小さくて可愛い先生は好きですか?

鼈甲飴雨

第1話 ファーストフード

 俺の家には居候がいる。

 いや、客人か? 母親の後輩らしいけど。

 御年、二十三歳のその女性は。

「よしよししてあげよう。かがみたまえ」

「嫌ですけど」

「ふむ。では私が椅子を持って来よう。それならいいだろう……ってどこへ行くのかね。もう少し先達を敬うべきではないのかね」

「ああ、もう! めんどくさいな! おとなしく食卓に着いてろ!」

 この人、身長が百二十センチ台だからキッチンに届かないんだよなあ。

「時に、唯少年。君は年上の成人女性、あまつさえ教師に横柄ではないかね」

「今更敬語を使えと?」

「そういうことではないのだが。学校に行かないから、少し心配しているのだよ。テストだけに顔を出して満点をさらっていくのはいいが、絶対に心証は良くないはずだ」

「ほっとけ。あんな低レベルな場所に放り込まれても嫌なんだよ」

「偏差値七十五。屈指の進学校を低レベルとは。さすがの天才君だな」

「嫌味があるなら聞くぞ」

「学校に行こう」

「ヤダよめんどくさい」

「出席日数関係なしでテストの成績が一般以上ならオーケーなあの高校なら問題ないだろうけども。けど、悲しいとは思わんかね」

「何がだ」

「この後、色んな人々と関わっていくだろう。まさかこのままニートをするつもりでもあるまい」

「……いや、ボッチのあんたから言われてもなあ」

「深く傷ついたぞこの野郎。ぼくは好きで一人でいるのだ。ボッチとか不名誉極まりない。孤高と言い直してくれ」

「ちょっと言葉のグレードが上がっただけじゃん」

「グレードは大事だ。そこいらの外国産のやっすい肉が国産の肉になるように大事なのだよ」

「味とかわからないくせに」

「失敬だな。国内産と外国産の違いくらい朝飯前だ」

「はい、今日の唐揚げ」

「ふむ。美味い。これは国内産の鳥だね? ほんのり香草の匂いがする。ブランドかな」

「ブラジル産のやっすいやつなんだけど」

「表に出たまえ」

「先に行っててくれ。締め出してやる」

「この炎天下の中放置されたら溶けてしまう。不毛な争いはやめようではないか。仲良く凍らせるタイプのアイスキャンディでも食べよう」

「その前に飯だよ。ほら、白飯はどれくらいいる?」

「お茶碗に日本昔話のような盛り方で」

「うず高いやつな」

 今日も今日とて、一緒に食事を摂る。

 ……。

 俺は星名唯。

 変な喋り方の彼女は虎杖キララ。

 これは俺達の。

 超常現象など何もない。

 ただの日常の話。



  一話 ファーストフード


「じゃん」

「いや。ワイバじゃん。何?」

 虎杖キララは大食漢だ。

 いや男じゃないからその表現は変か。よく食べる女性だ。

 なのにほそっこい。

 健康診断も問題なく。

 軽過ぎる体重に逆に注意されるとかで、それとなく自慢してくる。

 黒く、どこか藍色っぽい髪を降ろしている姿はとても可愛くて。

 小学生くらいの幼さを遺憾なく発揮している。

 免許は車に足がつかなかったそうで、原チャリ二種をとるのみに留まる。

 相棒はモトコンポ。ちっさい原付の代表格だ。

「なんでワイバ?」

 ワイバ――正式名称、ワイルドバーガー。

 アメリカンなサイズと味が受けて全国チェーンにまで上り詰めた現代を代表するハンバーガーチェーン。

 次々と紙袋から中身を取り出す。

 照り焼き、ダブルチーズ、ビッグワイルド、ギガワイルド、ダブルチキン、ダブルエビカツ、チキン南蛮――

 様々なハンバーガーが転がり出る。セットと思わしきポテトとシェイクも大量に出てきた。

「夕飯にどうかと思って」

「量」

「適量だとも」

「あんたはそうだろうね……」

 マジでドン引きする量だ。

「課題は終わっているかね?」

「はい」

「うむ……問題なし」

 キララは英語教師。

 毎度のごとく、他の教員から課題を貰ってきては俺に押し付けている。

 俺はそれをこなすことで、内申点を稼ぐことになっている、というわけだ。

 特例らしいけど。頭の固いキララがそんな柔軟な対応をしていることに、若干驚きはある。

「では、食べようか」

「俺、このピリ辛チキン」

「一口ほしい」

「ほら」

「……美味い。やはりハンバーガーチェーンたるもの、大味でなければいけない」

「いや、何その決めつけ……」

「ハンバーガーは庶民のご馳走だぞ、唯少年」

「その少年呼びをやめろ」

「キララ様と呼ぶならやめんでもない」

「キララ様」

「ふあっ!? き、気持ち悪い……!」

「おい」

「君、中々の特技だ。敬語なのに気持ち悪いのは逆に才能だよ」

「そろそろぐりぐりするぞ」

「や、やめたまえ。ぼくの数少ない身長を奪うつもりかい?」

「あんたなぁ……もう少し言葉遣い普通にすればモテるんじゃないの?」

「ぼくのこの豊満なボディにさながら誘蛾灯のように吸い寄せられる男性は星の数ほどいそうだが、生憎ぼくが尊過ぎるのか声を掛けられたためしはない」

「豊満なボディねえ」

「ふふん」

「まぁどうあがいてもロリなんでほっとくけど」

「おい唯少年、ロリとはなんだロリとは」

「ごめん。ペドの方が良かったか?」

「悪化している。ぼくは色気漂う大人の女性だ」

「ほら鏡」

「わお、キューティーガール」

「分かったか?」

「うーむ、君が何が言いたいかおぼろげかつコツコツと認識しつつはあるんだけれども」

「一発で分かれよ。あんた幼いんだよ」

「失礼だな。賃貸の主じゃなければ抗議の一つでもしていた」

「あっそ」

 ピリ辛なバーガーをもぐもぐとやりつつ、コーラでそれを飲み流す。

「ってこれコーヒーじゃねえか」

「大人の嗜みだ。ミルクは入れない」

「いやゲロ甘いよ。砂糖ガッツリじゃんこれ」

「砂糖はセーフ」

「アウトだよ。これ砂糖入りコーヒーの甘さ超えてるから。下の方じゃりじゃりしてるじゃん」

「シュガーを十本くれと言ったら嫌な顔されたんだ。酷いと思わないか?」

「酷いのはあんたの常識だよ……」

 四個目のバーガーを剥いて、キララがそれを食べていく。

 俺はポテトを食べながら、その甘いコーヒーを吸い込む。

 あっまー。

「時にだね、唯少年」

「人の話聞かんな、あんたも」

「今更、ぼくが『唯ちゃん!』とか、『唯せんぱーい!』とか、『唯きゅん……!』とか。言っても気持ち悪いだろう」

「いや問題は呼び方だから。なんで三つの呼称が全部キショいんだよ」

 ていうか先輩ってなんだよ。

 見た目は後輩だけど。

 もごもごと六つ目のバーガーを食べている彼女を見ていると。

 お腹が減ってくる。

 つられて、二個目のバーガーに手が伸びる。

「一口」

「どうぞ」

 そうして。

 今日も夜が更けていった。

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