チャルビッシュのこと

DDT

第1話

チャルビッシュが床下から発見された……というと殺人事件のニュースみたいだが。


チャルビッシュ(またはチャー)は、いつのまにか家の周りに居ついた「軒先猫」だった。

あの日、もう一匹の軒先猫であるよしこが急に床下にもぐらなくなり、「これは」とピンときたのだ。


よしこは終始威嚇してくる臆病な猫で、狭い穴からさっと潜り込める床下を安全な居場所としていた。

それなのに、出入口の周辺にさえ近寄らないのだった。どういうメカニズムかはわからないが、猫の本能的な行動だと思う。とにかく非常事態だというのはわかった。


自分のツイートを遡って見ると、チャルビッシュは9月23日あたりからがくんとおかしくなったようだ。

10月12日に大型といわれる台風19号が直撃して、その時分には正直もう無理だろう、乗り越えられないだろうと思っていた。


突然調子を崩した当初は、早く元通りに元気になってほしいと思うだけだった。それは近いうちにそうなると、ならないわけがないと楽観していたから。

しかしお気に入りのテーブルに飛び上がれなくなり、声がひとまわり弱く小さくなって、動作がスローになり、ふわふわと歩くようになった。

ごはんを食べない日が続き、うっすら危機感を感じ始めた。


人が通るところにいたかったのだろう。しばらくは玄関前の茂みの中にいた。

いつものようによしこと一緒にごはんをもらいにでてくるが、口をつけようとするけれど食べない。自分でもどうしてなのかわからない、といった風だった。

台風の直前には、「ちゅーる」のチューブを口にくっつけるとなめてくれたので、少しだけ気持ちが明るくなった。


家では私だけがチャルビッシュをふざけて抱き上げることもできたし、弱っていたから、無理やり捕まえて病院に連れて行くことは可能だったと思う。

だが一日延ばしにしていくうちに段々あきらめのようなものに捕らわれた。

過ぎたことは戻らない。許してほしいという言葉が浮かぶが、何に許されるわけもなくただ自分のエゴと向かい合うだけだ。


チャルビッシュは何度か家に連れ込んでみたが、うまくいかなかった猫だ。ドアが開いていると自分から廊下に上がり込んでちょこんと座っていたりするのだが、いったん閉め切ると外に出られるまで怯えて鳴き叫ぶ。


それでも昨年の冬は無事越すことができたから、外暮らしの姿を眺めながらその生命力を信頼していた。何の言い訳にもならないが。


後ろ足には以前ざっくり切ったらしく、毛が生えずにつるつるになった傷跡があった。自分でなめて治したのだろうと思われた。

左のこめかみにも皮膚病にかかって抜け落ちたらしい禿があって、点々とかさぶたができていた。顔を見るたびに栄養状態がよくなれば治るかもしれない、治ればいいと思ったが、やせ細った体がふっくらしても禿はそのままだった。


この辺りは高度成長期に大規模な宅地開発が行われた周縁であり、取り残された田舎の風景が広がる。捨て犬、捨て猫も多い。犬はすぐ役所に捕獲され、猫は捕獲されたりされなかったり。

すぐ近所には猫嫌いらしくペットボトルで関所を作る人がいて、一方で辺りの野良猫すべてにごはんをやっているお爺さんもいる。

猫にとってはわりにラフで曖昧な状況であり、かろうじて田舎の昔風のバランスが残っているように思う。

そんななか偶然、縁あってチャルビッシュは家に来てくれたのだ。

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