第38話 領民

 オーケンは俺の家に行ってもらった。まだ鍛冶工房を手に入れておらず、特に任せる仕事もない。今頃は他の老人衆に混ざっているだろうが、アダラに上手く話しかけられずにアタフタしているかも知れない。


 ダンジョンから帰ってきてからサレハは何故か元気が無く、魔導書を抱えて村の外れに行ってしまった。時たま魔法の詠唱音が聞こえるので、一人で魔法の練習に明け暮れているのだろう。

 サレハはスキルのせいか魔法適正が異常に高い。古代の魔導書があるにしても、あれ程のスピードで魔法を覚える者は、王国広しと言えどそこまで居ないだろう。

 王宮で魔法を知識としての勉学に留め、詠唱の練習を全くしてなかったのは賢明だった。もし王宮内で才覚を見せていたら、サレハは間違いなく暗殺されていた。


 規格外と言えばシーラの治癒ポーションもそうである。しかし、あれは錬金工房の設備が優秀すぎるせいもある。シーラは真面目に、堅実に、そして誠実に錬金術と向き合い、そして手順通りに古代のポーションを造った。

 だが同じことを出来る気はしない。シーラの想いの強さが、あの真っ直ぐさが、ポーション造りの手助けをした。今もシーラは工房で錬金術と向き合っているだろう。


「シリウス、少し良いか?」


「はい。何でしょうか主よ」


 作業指揮を執っているシリウスに話しかける。

 村の端には以前に種を蒔いた小麦畑が見える。恐らく土の耕し方、種を植える時期、普段の手入れから全て間違っているだろうが、小麦は無事にすくすくと育っている。


「いつも任せっきりで悪いな。問題はないか?」


「ええ何も問題ありません。小麦も育ってきていますので収穫が楽しみですね」


 シリウスが首を後ろに向けて小麦畑を眺める。獣人は肉が主食だが、流れの商人からパンを物々交換で手に入れる事もあるらしい。


「適当に耕して、適当に種を蒔いたが育つものだな。小麦ってこんなに簡単に収穫できるのか?」


「回答──ルペルト小麦は古代の救荒食物。土壌・時期を選ばずに収穫可能。アンリ様の乏しい知識でも栽培可能です」


「ねえ、一言多くない?」


 たまたま傍に居たゴレムスが答える。救荒食物。飢餓や災害などに備えた非常事態時の食べ物。以前にダンジョン報酬で貰った種を畑に蒔いたのだが、あれはルペルト小麦と言うらしい。


「補足──ルペルト小麦は大気中のマナを吸収する性質があります。栄養をマナで補うため、土壌が痩せません。また極微量ですがステータス上昇効果が認められます。定期的な摂取を推奨」


「ふうん。で味はどうなの?」


「報告──回答は以上です」


「質問を打ち切るなっ! 不味いのか、どうなんだ!?」


 ゴレムスは周囲を警戒するために左右を見回す。会話を終わらせるために仕事をしているフリをしている可能性すらあるが、ゴレムスには表情が無いため読み取れない。

 一抹の不安は残るが小麦、ひいてはパンが何としても欲しい。来る冬に向けて備蓄しなければ、皆仲良く餓死する羽目になる。


「はあ……それにしても皆、シリウスの指示をよく聞いて働いてくれてるな。やっぱり長に戻ったほうが良いんじゃないか」


「いえ、主は一度決めたら変えるものではありません。それに……打算もありますので」


「打算? 俺は王族だけど立場は最悪。いつ殺されるかも分からん男だぞ」


 話している際でも、シリウスの元には指示を求める領民がやってくる。既に周囲の地形を把握しているらしく、魔物が潜みやすい場所を確認するように指示を出している。


「私の居た村は詰んでいたのですよ。第八王子のエイスに負ければ全滅。もし勝っても王国の恨みを買いました。他で集落を作ってもいずれ追い詰められ、そして滅ぼされたでしょう。対立すれば滅び、恭順も許さない。なればこそ主の庇護下に入りたかったのです」


「なるほどねえ。俺は王族だけど、ほとんど王国と敵対してるからな。そこで力を合わせて王国に対抗って形か」


「そうです。氏族の血を絶やすわけにはいきません。それに主に仕えることは皆と話し合って決めたことです」


 村の真ん中で獣人の子供たちが遊んでいる。木の棒を地面に挿して、遠くから石を投げて当てる遊び。狩りの練習を兼ねているのだろうか。楽しそうだ。


「打算だけでもありません。この時世では死に方は選べませんが、どうやって生きるかは選べます。我々は主の生き方の一端に触れ、それを好ましく感じ、付いていっても良いと思った」


「ご立派な生き方はしてない。独りよがりな恨みを糧に生きていると思う。エイスが攻めてきたあの日、俺は恨みと怒りに任せて戦っただけだ」


 王宮で受けた仕打ちを恨んでいるのか、それとも母上を奪われたことを恨んでいるのか、どちらに天秤が傾いているのかは自分でも分からない。

 空虚に満ちた人生。恨んでいると思いこんでいることで、人生に意義を見出しているのかも知れない。もしそうであるならば、俺という人間は──。


「主の欠点は数えればキリがありませんが、その悲観主義は直したほうが良いですね。ああそうですねえ……村が濁流に飲まれた時、アダラたちを助けてくれたでしょう。私はあの時老人たちを見捨てて子供を助けることを優先した。今後の利を考えてです。けれど主は諦めずに救ってくれた」


「爺さん二人はぶん投げたけどな」


「ハハハ。あの二人はもう怒っていませんよ。老いても元は戦士。過ぎたことを何時までも掘り返したりはしません」


 獣人の皆に受け入れられている。そう聞くとどこか安心している自分がいる。


「そう言えば防衛戦で死んだ二人……アルカラとドラスだったな」


 死んだ二人の戦士。


「はい……憶えていてくれたのですね。戦というのは恐ろしい。立場上、勇敢に戦えとは言うのですが、死んで帰って来られるとやはり辛い」


「俺の領地──この村は戦火と無縁になるように頑張るよ」


 シリウスは少し目を細めて頷いた。


 俺たち二人を見つけた子供がこちらに駆け寄ってくる。獣人の少女。人間ヒュームで言うなら6歳くらいか。

 

「領主さまだー。こんにちはー!」


「はい、こんにちは」


 少女が足元にまとわりつく。無垢な笑顔を向けられるのは慣れていないので戸惑ってしまう。


「領主様に挨拶をしなさい」


「はい! フルドです領主さま!」


「フルドは領主様の事をどう思っている?」


 あんまりにもあんまりなシリウスの質問。もしこれに「嫌い」とか「どうでもいい」とか答えられたら立ち直れる気がしないし、もう一度ガブリールを呼んで癒やしてもらう必要がある。


「好きー。ねえ領主さま、今日はあの真っ赤なカマを持ってないの?」


「あれは農具だから今日は置いてきたよ。また小麦が育ったらあの鎌で一緒に刈ろうか」


「うん!」


 フルドは足にしがみついたまま嬉しそうにしている。嫌われてはいないようで安心した。頭を軽く撫でるとニコニコと嬉しそうに笑う。獣耳が少し揺れ、尻尾も風になびくように少し振れた。


「どうですか主よ?」


「どうもこうも……嫌われては無いけど、フルドが人懐っこいだけじゃないのか」


「子供はよく見てますよ。村の老人たちを助けてくれた光景を彼女も覚えているでしょう。胸を張ってください」


「うーん」



 ◆



 シリウスたちと分かれて村を見て回る。

 獣人の戦士たちが歩哨に立ち、周囲の警戒をしている。いつ何時でも魔物が来る可能性があるため、寝ずの番までしている程だ。戦士の数はそこまで多くなく、普段の狩り仕事も合わせるとかなりの負担を掛けている。


「外壁が欲しいな」


 村を囲う外壁が欲しい。物見櫓を立て、外壁の上には弓兵やバリスタを置きたい。戦を避けるためには軍事力が要る。矛盾しているようだが、これは人間ヒュームの長い歴史が証明している。どれだけの正当性があろうが、力が無ければ何の意見も通らない。

 外壁を造るためには作業・資材運搬の要員が必要となる。今の獣人たちは手一杯でとても頼めない。金も無いから外部にも頼れない。


「よし、ダンジョンに潜るか!」


 サレハの魔法練習を邪魔しても悪いし、今度は一人で潜る。DPを大量に稼ぐ手段はさっき思いついたので、実践で確かめてみようと思う。

 潜るのは始まりの試練。稼ぎ方は魔物の同士討ちによる進化現象を利用するつもりだ。

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