第17話 不死者の群れ

 治癒ポーションを満載した荷車を曳きながら草原を進む。


 先頭はガブリール。狼の鋭い感覚を活かして、魔物や盗賊のいなさそうなルートを選んでもらっている。

 その後ろには俺が続き、荷車の周りにはトールとシーラ。残念ながらゴレムスは領地の警備任務を与えて留守番してもらっている。彼はかなりの戦力になるので惜しい。


「ひいひい……」


 かなりゆっくりと進んではいるが、シーラは目に見えて辛そうだ。体力は姉より無いらしい。


「辛かったら荷車に乗ってもいいぞ。まだ疲れが少し残っているんだろう?」


「だ、だいじょうぶです! いざとなれば治癒ポーションをちょっとだけ飲めば歩けますから!」


 堂々とした薬物使用ドーピング宣言だ。まだ幼いうちからポーションに頼っていては体に悪影響があるかも知れない。今すぐに休憩すると恐縮するだろうから、少し後で休憩を入れよう。


 領地より西の地に居る獣人たち。ポーションを売るならば、普段から怪我ばかりする狩りを主体とした氏族が望ましい。

 遠目に見れば何を生業にしているかは分かるだろう。羊がいれば牧畜メイン、定住用の家と畑があれば農業メイン。

 理想は槍と弓を持った筋骨隆々の益荒男たちが集う集落。漢まみれの筋肉帝国マッスル・エンパイアだ。個人的趣味としては御免被りたいが。


「グルルルルル──」


 突如、ガブリールが姿勢を低くして唸る。


「どうしたガブリール。魔物か?」


 ガブリールの横に屈み小声で訪ねる。視線の先にはオークの集団がいた。数にして6体で、遠くに見える集落に向かって歩いている。


「まさか集落を襲うつもりか!!」


 これからポーションを売りに行く集落を襲われては堪らない。手に棍棒を持つオークは人だって獣人だって構わず食い散らす魔物だ。一刻も早く討伐しなければいけない。


「トールとシーラは荷車の下に隠れろ!! ガブリールもだ!!」


「分かった!!」


 トールの返事を受け取り荷車から武器を取り出す。

 ヒヒイロカネ製の大鎌──これも草刈り用の農具なのだが鍬よりも武器っぽいという理由で持ってきている。

 念の為にポーションも3本ほど引き抜いてポケットに詰め込む。あの程度の雑魚に負けるとは思えないが、備えて損はない。



 ◆



「オオオオオオォオオ!!」


 オークが喉を震わせて吠える。敵を見つけた警戒音か、それとも食料を見つけた喜びからか。


「ガアァアア!」


 一体が走り寄ってきて棍棒を振り下ろしてくる。もし当たれば人の骨など容易く砕くそれは、目標に当たること無く地面にめり込む。


「そこだ!!」


 棍棒を避けてから、大鎌を下段に振るってオークの両足を切り落とす。以前にホロウナイトに同じことをされたことにより、戦闘において足を狙う重要性を覚えた。

 そのまま倒れたオークの胸の上に乗り、鎌を横薙ぎに振るってとオークの首を切り落とす。残りは5体。


「どうした!! 仲間が殺されたのに怒りもしないのか!?」


 オークたちの様子がおかしい。攻撃は単調で動きもどこかぎこちない。それに同族が死んだというのに、憤慨する様子も見せない。


「グォオオオオ……」


「まさか──アンデッドか!?」


 よく見れば肌の色も少し悪いし、魔物特有の荒々しさも無くなっている。

 ポーションの瓶を開けて少しだけ大鎌に掛ける。商品なので出来るだけ無駄遣いはしたくないのだが。


 確認のためにポーションが掛かった大鎌で斬りつけると、オークは傷口から血煙を上げて苦しみ、そのまま死んだ。


「なぜアンデッドがこんな所に!?」


 アンデッドは放置してある死体から発生することがある。大体は腐肉に荒れた肌を貼り付けたような醜悪な容貌をしているものだ。

 だがこのオークのアンデッドたちは、少し肌色は悪いがまるで先程まで生きていたように新鮮である。オークが揃って6体死んで、そのまま同時に6体アンデッド化する可能性は非常に低い。


 ならば──


「死霊術師か──? まさか──」


 思い出したくもない記憶が蘇り、口中に苦いものが広がる。


 棍棒を滅茶苦茶に振り回して残りのオークが突進してくるが、大鎌で首を切り落として対処した。

 大鎌を振るって血を払うと、荷車の中から二人と一匹がこちらに駆け寄ってくる。


「ねえ大丈夫なの!? 怪我とかしてない!?」


 トールが俺の周りをくるくると回って怪我がないか確かめている。シーラも治癒ポーションを手に取り準備万端だ。必要はないが。


「いや大丈夫だ。こいつらはオークのアンデッドでそこまで強くは無いからな」


 トールとシーラが胸を撫で下ろす。


「お兄さん、なんでアンデッドがこんな場所にいるのですか?」


「恐らくだが、死霊術師が操ってあそこの集落を襲わせようとしたんだろう」


 遠くに見える集落を指差す。木の柵で覆われた集落の中には、木組みの簡素な家が並んでいる。畑も羊も無いので、お目当ての狩猟メインの氏族だろう。


「死霊術師? ってなに?」


「死体や魂を操って不死者アンデッドを作り出す連中だ。碌でもない奴らだぞ」


 トールが俺の答えに頷く。エルフは基本的に神々に愛された善なる種族なので、死霊術師は馴染みがないのだろう。


「予定外だったが、このままあの集落まで行こう。何だかきな臭い匂いがするから早く済ませたいしな。それとあまり死体は見るな」


 口元を抑えているシーラに注意する。顔色も悪い。集落に入って休憩するべきだろう。


「はい──行きましょう、お兄さん」


 トールに慰められながらシーラはようやくその場を離れる。


 思い出させてしまっただろうか。

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