第101話 無貌の騎士

 王位を継ぐものは誰かと問われれば、貴族から路地裏の浮浪者に至るまで、二人の男を候補に出すだろう。


 王国最強と言われる竜涙騎士団を率いるヨワン。

 五千騎の騎士だけでも小国を併呑出来る戦力と言えるが、ヨワン単騎でも天候を操る能力により万の兵を鏖殺できる。


 王国南部のノイハレの大領主であるミルトゥ。

 大穀倉地帯を治めており、二百万の民からは有事において五万の軍兵を捻出できる。さらに、使役する火の大精霊がただ戦場を闊歩するだけで、雑兵は何も出来ずに焼け死ぬ。


 第一王子ヨワン第三王子ミルトゥは類まれなる才を持って生まれた。剣術を始めとした武芸全般や帝王学、軍学、経済学。感情が育つより前に、王として相応しき人格を育む事を強要された。


 王族の血は長い時間を掛けて醸造されたワインの様である。優秀な青き血はヨワンを唯一の天空魔術使いとし、ミルトゥも唯一人の精霊魔術使いとして産み出し、ありとあらゆる才能を与えて世に放った。


 ヨワンは冷徹な、感情薄き男として。

 ミルトゥは残酷な、激情で動く男として育った。


 王国民は只々、恐れている。

 内乱──二人が戦場で相まみえれば諸侯を巻き込んだ大戦となり、数十万の軍兵が失われると。余波に巻き込まれる民草を含めれば桁は跳ね上がるだろう。


 だが王国民は知らない。

 この混沌こそ王が望んで生み出したものだと。両者に同等の権力を与え、毒の中で育てて憎しみ合わせたのも。両派閥の王子をそれぞれに謀略により殺しあわせ、決裂を決定的なものにさせた事も。


 しかし盤上に、一つの異物が紛れ込んだ。


 王宮には魔物が住む──と言われている。

 今、王宮に忍び込んだ影は聖か、魔か。

 魔より下等か、聖より崇高か。


 駒が独りでに動き出したことを、王も知り得ない。




 ◆  ◆  ◆




 ヨワンは目の前の三人を、王族の権威の象徴たる王宮に入り込んだ賊を見比べる。一人は剣士で腰に二振りの剣、一人は両足を膝先から斬り落とした者で、装具からすると暗殺者に見える。

 残る一人は両目を抑えながら「光あれ!」と叫んでいる。緊迫感を感じさせない男だ。


 暗殺者が懐から何かを取り出し、足の断面に塗りつける。そして火打ち石の火花で引火させる。あれは火薬。自らの傷跡を灼き、出血を停止させたのか。


 真紅の絨毯に血溜まりが出来る──剣士は二人をかばうように前に出て、剣を抜き放った。材質はオリハルコンでかなりの業物。

 個人的にはもう一つの剣こそが本命だと感じていた。真の姿を隠すように包帯に覆われた鞘からは、マナの奔流がこぼれ出るようで、さしずめ魔剣とでも言うべき禍々しさを放っている。


「此処より先は王と王妃の臥房がぼう。一歩たりとも近づかせぬ」


 剣士が腰につけていた小瓶を取り出そうとしたので聖剣を横一文字に払って持ち手を両断する。手首ごと切り落としたつもりだったが、異常な動体視力と身のこなしにより叶わなかった。


「ポーションか? これで残り二本。使う隙を見逃す私ではないよ」


 剣士が舌打ちし剣を構える。

 構えを見るに貴族に連なる者で、正統かつ初歩的な剣術を修めているように見える。しかし、達人特有の『崩し』が無い。教えに忠実な、ある意味では素人的な構えである。


(この男は何者だ? 衣装は欺瞞工作か、それとも所属を示威しているのか。オリハルコンの剣など個人で調達できるものではない。しかし不味い、室内で天空魔術は使えない……)


 聖剣を構えて一息で五の斬撃を繰り出す。

 聖光を湛えた刃がオリハルコンの剣と交錯し、鋭い金属音が打ち鳴らされる。この剣と打ち合って折れない剣を生まれて始めて見せられた。

 だが、剣の素晴らしさより、瞠目させられる点が一つ。剣士は一つ剣戟を受ける度に体幹が軋むような重い反撃カウンターを入れてくるのだ。それも一度ではなく二度、こちらが体勢を崩せば三度入れてくる。


 こちらが攻撃しているのに、いつの間にか守勢に回っている。人を相手にしているのではなく、まるで荒れ狂う嵐に立ち向かっているようだ。

 この異常なまでの攻撃性は何だろうか。一歩進むと、相手が二歩進んでくるような、今まで感じたことのない違和を覚えさせられる。


(とても正道の剣ではない。魔物か、この賊は──)


 顔に包帯を巻いた剣士が迫る。

 体捌きの妙技も無い、ただただ純粋な突貫。

 今まで自分に剣を、槍を、悪意を向けて殺そうとしてくる者は数え切れないほど見てきた。

 だが、闘いの中で高揚も恐怖も一度たりとも感じたことが無かった。感じるのは虚しさだけ。才能も努力も、ミルトゥを除けば己と同等の者など居ないのだろうと。


 意識を闘いに戻す。

 単純な横薙ぎの一閃が迫る。

 背中に汗が伝った。


 体幹を鋼鉄より固くして全力で受けるが、衝撃で二歩後ろずさった。思わず聖剣が折れていないか確かめるが、健在であることに安堵する。


 息を深く吐く。


「私の配下に、竜涙騎士団に入らないか?」


「…………」


 思うより先に口を開いてしまった。この様な身元不明の賊など、貴族を中心として構成される竜涙騎士団に入れるわけがない。とある小生意気な配下から無口さをたしなめられる自分が世迷い言など、焼きが回ってしまったのだろうか。


「その力を得るために、今まで何人を殺した」


 また世迷い言。強くなるためには人を殺すのが近道だ。剣士の体内から感じるマナの総量は莫大であり、千の、いや万の人間を殺し尽くしたのでは無かろうか。


「答えぬか。人のことは言えぬが、無口なのだな」


「……俺は、一人たりとも殺していない」


 低い声だ。恐らくは声色であろう。


「ならば魔物を殺して力を得たか。一つ教えよう、魔を由来としたマナを多く得た者は、いにしえには魔人と呼ばれたと。拝月の生臭共は聖人などとのたまうが笑止千万。今まで人語を解する魔物を見たことはないか? 多くは人の成れ果て──貴様の行く末であろうよ」


「…………!」


「これからは心を入れ替えて人を殺すと良い」


 安い挑発を飛ばす。

 少し響いたようだが、すぐに凪いだ海のような雰囲気に戻った。意外と修羅場を潜った剣士なのかもしれない。それがまた良い。戦場で出会った他国の兵であれば、力づくで配下に迎え入れるのだが。


 惜しい、惜しいが仕方ない。


「では、死ねっ!」


 駆けつつ聖剣固有の技である〈聖剛剣〉を発動。眩い光に包まれた刃を、絶対の武具破壊技を相手の剣にぶつける。


「────ッ!」


 破壊音。

 粉々になったオリハルコンの破片が四方八方に飛散する。驚く剣士の顔を見て、自分の口元が歪む。楽しくて仕方がない。


 次は瞳か、手足か、首か──命か。


 剣士が三歩下がり、魔剣を抜く。

 なぜ抜かなかったか、理由があるのだろうが関係ない。これで全力を出した死闘を楽しめるというものだ。


「再度告げよう! ここより先は王の領域!」


 剣を互いに構える。

 奇しくも同じ構えだった。


「二千万の民を食わす気概がある者のみ、この階段を登る権利がある!」


 自分はこんなに大きな声が出るのか。

 驚いてしまう。


「進みたくば! 私の屍を超えてゆけ!」


 右斜め上よりの斬撃を叩きつける。

 聖剣と魔剣の衝突で火花が散り、共鳴だろうか耳障りな音が響いた。腕の筋肉が悲鳴を上げるが二合目、三合目と剣戟を交わす。

 八合目を超える頃、剣士が足元を蹴り払い、目の前が真紅の絨毯で埋め尽くされる。十字に切り裂いて剣士を探すが姿が見えない。


 気配を探る。

 上だ。だが、あれは──


「貴様っ! それは初代アルファルドの騎士像だっ! 降りろ!」


 部屋中央の青銅騎士像──騎馬に跨った初代王のレリーフ、その馬の首に剣士が立っている。嫌な予感が的中し、初代王は魔剣により斬首された。

 青銅の塊が落ちてくるが剣士はそれをさらに九つに斬り、蹴飛ばすことにより大砲カノンのぶどう弾が如き散弾を飛ばしてくる。


「王国を侮辱するか!」


 斬れない。体捌きで避けようとしたが、一つが左腕に命中して鈍い音がした。折れてはいないが、動かすのは難しい。

 また剣士が嗤って台座に置いてある金杯を手に取る。あれは建国日に初代王が用いた金杯。戦勝記念にワインを注いだという名誉ある──


「き、貴様ァアッ!」


 剣士はありとあらゆる宝物を、王国が歴史の証明を、投げつけ、壊し、盾にして戦闘を優位に進める。栄光ある大階段前はさながら暴風が通り過ぎたようで、破壊音の後には残骸しか残っていなかった。


 長い戦闘の後、膝をつく。

 疲労が足に来ている。


「貴様はメチャクチャだ……殺すのも馬鹿馬鹿しいほど……」


 聖剣を支えにして立ち上がる。

 だが、一つだけ気づいたのは僥倖だった。


(私は王国が好きだったのか。ここまで小馬鹿にされて、ようやく気づいた。王国の名誉を侮辱されると堪らなく腹が立つ。ああ、馬鹿はどちらだと言うのか……賊に気付かされるとは……)


 馬鹿馬鹿しく、腹立たしいが、最高の気分だ。

 聖剣を構え最後の大技を放つことにする。相対する剣士もニヤリと嗤い、こちらを見据える。攻撃の延長線上に仲間を置いていないのは褒めてやりたい。


 ──〈聖光斬〉


 聖剣の刃が光そのものに変質する。〈聖光斬〉はありとあらゆる武具と防具を貫通する対個人において最高の剣技。

 目を焼き尽くすような残光が宙に走り、剣士を横薙ぎに両断しようと光の刃が襲う──が、斬り殺すには、一歩足りなかった。


 剣士が体を低く屈めて躱し、魔剣を納刀する。

 包帯から覗く碧眼が放つ視線が射殺すようで、少しの恐怖を感じたがもう遅い。


 剣士が口を開く

 嘲笑の言葉を残すのだろうか。


「王族の誇り、しかと拝見」


 納刀されたままの魔剣を首元に叩き込まれる。

 片手を伸ばして剣士を掴もうとしたが、体がピクリとも動かなくて無理だった。剣士が仲間二人に駆け寄るのを見つつ、意識が遠くなっていくのを感じた。

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