第二章

第31話 プロローグ──スキル

 新たに獣人たちが領民となり、この草だらけの領地も賑やかになった。総勢100名ほどの集落。これなら村と言っても差し支えがない。それぞれの家が無いのが問題ではあるが。


 領地に帰ってきてから二日が経った。シリウスは朝から獣人を率いて狩りをしたり、家を作ったりと精力的に働いてくれている。

 サレハと一緒に外に出て、家が作られてゆく様子を眺める。木の柱を中央に建てて、天井から放射状に梁を伸ばす。梁の材質は魔物の腱だ。ロック鳥やらオークやら、ここらへんで魔物素材に困ることは無い。むしろ我々は困らせられる側だ。


 壁面を細い木組みで覆うと、後は上からつなぎ合わせたドラゴンフィッシュの革を被せれば出来上がり。

 この魔物はドラゴンの名を冠してはいるが、別にドラゴン種では無い。ここら一帯の川にはよく住んでいる大きな魚型の魔物。油断すると丸呑みにされる事もあるので要注意。


「凄いですねえ兄様」


「そうだなあ。家って人が作っていたんだな」


 馬鹿丸出しの感想を呟く。

 シリウスは建築、魔物解体、周囲の警戒など的確に指示を出している。慣れた様子なので、任せっきりだ。


「俺たちもすべき事をしよう。サレハ、ダンジョンの入口に行こうか」


「はい兄様。お供いたします」


 土階段を降りて、石碑の部屋に赴く。思えばこの部屋に来るのも久しぶりだ。ただポーションを売りに出ただけなのに、土産が領民になるとは思わなかった。

 少し薄暗い室内をサレハと歩く。部屋の中心には変わらず石碑があり、その奥にはダンジョンへ通じる階段がある。


「わあっ!」


 サレハが腕にしがみついてくる。


「どうした、何かあったか?」


「あ、あのぉ……壁に頭蓋骨が……ぶら下がってます」


 しまった。頭蓋骨ウィルをしまうのを忘れていた。いい加減、供養してあげるべきかも知れない。この草原に来た当初、俺の心を支えてくれた功労者でもあるのだ。


「あれは……何と言っていいやら……驚かせてしまったな」


「いえ、びっくりはしました。けど、さすが兄様……そういう事なんですね」


 腕にしがみついたままのサレハがこちらを見上げてくる。夜空に輝く星たちのように、瞳が輝いている。


「兄様は言っていました。ダンジョンでは死ぬこともあると。あれは常在戦場、死を常に想う、そういった兄様の決心の現れ……僕にそう伝えたいんですよね?」


「……そうだ。よく分かったな」


 好意的に解釈してくれた。説明するのも難しいのでそうしておこう。頭蓋骨ウィルも役割ができて嬉しいだろう。多分。


「ダンジョンに今すぐは潜らない。早くても明日からだ」


「そうなのですか? 僕は今すぐでも大丈夫ですよ」


「今まで俺は『始まりの試練』というダンジョンを潜っていたんだ。けどそこを踏破したから、今は他のダンジョンの挑戦権もある。何処が俺たちに良いか、よく調べてそれから潜ろう」


 サレハが頷いたので、石碑に触れてステータス確認画面を開く。

 領地に帰ってきた日の夜に、そこら辺でゴブリンを捕まえ、従者として一緒にダンジョンへ潜った。色々と実験はして分かったことは、俺もゴブリンも死んでも蘇るという事。

 ただし俺が先に死んだら、ゴブリンが生きていても強制的にダンジョンから叩き出された。主となる挑戦者が生きていること。これがダンジョンの必須条件らしい。


「サレハ、ステータスを見たことはあるか?」


「はい、一度だけ。けど……僕は弱いです。固有スキルはマナ体質と言うらしいですけど」


「俺も最初は弱かったから心配しなくても良い。ちなみにマナ体質って何だっけ?」


「魔法力の源泉であるMPマナポイントが異常に高い体質なんです。数値はよく覚えてないんですけど」


「へえ、凄いな。このダンジョンじゃなかったら俺のスキルより役に立ちそうだ」


 石碑の画面を切り替える。だがサレハのステータスが見れない。横からサレハも興味深そうに覗き込んでくる。


《挑戦者アンリ・ボースハイト、従者を確認しました。登録しますか?》


 脳裏に声が響く。これは石碑の声だ。


「頼む。名前はサレハ・ボースハイト。俺の弟だ」


「……」


《サレハ・ボースハイトを従者設定完了。前回個体アンリの特異性に鑑み、個体名サレハのステータスの初期化を試験実行》


「こらっ! 勝手なことをするな!」


 石碑が勝手にサレハのステータスを初期化しようとしてくる。俺が以前に初期化失敗したのを根に持っているらしい。

 サレハは特にステータスが上がるような事をしていないので、初期化されても影響は無い。だが気分は悪い。


《ステータスの初期化──致命的失敗》


《再試行──ステータスの初期化──致命的失敗 ──時間制限を追加》


《再々試行──ステータスの初期化──致命的失敗 ……時間超過により試行放棄》


 馬鹿め。また失敗したようだ。

 だが理由がわからない。石碑に触れてステータス確認画面に移る。



 サレハ・ボースハイト

 累計死亡回数00000

 HP13 MP6814 攻撃力2 防御力3 魔法力25 素早さ2

 特殊スキル:マナ体質(固有)ステータス保持(共有)



「ろくせんはっぴゃくじゅうよん。何これ?」


「ああ、それくらいでしたね。兄様はどれくらいMPが有るんですか?」


「そりゃあお前……」


 たしかに俺のMPは10だ。けど恥じることはない。俺は前衛戦士型だから。魔法とか使わないし。


「あれっ! 何でサレハがステータス保持を持ってるんだ!? 俺の固有スキルだぞ!」


 MPに気を取られていたが、それ以上におかしな点がある。何故サレハが俺のスキルであるステータス保持を持っているのか。それに「共有」とは何だ。


「変ですね、そんな話は聞いたことがありません」


 小さい脳を働かせて理由を探る。共有というなら何かがあった筈である。


「共有か……共有、共有とは分かち合うこと。スキルを分かち合う。兄弟だからか? ならば俺もサレハのスキルが使えるはず。なら何故?」


 サレハをダンジョンで抱き起こした所から記憶を揺り戻す。背中に背負って、ダンジョンの話をして、それから確か。


「ああっ! あれだ、俺の血を吸ったからか!」


 あの時、俺の血が体内に入ったはずだ。

 だがスキルは他人に渡せるものではない。先天的に持って生まれるか、もしくは不断の努力をして会得するものだ。血を与えても普通は意味がない。


 念の為に石碑に触れて、自身のステータスも確認する。これで俺のステータス保持が消えて無ければ、本当にサレハとスキルを共有していることになる。



 アンリ・ボースハイト

 累計死亡回数00012

 HP283(+13) MP10 攻撃力156(+28) 防御力168(+4) 魔法力1 素早さ33(+2)

 特殊スキル:ステータス保持(固有)



「やっぱりそうか。無くなってはいないな」


 ステータス保持は消えていない。

 それにエイスのアンデッドを倒したお陰でステータスがそこそこ上がっている。スケルトン数百体、トロール、オーガ、オーク、ゴブリンシャーマン、グリフォンと色々倒したせいだろう。これだけでも普通の冒険者が生涯に討伐する以上を屠った気がする。


「兄様のスキルがあればお役に立てるでしょうか?」


「ああ、懸念が無くなった。後はダンジョンに潜るだけだ」


 サレハは花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 石碑に触れて次に行くダンジョンを選ぶことにする。サレハは魔法を覚えていないと以前に言っていた。ならば魔法を覚えてからダンジョンに向かいたい。サレハのステータスは近接向きではない。


「最後のDPを使って魔導書を貰おう」


 石碑に触れて報酬画面から魔導書を選ぶと、すぐさまに宙から魔導書が降ってきた。地面に落ちた魔導書の埃を払ってサレハに渡す。


「難しいとは思うが読んでみてくれ。明日からダンジョンに潜るけど、何なら俺の後ろに隠れているだけで良いから」


「いえ、一つでも覚えてみます。頑張ります!」


「無理はするな。夜はきちんと寝ろよ」


 サレハが胸に魔術書を抱きしめる。よく見ると本の表紙には著者名が刻まれている。ル・カインと。

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