科学で作る魔法少女
東雲 良
序章
追憶できない記憶
「んっ、パパまた煙草吸ったでしょ」
ソファーに座った父親の足の上に小さなお尻をつけながら、金髪碧眼の四歳の少女はそう言った。
しかめっ面の上に鼻を摘んでいる辺り、どうやらちょっと本気でこの匂いは勘弁願いたいらしい。
「もう、ママもやめなさいって言ってたでしょ」
「い、いやあ違うんだよ? これは煙草じゃなくて葉巻っていうものでな? 煙草より少し良い香りがするんだ」
「ううん臭い」
「うぐっ⁉」
側にあったリモコンを手に取って、ソファーの真正面に位置するテレビをオンにする金髪碧眼の女の子。
気持ちの良い夕方の時刻だった。夕陽が大きな窓から差し込んでくる時間帯になると、画面の中では子ども向けのアニメ番組が始まる。
「今日は魔法少女フローラがいよいよラスボスのアジトに乗り込むの! ステッキが壊れたままなのにどうなるのか超気になる‼」
「へーえ。そんな佳恋ちゃんにプレゼントだー」
「フローラちゃんのステッキだーっっっ⁉」
父親の膝の上から飛び降りて、手渡された包みを掲げる四歳。
アニメ番組のオープニング曲そっちのけでケースをビリビリに破り捨てたパワフルな金髪少女は、白いステッキを目の前で振ったり蛍光灯にかざしたりしている。
ひとしきり堪能すると、彼女はアニメの本編が始まる前に再び父親の膝の上へと戻っていく。
「
「パパありがとう!」
「どういたしまして」
娘がお礼に頬っぺたにキスをすると、父親としては大満足だったらしい。
小さな頭を撫でられながら、宝物みたいにステッキを握り締める少女は疑問を口にした。
「でも今日は私の誕生日じゃないよ。クリスマスは終わったばかりだし。どうして急にプレゼントなの?」
「ご褒美だよ。また算数のドリルをがんばったんだろう? もう高校二年生の計算を理解できるなんて偉いじゃないか、この天才めーっ‼」
わしゃわしゃと大きな掌で金髪を撫で回されるが、少女の中では煙草の匂い以外は全面的に父親の愛を受け入れる方向で決定しているらしい。嬉しそうに満面の笑顔を見せて彼女は言った。正直に。
「えっへへー。パパに似たの。遺伝子が恵まれているんだから天才になるのは当然なの、ふふん」
「嬉しい事言ってくれるな。褒めてもステッキはもう一本出ないぞ」
「えー、出ないのー? 次はフローラちゃんのお洋服が出てくるとお口にチューしてあげようと思ったのに」
「今すぐ買ってこようかな、オモチャ屋さんは何時までだっけ?」
そんな事を言い合っている時だった。
トテトテ、という足音が背後から近づいてくる。夕食の準備を終えた母親がこちらに歩み寄ってきたのだ。三人掛けのソファーの上、二人の座るすぐ側に腰を下ろして黒髪美人な彼女は娘に向かってこう告げた。
「あら、良い物もらったわね。それにパパの膝の上なんて羨ましいなあ」
「むう、パパの馬鹿」
「えっ、今どうしてパパがののしられる流れになった⁉」
「パパはずるい。ステッキも持ってて頭も良くてママまでゲットしている。こんなの色々とリッチ過ぎる」
「じゃあさ、佳恋ちゃん」
「?」
「……もし、パパが死んだら全てあげるよ。隠してるオモチャも知識も、あとあげたくないけどママも。本当に何もかも、全部だ」
「うん?」
「だから約束してくれ。パパがあげたものは全部大切にするって。もちろんママもしっかり守るんだ。約束できる?」
「できる‼ でもパパが死んだらママが悲しむから、まだもうちょっとパパがリッチでいて良いよ!」
この年頃の子どもは、興味の矛先があらゆる向きへと流動的に変わっていく。
指切りを交わした後、すぐにテレビに向き直り、ステッキをぶんぶん振る金髪碧眼の少女。彼女の背後のソファーに座る両親は、いつオモチャが手からすり抜けてこちらに飛んでくるか気が気でないご様子だったが、無邪気な四歳の女児がそんな機微に気付く訳がない。
空を飛ぶアニメのキャラクターにキラキラした視線を送りながら、彼女は胸を張ってステッキを振っていた。どうやらキャラクターになりきるのが楽しいらしい。
「私は魔法少女よ‼ ……はーあー、もう、私もお空を飛びたいなあ‼ 夢の中なら飛べるのにどうして人間はお空を飛べない訳⁉」
「大丈夫だよ、佳恋ちゃん」
「?」
「人間はね、夢を見て空を飛んだ事があるんだ」
☆ ☆ ☆
この翌日の事だった。
金髪碧眼の少女の父親が謎の死を遂げたのは。
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