の課題。出来れば獣人と森人エルフを教化したい。


 所感:シリウスという獣人と出会った。俺を見るなり「前に襲ってきた暗殺者ですよ主。仲良くするのはどうかと」と抜かしやがった。いけ好かない狼くんだ。あいつとは仲良く出来ない。



【ファルコ日誌 2456項】

 活動報告:ダンジョンでの夜間鍛錬(二日目)。

 対象:アンリ、老人、筆者。

 結果:実戦剣術、甲冑組手、関節技等の指導。アンリ死亡二回、骨折四回、重軽傷数え切れず。老人死亡一回。魔物討伐四百体。

 補足:老人は流派を語ろうとしなかった。名前も同様である。不審極まるがアンリは心酔している様子。老人の剣技の冴えは恐ろしいが、単純な力の面ではアンリが圧倒していた。


 所感:アンリは一睡もしていないが装備のおかげで大丈夫と言っていた。馬鹿なのでは無いだろうか。



【ファルコ日誌 2457項】

 活動報告:アーンウィルの戦略的考察。

 対象:アーンウィル全体。

 結果:ゴーレム一体で百歩兵の価値あり。都市の制圧時には威圧感が治安維持効果を生むだろう。土木、建築にも精通し野戦築城も可能。衝撃力による平原戦での強さは騎兵以上。獣人にも英雄級が数人おり、その他も竜涙騎士団の精鋭と同等の強さである。騎士と隊員は数歩劣る。要鍛錬。

 補足:異端審問部隊の一部が合流。以前のアーンウィル襲撃で身体欠損を抱えた者を治癒の聖杯ヒール・カリスにて治療。


 所感:この領内には遺物アーティファクトが多すぎる。ダンジョン由来らしいが異常なまでに戦略性を高めている。すでに軍事力では小国を超えているが、食糧など補給面での懸念が強い。軍に包囲されると呆気なく干上がってしまうだろう。



【ファルコ日誌 2458項】

 活動報告:アンリを取り巻く人間関係について。

 対象:アンリ、リリアンヌ(聖女)、シーラ(錬金術師)、その他。

 結果:領民との関係は良好。本人が栄華や虚飾に興味がないこともあり、人柄が好かれている(尊敬ではない)。またオーケン、クリカラ等の技術者の要望を聞き統治に取り入れている。ただし女性関係に難あり。リリアンヌは男を縛る傾向、シーラは精神的に依存する傾向がある。要注意。

 補足:三名による茶会、食事会が複数回実施。三名以外は恐れて近づこうとせず。だが女性両名の関係性は良好である。度々仲良く会話をしているところを発見している。


 所感:アンリはいつか刺されて死ぬだろう。なぜあのプレッシャーの中、平然と食事が出来るのか。恐ろしい。



【ファルコ日誌 2459項】

 活動報告:ダンジョンでの夜間鍛錬(三日目)。

 対象:アンリ、老人、クリスタ(騎士長)、筆者。

 結果:アンリ対老人、クリスタ、筆者との乱戦。死亡者なし(治癒ポーション十八本消費)。魔物討伐五百体。

 補足:クリスタがダンジョンに向かう一行を発見。力不足を実感したらしく同行を要望してくる。アンリが受け入れ合同鍛錬となった。


 所感:眠い。そろそろ付き合うのをやめるべきか──。




 ♥シュペヒトのどきどき恋日誌 1項♥

 はーい、ワタシはシュペヒト。今、隊長の日誌にお邪魔しているの。

 うちの隊長がさいきん友達が出来たって言うから、ワタシは身辺調査したの。そしたら日誌が有るじゃない! あの仏頂面の隊長、その心の内……我々隊員もなんだかんだ言って気になります……。だから男の秘部を勝手に見るのは女の業……仕方のないことなの。


 一度も笑ったことのない隊長だけど、最近は少し楽しそう。

 いい傾向。これなら彼女も出来るんじゃないかしら。もう二十歳になるんだから、女の一人や二人くらい作って欲しいものだわ。ワタシ……立候補してよいかしら? どうです隊長?


 シュペヒト流調査を書いておきます!

 アンリ殿下の恋相手ですが、領民調査「あなた、どちらを応援していますか?」によると、シーラ派が五割、リリアンヌ派が五割。まさかの同率! あわわー乱戦模様ですぅー。

 健気なシーラちゃんと蠱惑的なリリアンヌさま。獣人や職人はシーラちゃんを応援していて、騎士たちはリリアンヌさま寄りなんですって。


 えっ? どうでもいい?

 またまたー。隊長ったら。


 悲恋で終わるのもアリ──っていう意見もありました。ワタシはそれも好きなので困ってしまいます……。隊長はどうですか? お返事待ってます。




【ファルコ日誌 2460項】

 シュペヒトを三ヶ月の減給処分とす。

 今後日誌の無断閲覧をした場合、

 さらに六ヶ月の減給処分とする。

 ※加担したクラーニヒ、ビルガー、エンテも同罪とする。

 ※部隊通達は書面により配布予定。

 ※本日より西方にある獣人・亜人地帯の調査開始。結果は筆者経由でアンリに伝える予定。




 ◆




 リリアンヌに頼んだら鎖は外してもらえた。けど部屋に戻ったらまた鎖でつなぐとも言われた。重い愛情に戦慄しているよ俺は。


 ゴーレム十体が荷車に塩を満載して正門を出る。

 見送りつつ本日の予定を勘案。書類仕事をすべきか、それとも領民の意見伺いでもすべきか。迷いどころだ。


 隣ではファルコがいかめしい顔で本を眺めている。

 声をかけづらい雰囲気なので放っておくことにした。


 ここ数日は実に充実していた。昼は書類仕事で夜はダンジョンによる鍛錬。今まで剣技というものは朧気なものだったが、実践により研ぎ澄まされた感覚がある。


 同時に、両足を棒に括り付けた山羊を抱えた一団が入ってくる。狩猟仕事帰りのシリウスだ。


「血抜きは済ませているので早めに食べてしまいましょう。残りは干し肉にしておきます」


「ああ、ありがとう。疲れたろうから井戸で汗でも流してはどうだ?」


「痛み入ります……しかし、主よ。その暗殺者とまだ一緒にいるのですか? 宜しくないと私は申し上げましたよね」


 シリウスとファルコが睨み合う。


「はっ、口煩い。優等生の狼くんはこれだから」


「物事を、世界を斜め下から見上げれば──自分は上等になるとでも勘違いしているのですか? 不愉快ですあなたは」


「ふん、減らず口を」


「主が歩まれる正道に暗殺者は不要」


「──チッ! 言っておくが俺はお前に負けたのではない。盟友とあの狼にやられたのだ。勘違いするなよ」


「…………」


 仲悪いなこいつら。何故だろう。

 だが不倶戴天の敵というのは居るものだ。

 出来れば身内に作っては欲しくないのだが。


「大変! 大変だよー! 領主さまーー!」


 子どもたちがこちらに走ってくる。汗だくで息を切らし、遊びと言うには真に迫りすぎている。先頭の少年に水生みの筒インフィニトムを渡して水を飲ませると人心地付いたようだ。


「領主さま! フルドちゃんとノワールちゃんがね!」


「二人がどうした? 怪我でもしたのか、ならばリリアンヌを──」


 少年がズボンを握りしめ、一筋の涙を零す。


「違うの! 居なくなったの!」


「なにィッ!」


 フルドとノワール。

 獣人と只人ヒュームの少女。

 それが、居なくなった。


 胸の中がすっと冷え込む感覚。誰が、何の狙いで、そもそも領内から出ない子どもたちを拐えるほどの者が──忍び込んだのか。


 剣を握り締める。

 シリウスとファルコも諍いを止めてこちらに指示を仰いできた。


「まずは情報共有。散って情報を集め、中央広場前に十分後に集合!」


 返事を聞き、俺自身も周囲に話を聞きながら中央広場前に歩を進めた。

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