第80話 港

はぁぁ~、海の匂いだ。懐かしい。


近付くにつれて潮風が強くなる。

海辺の出身でもないというのに、独特の磯臭さに懐かしさを覚えるのは何故だろう?



勢い勇んで港まで来たものの、買える物など何もなかった。


ちょっと考えれば判ることだった。

ここは冷蔵冷凍技術のない世界だ。

生魚が買いたいのなら、船から陸揚げする時に来るしかない。その場で買い手が付かない物はすぐ塩漬けされてしまう。生きたまま生け簀に入れてるならともかく、すでに締めた魚だ。そうしないと常温ではすぐに腐ってしまうのだから。


私のあまりの落ち込みぶりに、一緒に来ていたラークが大変焦り、言葉少ないながらも一生懸命励まそうとしてくれて露店で塩漬け魚を一樽買ってくれた。


珍しく焦っているラークの姿にちょっと笑ってしまったのは内緒だ。

塩漬けとはいえ、今まで川魚ばかりだったのが、海魚を食べられるようになったんだし、そこは喜ばないとだね。



その後は一旦魚を家に置いてから広場まで戻り、露店巡りをして他の食材を見て回った。

その中でずんぐりと寸足らずな感じの大根に似た現地野菜を見つけた。名前もダコンでちょっと似てる。


現地野菜はあれから少しずつ調理法を試し続けているが、あまり成果はぱっとしない。

ラークは充分美味しいと言うけど、きっと私の味の基準が高すぎるのだろう。

どうにも物足りない気がしたり、えぐ味や歯触りが気になってしまうのだ。


そんな中で唯一納得できてるのは天ぷら。

山菜の天ぷらのような感じになるので、下処理しても僅かに残る苦味があまり気にならなくなるのだ。

いい感じに脳が騙されてるだけかもしれないけど。


でも流石に天ぷらオンリーだと食材の幅が広がらない。

もっと色々使える物を増やしたいんだけどなぁ……


とりあえずダコンを買って試してみるか。

他にもいつもの日本野菜や、春になって採れるようになった木の芽、果物などあれこれ買い込んで家に戻った。



さて、今日の晩ご飯は沢山作らないとだなぁ。お昼は露店で簡単に済ませちゃったしね。量は結構食べてたけど、きっとラークは全然満足できてないだろう。


倉庫に食材を仕舞ってもらって、精霊さん達にはいつもの『水が出るよー』とか『冷たいよー』の祝福をつけ直してもらう。

倉庫の一角にはお礼のお水やお酒の皿も忘れない。



カンエーの家では一階に来ないようにお願いしてあった精霊さん達は、この家ではどこでも自由にしてもらってる。

一応ラーク以外のお客さんの時は上にいてもらうつもりだけどね。


一階と二階のあちこちに精霊さんの水遊び用の水を設置して回る私に、ラークが不思議そうに何してるのか尋ねてきた。


「精霊さんの水遊び用だよ。お水があると嬉しいみたい。お水もきらきらするよ」

「む…………それは、教会で販売してる『神の雫』と同じなのではないか?」

「へ? 神の雫??」

「詳しくは知らんが、神の慈悲で精霊の力が満ちた水を賜ったとか聞く」


……所謂、聖水みたいな感じですかね?

これはもしや人に見られるとマズイやつ!?


あんまりあちこちに水皿置いてたら咄嗟の時に隠せないので、一階には水遊び用の皿は置かない事にした。

せっかくこれから遊ぼうとしていた精霊さん達には不満そうにされたけど、ちゃんと二階には置くから! そっちで我慢して?



肝心の神の雫の効果はラークもよく知らないようだった。

貴重品で大変高価な為、一介の冒険者に買えるような代物ではなく、そいうい物があることは知っていても、誰が何に使うのかまでは知らないらしい。


噂では精霊の災いを浄化するとか、大怪我を治すとか色々言われてるようだけどそれが正しいかは誰も知らない。


噂で言われてる効果も聖水っぽいよねぇ……

浄化云々は多分できないんだとは思うけど。だってそれができるなら王城での災い騒ぎなんてすぐ収まるはずだ。

兎に角、教会のと同じ物なのかは判らないけど、バレないように気をつけよう。


なんだかまだまだ知らない事がたくさんあるなぁ。

また何かやらかして悪目立ちしないようにしないとね。



お茶飲んで一休みしてからご飯支度。

早速買った魚の塩抜きして食べよう。

樽の中からなるべく大きめな魚を選んでアクアパッツァを作る。魚に残る塩気があるから軽くコショウだけして、戻したドライトマトと玉葱、酒と共に煮込む。


小さめの魚は小麦粉を振って唐揚げに。私はこのままで充分だけど、ラークには物足りないだろうからきのこの餡をかけてあげよう。

油を使ったついでにジャガイモも揚げて、あとは豆のスープに人参のピクルスと、たっぷりのソーダブレッドを焼けば完成だ。



引っ越し祝いにお酒も出して、精霊さん達用にも皿を置く。

さあご飯だ。この街で平和に暮らせるように祈りをこめて、いっただきまーす!



テーブルから溢れんばかりに作ったたっぷりの引っ越し初日の食事は、いつものようにラークのお腹にスルスルと飲み込まれていった。

すっかり見慣れた光景に感心半分呆れ半分しつつも、わいわいと楽しい時間を過ごした。

ラークも精霊さんとお話できたらもっと楽しいのにね?

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