第96話 必殺技
見上げるほどの巨躯。
お伽噺に出てくるような筋骨隆々とした悪魔であり、黒の獣皮には血がこびり付いている。白布を服代わりに纏っており、右手に持つ
「ボースハイトの血を引くものヨ。剣は何処で覚えタ?」
聖槍による突きが来る。
回答する余裕など無く、セヴィマールを突き飛ばし両手で剣を持つ。
体が浮き上がりそうな程の風圧、音よりも早く殺意が届く。剣の腹で受け流し、体を滑り込ませて斬撃を右斜め上より繰り出す。
「これでは素人剣術ダナ。若い身空で死ぬとは可哀想ニ」
「修行する時間が無かったからしょうが無いだろうがっ! 黙って殺されろ!」
金属音が鳴り響き、余波で瓦礫が吹き飛ぶ。
悪魔がニヤリと笑い裏拳を飛ばしてくるので間一髪で避ける。勢い余った豪腕は大理石の壁を綺麗にくり抜いた。当たれば即死──掠っても骨折は免れない。
出し惜しみしては死ぬ。
──全力の〈抜剣〉を発動。申し合わせたようにリリアンヌの補助魔術が飛んできた。そして死体のふりをしているセヴィマールを引っ掴んで叩き起こす。距離を取り、武器を構えて悪魔と対峙する。
「時間が経てばお仲間が死ぬだろうナ。まだ聖人の遺骸が動いていル」
嘲笑するように悪魔が言葉を操る。
事実そうなのだろう。耳をすませば戦闘音が聞こえてくる。
「おいアンリ……逃げようぜ。僕たちは十分頑張ったよ」
「ク、兄上は黙っていてください。策はあります」
「今、クソ上って言おうとしなかったか!」
心の声が漏れそうになる。
いや、ちょっと漏れた。
「兄上! アーンウィルに〈転移門〉を開いて下さい。領民を呼び寄せて人海戦術でまずは聖人たちを仕留めます」
「すまん無理! 〈転移門〉は行ったことのある場所と見える範囲にしか出せないんだ」
使えない。
悪魔が飛び込んできて魂魄が冷え込むような薙ぎ払いを繰り出す。彼我の腕力差を考えると防ぐのは不可能。
ならば──
「フォレスティエ流戦場礼法その壱──〈
「──ッ! お前ーーーー!」
セヴィマールを前に差し出して〈亜空穴〉を展開させる。聖槍に合わせて動く亜空の穴は見事に一撃を防ぎきった。これでセヴィマールの数々の悪事が悔い改められただろう。神に栄光あれ。
リリアンヌが〈
「あなたっ! ふざけていては死にますよ!」
分かっているが心に余裕を持たないと頭がおかしくなってしまいそうだ。片手を上げて返事をしセヴィマールを左手で操る。
「じゃあ火山のマグマ溜まりとココを〈亜空穴〉で繋いで悪魔を焼き殺して下さいよ兄上ッ!」
「そんな使い方考えたことも無いよ!」
「スキルは創意工夫! 海底との水圧差を利用するとか! 鉱山の毒ガス溜まりを利用するとか無限に思いつくでしょうが!」
感心顔を浮かべられる。
この男は二三年間も何を考えて生きていたのか。もう少し優秀であれば父王の覚えも良かっただろうに。やはり派閥長兄以外は大した策士は居ない気がする。
回廊が狭く動きづらいためガブリールを他の援護に回させる。前衛は俺とファルコと盾代わりのセヴィマール、破壊力に欠けるのは否めない。
欠け落ちた壁石を拾い集めて投擲。悪魔は防ぎもせずに嘲笑う。事実、全く効いていないし、ファルコの投げナイフなど獰猛な歯で噛み砕かれた。
「化物がッ!」
「そうだ我は化物ダ。だがボースハイトの子よ、化物を殺すのはいつの時代も英雄たる者の責務! さあ早く欠月の力を引き出してみロ!」
言われなくてもそのつもりである。
だがどうすればいいのだ。俺が使えるのは〈血刃〉くらいで技の多様性はない。血を飛ばすか、剣に纏わせて間合いを伸ばすか、地面に撒いて罠とするか──それくらいである。
戦闘は続く。
防御に徹して合間に細かい傷をいれるのが精一杯。ファルコの武具はダンジョン製でも無いためさらに厳しい。
「追い詰めぬト本気を出せぬカ。どれ、先達が技の手本を見せてやろウ!」
悪魔が聖槍を両手で構える。
純粋な暴力の気配。
先程の光線を出すつもりだ。
穂先で七つの魔法陣が
地鳴──宝物殿が揺れ、足元が崩れ去る錯覚が見える。クラウディアが〈
「〈
またもクラウディアの大技、だが魔法陣が三つ砕け散るだけで技は止まらない。魔法陣自体もすぐに復活し、マナが嵐のように吹き乱れる。魔術に乏しい俺でも分かるほどの濃度だ。
「さあ竜殺しの一撃を喰らうが良イ! また同じ手で防ぐのもよいが、先に貴様の兄の限界が来るだろうがナ!」
光の線が迸る。
悪手であるが〈
だが防いでも──次は?
「フッザけるなよッ! 僕は王族だぞ! 出ろや〈亜空穴〉!」
セヴィマールが吠えた。
──宙に大穴が開いて光線を飲み込む。だが穴は『二つ』あり、
「死ねヤァッーー! 後でアンリもぶち殺してやるからナァッ!」
──もう
「──! 馬鹿、ナ!」
悪魔の腹部に大穴が開く。
勝機。
灰なる欠月を上段に構えて跳躍。回廊の天井ギリギリから山羊頭を見下ろし、刃に血刃を纏い間合いを増加させる。
だが足りない。欠月の真価は身体操作にある。身体能力を限界まで引き出し、肉体の構成要素を操る──ただその一点に特化した剣であるのだ。
「クソ上に負けて……! たまるカァアアアアッ!」
悔しくてたまらない。俺がセヴィマールに戦果で負けるなど、その様な無様は許されない。悔しさが脳内で爆発し思考の海が荒れ狂う、すると大嵐の狭間に天使の
天啓──
「血刃──“
剣に纏わせた血を変質させる。
大樹にまとわり付く蛇のように、血が螺旋の動きで高速回転。落下の勢いを活かして山羊頭に突き刺す。
硬い──鈍重な音がした。
だが破壊音を立てながら螺旋の刃は山羊頭を削り狂う。獣皮を剥がして頭蓋を削り、ついには最大の急所である脳を穿った。血と肉の感触、まさしく致命傷だ。
「っ──! 見事だボースハイトの子ヨ! やはり人はこうで無くてはナア! さあ、殺せエッ!」
悪魔が膝をつく。
同時に俺も着地し、返す刃で首を切り落とす。死に貧して体の硬質化が解けたのか、まるで柔らかな新木が如くに容易く切れた。
どす黒い血液が噴水のように吹き出して首が落ちる。胴体も横倒しになり、規格外の強さであった悪魔は絶命した。
「殺ったのか! アンリ!」
セヴィマールが青息吐息を吐きながらこちらを見つめる。膝を抑えながら何とか返答すると、彼がこちらに向かって駆けてきた。
「やったぞ僕たち!」
抱擁。兄弟間の絆を確かめ合う行為は数あれど、抱擁はその最上位に達するであろう。不本意なことに全身に力が入らずセヴィマールの抱擁に甘んじてしまった。
「離れろ……気持ち悪い……」
最後の力で突き放す。
セヴィマールも正気を取り戻したのか「しまった」という顔をしている。俺たちに兄弟の絆など無く、これは只、その場の雰囲気で勝利喝采しただけである。
「疲れた……ファルコ、兄上を見張っておいてくれ。悪さをするようだったら殴ってもいいから」
「承知」
「終わりだ……俺は気を失うだろうから、後は任せた……俺を暗殺する絶好のチャンスだろうけど、出来れば殺さないでくれ……俺を生かしておくと拝月教は世に羽ばたくぞ……今は詳しいことは言えないけど」
「……諒解した。善処しよう」
壁にもたれ掛かると、ずるずると滑って尻が床についた。
「このまま取り逃がすと無念だから聞いておきます……兄上は玉座につきたいのですか? 王位がそんなに……欲しいですか?」
「……どう、だろうか。僕は死にたくないんだ。王にならなければ兄上たちに殺される」
「周りを全員疑って、殺し尽くして、冷たい玉座に座るのなんて……死ぬのと代わり無いではないですか……俺は嫌、です」
「はあー、アンリは我儘に過ぎる。この世に理想が押し通った試しは無い。奴隷も農民も王族も、決められた椅子に座るしかないんだぞ」
瞼が落ちてくる。
リリアンヌが隣りに座って治癒魔術をかけているのだろうか。とても暖かな気分だ。
「俺は否定してやる。否定しないと、何のために、母は死んだのだ……」
自分は何を口走っているのか。
プツリと何かが切れて、目の前が真っ暗になった。
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