第90話 宝物殿入口
宝物殿の攻略が始まった。
白亜宮から山の尾根を一つ超える道程であり、物資の搬送や護衛のために騎士・従士が合わせて150名付いてくることになった。50名ほどは白亜宮に残して雑務や防衛、有事の遊兵とさせている。
「さあ行きましょう!」
クラウディアが自慢気に胸を張って宣言。教皇自らのご出馬に周囲の士気も高く、ミスリル鎧を纏う騎士たちの眼は爛々としている。少し装備が劣る従士たちも荷物を背負い、油断なくクロスボウを手に持っている。
10体のゴーレムが雪をかき分けて道を作る。ガブリールは俺の横で魔物が居ないか索敵。リリアンヌや騎士長クリスタも同行している。
最初で最後の総力戦。ここで負ければ拝月教の名誉は地に落ち、クラウディアの発言力は王国において完全に失われる。恐らくだが因縁を付けられて教皇位を罷免され、後釜には王族が贔屓にしている腐敗にまみれた聖職者が付く。
今いる騎士と従士は粛清されるだろう。だが何もしなければ悪魔に殺されるか王族が滅ぼすかで全員死ぬ。俺も兄たちに命を狙われているから、ある意味俺とクラウディアは一蓮托生なのである。本人が聞いたら苦い顔をするだろうが。
◆
山羊頭の悪魔──元は獣か、もしくは邪法によって人から魔に堕ちた者だろう。
悪魔などという種族は存在しない。
だが拝月教の聖職者たちは口を揃えて「穢らわしい悪魔を滅せよ」と言う。何てことはない。聖職者が好まない魔物を『悪魔』と呼称しているだけで、これには人の喰い方が残忍な魔物などがよく該当する。
細くて薄暗い通路を歩く。
前衛に騎士長クリスタ、ガブリール、俺。
後衛に教皇クラウディア、聖女リリアンヌ。
中々に豪華なパーティーである。世が世なら、俺など教皇に声をかけるのすら恐れ多くて出来ない。継承権の低い王子など教皇に比べたら塵芥のようなものだ。
宝物殿の通路は狭い箇所も多く、150名が自由に動けるわけではない。5名で隊を作りそれぞれが部屋や通路を制圧していく。宝物殿入口でキャンプを作り、物資補給や治療に当たるものも居る。魔物に挟み撃ちになれば人など容易く死ぬから、外から来る魔物の侵入を防ぐのも大切な役目である。
「すみませんッ! お願いしますッ!」
負傷者を抱えた一隊がこちらに走ってきた。背後には人を丸呑みできそうな黒蛇が迫ってきている。正直なところ、騎士や従士の実力はまちまちであり、少し劣る隊は危なければ強い隊に助けを求めるよう厳命されている。
「まずは実力をお見せします」
クリスタが細剣を抜き、神に祈りの言葉を捧げる。三体の黒蛇が機敏に迫り、五歩の距離で飛びかかってきた。鋭い牙でクリスタの首元に噛みつこうとする。
だが牙よりクリスタの細剣の方が早い。一突きで一体目の頭を串刺しにし、引き抜いて突きを繰り出し二体目を仕留める。体を屈めて三体目の下に潜り込み、細剣を腹部に刺し込み、縦に滑らせて細長い体を真っ二つにした。
「以上です」
クリスタは細剣を横に振って魔物の血を払う。
剛ではなく柔の剣技、俺は力任せに剣を振るっているが彼女は違う。体捌きと術理を理解している達人の動きだ。
助けを求めてきた一隊が頭を下げてくるが、クリスタは構わず入口で治療を受けるように指示を出す。足音が後ろに遠ざかっていくのを聞きながら進む。戦闘が終わったというのにどこか不安げなクリスタはクラウディアに問いかける。
「あのー、教皇猊下。やはり危のうございますので白亜宮に戻られては?」
「私が暗殺者なら手薄な白亜宮にいる間抜けな教皇を殺すわ。今ならアンリ殿下を教皇殺しの下手人に仕立て上げられるし一石二鳥ねえ」
「それはそうですが……せめて入口のキャンプに残ってください」
「キャンプも危ないでしょ。私も戦えるんだし、それなら一番強い隊に入ったほうがマシよ。どのみち兵か聖地を失えば私たちはお終いなの。頑張りましょクリスタ」
クラウディアが悪戯っぽい笑顔を浮かべる。あんな顔もできるのかと眺めていたらリリアンヌに脇腹を指で突かれた。振り返って文句を言おうと思ったが止める。今は魔物退治の途中で気は抜けない。
ガブリールが吠えて通路の一角を睨む。
「罠か?」
聞いたところ了承の唸りを返される。黒蛇の死体を放り投げると魔法陣が現れ、そこに火柱が立った。十歩先であるというのに熱風が頬を撫でる。まともに踏んでいたら大怪我は必至だ。
「よく分かりましたね……我々はあれらを魔術罠と呼んでます」
クリスタが説明してくれる。マナの風により変質した魔物は罠を作ることがある。鳥が木に巣を作るように、魔物は迷宮で罠を作って外敵に備える。歩き回る魔物も罠にかかって死ぬが、他の魔物の食糧となるので無駄もない。
宝物殿の入口付近は神官の居住区画でもあった為、魔物が潜む部屋も多い。一つ一つ開けて掃討する必要がある。深層には歴代教皇や聖人の墓所、最深部には
「なあリリアンヌ。歴代教皇と聖人のアンデッドとか出てこないよな」
「無いと思います。きちんと供養されてますから」
「だよね」
石壁の欠片が落ちていたのでポケットに投石用として詰め込む。同じ階のどこかでナスターシャとエーリカも頑張っているのかと考えながら下に降りる階段を探した。
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