第56話 その後
順風満帆と言っていいだろう。
ハーフェンに帰ってきてからの一ヶ月、休むこと無く冒険者として依頼をこなした。ある村では
他にも数え切れないほどの依頼をこなした。
ひたすらに、休むこと無く。
そのせいもあって金色の嚆矢は異例の早さで昇格を重ねていった。全員が第三位階となったが、第二位階への壁は厚くまだ達してはいない。第三位階ともなるとハーフェンで数えるほどしか居ない実力者であり、俺たちの名と顔は知られる所となった。
世界に立ち込める不穏な影。進化しつつある魔物についてはギルド長とも議論を重ねているが分からないことも多い。今はひたすらにあらゆる事に備えて準備をしている。どんな荒波にも耐えられるように。それはそうとギルド長の話は長く、そして辛かった。
今はリリアンヌの修道院で世話になっている。最初は宿を取ろうとしたのだが「領地のためにお金が必要なら節制すべきでは」とのリリアンヌの言葉は正鵠を射ており、俺とサレハは従う他無かった。修道院に男子が入ることに問題はないかと聞いたが治療目的なら泊まっても良いと言われた。冒険者なら怪我をするから治療でずっと泊まっているとの建前。いや詭弁ではなかろうか。
「かめん外せーーー!」
「外してえぇええ!」
修道院の中庭で黄昏れていたのだが、背中にまとわりつく子どもたちに邪魔された。リリアンヌの修道院で育てられている子どもたちで、たいそう元気でいらっしゃる。今は俺の仮面を外そうと躍起になっている。
「ははは、甘いっ!」
マントを翻して修道院の屋根まで跳躍する。馬鹿丸出しではあるが子どもたちは喜んでくれた。
「にげるなーー!」
「帰ってきてーーーー!」
屋根から袋入の砂糖菓子を放り投げて退散する。子供は活力に溢れるので本当に仮面を外されかねない。屋根を壊さないように慎重に歩き窓から執務室に入り込む。そこにはベルナとリリアンヌがいた。
「アンリさん……また窓から入って、本当に王子なんですか?」
ベルナの呆れる声。
「あらアンリ様、どうされましたか?」
リリアンヌの問いかける声。
クロードが助けた少女──ベルナは修道院のシスターになった。リリアンヌの元で執務の手伝いをする傍ら、金色の嚆矢の一員として冒険者業務も努めている。幻惑魔法を得意とするベルナはシスターとして治癒魔術も勉強しているそうだ。
「二人に伝えておこうと思って」
「ええ、何でしょうか?」
「領地に帰る、当初の目的は達成したし。二人にはキチンとお礼を言ってから行こうと思ってな」
領地の必要物資も都度購入して送り届けている。これまたクロードの伝手で知り合った密輸業者を利用しており、物資を一度都市外に出して、その物資を領地までゴーレムに運ばせる。密輸業者とゴーレムが鉢合わせないようにするのは中々に大変だった。
「あら……あらあら、ええー、……どうしましょう」
「本当にありがとうリリアンヌ。互いに仕事があるから会う機会は減るだろうけど、俺も遠くでリリアンヌの活躍を祈っているよ。ベルナもありがとう、クロードとこれからも仲良くしてやって欲しい」
「それだけですか?」
「え?」
それ以上の何があるのだろうか。リリアンヌが悲しげに顔を伏せて、栗色の髪が少し揺れた。ベルナは眉を顰めている。
「寂しいです……今まで仲良くやって来たじゃないですか。弟が出来たみたいで、私……本当に楽しかったんです。それなのに、こんなにあっさり……」
「確かに……すまん。だけど領地には俺を待ってくれている人が居るんだ」
俺はただリリアンヌにとって、彼女が尊敬していた俺の母上と繋がるための鍵でしかないと。そう考えていた。
「だけど俺の領地とハーフェンはそこまで遠くない。また冒険者として活動する時に会えるさ。教皇領に出来たダンジョンも気になるし、そこにはリリアンヌも一緒に来て貰えれば嬉しい」
「そうですねー。遠くないですねー」
リリアンヌが窓の外を眺めつつ零す。ベルナはため息を零す。何とも言えない不穏な雰囲気。男の価値は逆境にこそ試されると言う。ならばここが俺の正念場ではなかろうか。
ベルナがやれやれといった感じで口を開く。
「アンリさん、せめて丸一日。リリアンヌさんと過ごされては如何ですか? 今日はもうお昼近いですからクロードさんやサレハさんと。明日はリリアンヌさんです」
「いやだが神に仕えるシスターが男と出歩くのはどうだろうか?」
「どうもこうも無いです。依頼の為の買い出しとか、理由は付けられます」
考える。確かに手伝ってくれた皆に礼を言っただけで別れるのは不義理。なにか恩返しをすべきだろう。
「はあ……悲しいです……こんなに悲しいと、マリー様が残してくれた本を私だけの物にしてしまいそう……」
リリアンヌが本棚から抜き出した本をチラチラと見せる。本の題名は『無貌の騎士』、冒険譚だろうか。興味深すぎて思わず手を伸ばす。
「だから母上の思い出の品を小出しにするのは止めてくれって言ってるだろう! 見せてくれーー!」
「明日が楽しみですアンリ様。本はその時お渡ししますね」
ベルナがクスクスと笑う。彼女もまだ仲間を失った悲しみは尽きないだろう。大切な人を失った傷は癒えることが無い。だが何でもない日常が、その傷を少しずつ覆っていければ良いと──そう感じた。
それはそうと本を見せて欲しい。
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