今日から男でがんばります
都忘れ
第1話 召喚
それは何の前触れもなく現れた。
あの時私は、週末から暫くの間実家に戻らなくてはならなくなったので、それに備えて家の事を片付けようと、やる事や手順を脳内で整理しつつ家路を急いでいた。
自宅に着いて、さあ鍵を開けようと思った瞬間、突然足元に描かれる幾何学模様と空間ごと切り取るような透明な壁を伴う大きな円、そして目を開けてられない程の眩い光。
ああ、これ漫画とかで見たことある……
我ながらズレた感想だと思うけど、一瞬見えた光景は現実離れしすぎてて、夢か幻かって感じ。危機感感じる暇もなく、私はあっという間に瞼越しでも辛い程の眩い光に飲み込まれた。
あまりに強烈な光に曝されて気を失っていたのかもしれない。右半身に冷たい床の感触。
どれくらいそうしていたのか、短いような長いような時間が過ぎた後、瞼越しに光を感じなくなったので、そっと薄目を開いた一瞬後には限界まで目を見開く事になるなんて誰が想像するだろう?
なんとそこには……
「おお、成功だ!!」
「勇者様だ!」
「これで世界が救われるぞ!」
と、大騒ぎするおっさん達の群れが。
……はい? 何事!? ってか、ここどこ?
明らかに自宅前ではない、石造りの大きな部屋。
どう見ても日本人ではない大勢のおっさん達。
いかにもファンタジーな服装。
手には魔法使いが使いそうな大きな杖。
…………。
これってアレだよね。
さっきの魔方陣みたいなのといい、どこだかわからない今の状況といい、やっぱりアレしかないよね……
ラノベか漫画か知らんけど、異世界召喚ってやつ? えー……マジかー。
なんというか…あまりに突飛な事が起きると理解不能になるというか。
自分に関わる事だけど、まだどこか他人事みたいな変な感覚。
とりあえず言葉が通じるタイプの召喚でよかったと、それだけはホッとした。
そういや、なんだかさっき勇者様とか言われてなかった? ……普通女相手なら聖女じゃないの? あ、いや、聖女なんて柄じゃないけどさ。
なんせ自分は容姿もパッとしないヲタ寄り喪女だ。
太ってこそいないけど、凹凸の寂しいストンとした体。日本人にしては色素薄めな瞳は、表情筋の乏しさも相まって目に生気がないと言われていた。あ、だめだこれ。なんか自分で言っててちょっと悲しくなってきた。
まあ、それはともかく。
……うん。やっぱ柄じゃないっていうか、絶対無理。これで「聖女様~」とか崇め奉られたりなんかしたら鳥肌たっちゃう! うへぇ。ほんと無理無理。
聖女なんて高望みしちゃってマジすみませんでした!!
あ、勇者なんてのも論外ですよ勿論。お断りします。
そんな感じでちょっと遠い目してたら、いつの間にか人が増えてた。
んで、目の前には頭に立派な王冠乗っけてお高そうな豪華なマントを羽織った、明らかに王様ですよーってなりのお爺さん。
王様って本当に王冠してるんだねぇ。結構重そうだ。
落としたり歩き難かったりしないんだろうか?
とりあえず見下ろされるのも気分悪いし、体を起こそうか。
よいしょっと……あれ?
体にうまく力が入らなくて、立ち上がろうとしたらガクッと崩れ落ちた。
「勇者様! 大丈夫ですか!?」
「いや、勇者とかじゃないし……」
ざわざわと大騒ぎする周りの人々。助け起こそうと近寄ってくるおっさんを手で制止しつつ、思わず問いかけの返事より先に否定の言葉が出た。
いや、だってこれ大事だし。
勇者なんてほんと冗談じゃない。
ちょっとふらついただけなので、もう体に力は戻ってる。
しっかり自分の足で立ち上がってから軽くホコリを払い、目の前の王様っぽい人を軽く睨み、もう一度宣言する。
「私は勇者なんかじゃない。一体これはどういう事ですか」
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