第52話 ハイオーク・ネスト⑥

 戦闘の火蓋が切って落とされた。


 まずは突撃して投石オークのうち一体の首を切り落とす。


 真っ赤な血が一面に飛び散り、ハイオークたちが闖入者の登場に慌てふためく。投石オークから繰り出される投石の威力は凄まじいが、集団の中に入れば奴らは同士討ちを恐れて投石をしてこない。


「穢ラワシイ──ヒュームメ──殺セ」


 周りの個体よりひときわ大きいハイオークが投石オークに指示を出す。指示を聞いた魔物たちは俺を組み伏せようと駆け寄ってくる。手に持った石で殴りつけてくるが体捌きで躱す。やつらは巨躯同士がぶつかり合って満足に連携も取れていない。


 後ろにジリジリと下がりながら剣を振るう。


 血と肉が舞い、魔物が悲鳴を上げる。


 こいつらは領地ダンジョンで出会った投石オークより強さは一段落ちており、何と言うか動きに精彩が欠ける。姿が変質して直ぐのため体がうまく動かせないのだろうか。油断して死ぬような事は許されないため、全神経を集中して囮を努めるのは忘れないが。


 敵の親玉がこちらに杖を向けてきて詠唱を始める。


Aer詠唱


 サレハと同じ古代魔術、非常に不味い。血の気が引くのを感じる。


Diffusio拡散FlammaSagitta


 燃え盛る矢がデタラメに飛んでくる。咄嗟に一体の投石オークの懐に飛び込んで盾とする。直ぐに周囲一体の投石オークを巻き込んで矢が突き刺さった。ブスブスと肉の焼ける音が聞こえるが、構わずに投石オークを蹴り飛ばして敵の親玉と向かい合う。


「シブトイ──蟲ガ」


「なぜ古代魔術を使える。お前は何者だ?」


「答エルト──思ウカ?」


「確かに!」


 その通りであり答えるわけが無い。しかし仲間もろとも焼き殺すとは非道である。あいつは友情と親愛の心は持ち合わせていないらしい。


「祈リノ邪魔ヲスル──煩ワシイ蟲──殺ス」


 杖の先がガンガンと地面に打ち付けられる。すると魔法陣が地面に浮かび上がり投石オークが10体近く召喚されるが、陣形も何もないでたらめな配置である。投石の準備すら出来ていない。


「今だっ!」


 リリアンヌとサレハに合図する。強敵が出た際の基本戦術は既に話し合っている。


 ──第一、俺が囮となって敵の陣形をかき乱す。


「【マジックアップ魔術強化】」


 ──第二、パーティーの最大火力であるサレハを更に強化する。


 リリアンヌの補助呪文によりサレハの体が淡く光る。サレハ自身の無尽蔵に近いマナと部屋内に立ち込めるマナ、そして強化された魔法力、今のサレハは最高火力の魔術を何度でも打てる固定砲台と化した。


Aer詠唱Robustus 強化TonitruaTempestas


 ──第三、魔術による一網打尽。


 ジリリと音が鳴った瞬間、爆発的な勢いで紫の雷光が駆け巡る。さらにサレハは同じ呪文を何度も詠唱し、敵の周りを雷で埋め尽くす。投石オークの肉が焼け焦げ、血管は弾けとんで血飛沫が舞う。


 本来であれば第四の役割をクロードに任せるつもりであった。だが悲しいかな俺とクロードは前衛戦士。やることも無く膨大なマナの奔流をただただ眺めるしか無い。何か戦闘に役立つスキルでもあれば良いのだが、クロードはスキル無保有で、俺のスキルはこの場において糞の役にも立たない。


 直ぐに投石オークたちは黒焦げの死体となった。敵の親玉は苦しそうではあるがいまだ健在。しかしクロードは僅かに空いた戦闘の隙間を逃さずに、すぐに祭壇にいる生贄を横抱きにして抱え敵から距離を取った。


 生贄にされていたローブ姿の魔術師──クロードの腕の中でフードがハラリと外れて金髪がこぼれ落ちた。顔をちらりと見ると年は俺より少し若いくらいの


 魔術師の少女。


「──ッ!」


 少女を見たクロードが一瞬だけ悲痛な表情を見せた。だが直ぐに気を取り直して敵と向き合う。


「ガアッ──使ウシカ──ナイノカ!」


 魔物は宙に浮かぶ水晶を掴んで心臓がある場所に押し付ける。ズブズブと水晶は飲み込まれてゆき魔物と一体化した。


「雑魚──共ガ──皆殺シニシテヤル──ヨクモ──」


 魔物が憎々しげに見つめてくる。


 そして戦闘の第二幕が始まった。




 ◆




 戦闘を始めてより、かなりの時間が経ったが未だに決着は付いていない。


 剣を振るって魔物の右腕を切り飛ばす。クロードもハンマーを渾身の力で叩きつけて敵の足を叩き折った。


「無駄ダ──ヒューム」


 しかし落ちたはずの腕が、折れたはずの骨が、すぐに異様な音を立てて回復していく。先程から何度も同じことを繰り返している。この魔物はあの水晶を取り込んでから異常な回復力を持ち始めた。致命傷が致命傷とならないほどに。


「死──ネ」


 剛力を持って振るわれた杖がクロードに直撃する。嫌な音を立てながらクロードが横に飛び、何度か地面を跳ねてから壁に叩きつけられた。


「ぐはッ!」


「クロードッ!」


 クロードが血を吐く。立ち上がれずに倒れ伏しており、駆け寄ったリリアンヌに治癒魔術を掛けてもらっている。直ぐの戦線復帰は難しいだろう。


 逃げるべきか──脳裏に考えが浮かぶ。逃げれば依頼は不達成となり冒険者としての地位は落ちるが、命と比べれば些末だ。大局を見誤ってはいけない。


 しかしそれ以上に──この魔物の存在を見逃してはいけない。そう脳が警鐘を鳴らしている。


 領地のダンジョンに出てきた魔物とそれを操る存在。こいつを野放しにすると王国はもちろん、俺の領地すら危うくなる。もしこの特殊な魔物が王国に蔓延すれば人類の生存圏は大いに狭まるだろう。


 今ですら人類の多くは魔物に怯えて都市に籠もっており、都市に入れず村で過ごす人たちは常に生命の危機に瀕している。


 なぜなら魔物は単純に強いからだ。彼らは膂力が強くて生命力に富んでおり、何の訓練も積んでいない人間を容易く喰う。それが特殊な能力を持つとなると手がつけられない。


 だからここで殺して周辺の危機を食い止め、それからは冒険者ギルドに危険を伝えて組織力で対処してもらう。王国は当てにならない。


 息を吐き、剣を構える。


 水晶と一体化しているであろう心臓部を斬りつける。バクリと肉が開いて脈打つ心臓が見えた。目論見通りに水晶の青い光を纏っている。


 肉が閉じる前に突きを入れるが剣が弾かれる。硬い。オリハルコンの剣で切れないモノを初めて見た。


「サレハ! 次に切りつけたら俺ごと殺れ!」


「ですがっ!」


「大丈夫だ、そのための防具だ!」


 ブレストプレートをガンと叩く。防具のみならずダンジョンで鍛えたせいもあって俺は耐久力が高い。サレハの魔術にも耐えられるだろうし、何なら死ななければシーラの治癒ポーションで助かる。


 剣を横薙ぎにして心臓部を切り裂く。脈打つ心臓が見えた瞬間、叫ぶ。


「殺れっ! 心臓を狙えっ!」


「──ッ! Aer詠唱FlammaExplosion爆発


 魔物の心臓付近で爆発が起こる。咄嗟に顔を腕で防いで爆風に耐える。戦闘の混乱で正確無比に心臓に魔術を当てることは不可能であるから、爆発を起こして俺もろともに心臓に衝撃を与えれば良い。マナが濃い空間でのサレハの魔術は俺の剣戟すら上回る力を持つ。


 心臓は爆発の衝撃に耐えきれずに肉を露出しており、その隙間に水晶が見えた。修復が始まる前に剣を差し込んで水晶を取り出す。


「グワァッ──馬鹿ナァ──取ッタダトッ!」


 仰天している魔物を渾身の力で斬りつける。右から左へ剣が抜け、その巨躯が真二つに分かれて地面に崩れ落ちた。もう回復能力は失われている。



 戦闘は終了した。



 振り向くと膝をついて荒い息をしているクロードが見えた。辛そうだが治癒魔術により傷自体は殆ど治っている。光を放つ水晶を仕舞ってから駆け寄る。


「大丈夫かクロード?」


「ああ俺は平気だ。それよりそこの女だが……」


 クロードが指差す方向には魔術師の少女がおり、リリアンヌに抱きかかえられて治癒魔術を掛けられている。


「酷い……アンリ様……声帯が潰されて足と腕の腱が切り落とされています……」


「治せるか?」


「怪我をして直ぐでしたら治せました……ですが私の力では……後遺症が残るでしょう……」


 治癒魔術により意識を取り戻した少女が、涙ぐみながらこちらに手を伸ばそうとする。必死に助けを求めようとして絞り出す声が──ヒュウヒュウと虚しく喉を鳴らす。


 この少女が傷を負ったのは何時だろうか。古傷は治癒魔術で治すことが難しく、聖女と呼ばれるリリアンヌがスキルも使ってなお完全には治せない。根気強く治療すればある程度は治る可能性がある。しかし元の声は永遠に失われ、冒険者としては二度と働けないだろう。


 だが一つだけ解決方法がある。


 シーラが作った治癒ポーションならば治せる。外へ出るにあたってダンジョン報酬で作った最高純度の治癒ポーションであり、すべての傷を治す効能を持っている。


 ポーションを握りしめる。


 この場で使えばポーションの存在が露見し噂が広まる可能性がある。それは回り回って不利益となるだろう。何でも治せるポーションがあれば汚い手を使って狙う人間も居るはずで、製造法を知っているシーラに危険が及ぶ。


 クロードが俺の顔を見て、そして問いかけてくる。


「迷っているな。なにか治す方法を知っているんじゃないか?」


「……」


「お前は短期間で強くなりすぎだ。何か尋常じゃ無い手段を知っているんだろう?」


「……一つだけある」


 クロードが懇願してくる。


「頼む、あいつを助けてやってくれ。まだ子供じゃねえか」


「迷っている。もしあの少女を助けたら領民に危害が及ぶかもしれない」


「なら俺が全責任を負う。冒険者としてこれから稼ぐ金を全部、お前にやってもいい。言うことは何でも聞く」


「なぜそこまでする、クロード?」


「……子供を見る度に昔の冒険者仲間──死んじまったモニカを思い出す」


 クロードが歯を噛みしめる。


「毎日モニカが夢の中に出てくるんだ。なんで助けてくれなかったんだって。頼む、ここで見捨てたら俺は一生モニカに顔向けが出来ねえ」


「ああ……だからお前は……」



 子供が酷い目に遭う事を嫌悪していたのか。モニカという仲間を思い出して。



「……分かった。この治癒ポーションを患部に掛ければ治る。あとはクロードに任せる」


 頷いたクロードがポーションを受け取る。すぐに少女の側に座り込んで栓を開け、傷の治療を始めた。


 物想いにふけっているとサレハがいつのまにか横に立っている。


「僕は兄様が非情な人間だとは思いませんよ。立場が違うだけです」


「どうだろうか。俺はいつだって助けを呼ぶ声を見逃していた気がする」


 俺の言葉にサレハは淋しげに微笑む。


 治癒ポーションは直ぐに効能を発揮して少女の体を元に戻した。そこには涙を流してクロードにしがみつく少女がいる。何度も何度も感謝の言葉を述べており、クロードも困った様子で頬を掻いているのが見えた。


「まあ……何にせよ……」


「どうしました?」


「ふふふ、クロードから『言うことは何でも聞く』って言質は取ったからな。何をしてもらおうかな。領地のダンジョンにでも一緒に潜ってもらおうか?」


「あらら」


 最後のは冗談だ。クロードにはポーションの存在を秘匿するように努めてもらえば良い。世慣れしているクロードなら俺より上手く隠せるだろう。


 けど一緒にダンジョンに潜ってもらえれば嬉しいという気持ちもある。

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