押しかけ勇者候補のハーレム計画・2
「風呂入ってくる」
なにやらシャッキリした動きで、伸夫は風呂へ向かっていった。
会話もなくもじもじと桂湖を見守っていた薊は、霞の様子を見てほっと胸を撫で下ろすと、いそいそと風呂へ向かっていく。
落ち着きなく貧乏ゆすりをしたり、スマホで意味もなくアプリを立ち上げたり落としたりしていた桂湖は、ちょいちょいと霞を手招く。
あえて薊に視線を向けず、霞は素早く桂湖に歩み寄った。
薊の動きが、桂湖の視界に入らないように。
「……んで、どうだった?」
「マッサージと耳かきを求められましたので、そのように」
いきなり大嘘である。
それに気付く由もない桂湖は、溜息をついて椅子にもたれる。
「ヘッッタレだなノブのやつー! はーつまんね。あれ薊にも手ぇ出してないよね絶対。薊から聞いてる?」
「いえ、そこまでは。ですが、ええ、大したことはしていないでしょうね」
「だよねー! ったく童貞はさー! もっと直接的じゃないとダメかあ……」
ギシギシと数度椅子を揺らして、桂湖はポンと手を打った。
「よし、お背中流しでイこう」
「要は入浴のお世話ですか?」
「そ。よろしく!」
「あなたがなさればよろしいではありませんか」
霞の爆弾発言に、桂湖は見事に硬直した。
次第にその顔が赤く染まっていき、たっぷり三十秒後、どうにか声を絞り出す。
「にゃんだって?」
「入浴のお世話ですよね? あなたがなさった方が効果的かと」
平然と繰り返す霞に、桂湖がプルプルと震える。
もう耳まで真っ赤で、目も潤んでいた。
「えっ……イヤイヤイヤなんで!? ありえねーって! あんた自分とうちのスペック差わかって言ってんの!?」
「万人に通じる美の基準などありませんが、まあそれは措きまして。なぜノブオが薊にも私にも及び腰なのかわかりますか、ケイコ」
「そんなん、あいつがヘタレだからっしょ!」
「それもありますが、一言で申し上げればあなたのせいです」
「は、はぁ!? どういうことさ!」
意想外な話の展開に混乱する桂湖に、霞は淡々と畳み掛ける。
初歩的な話術である。
「それはもう、家に居座って好き放題からかわれれば、腰が引けて当然でしょうとも。そもそも、薊がノブオの元に来たのは昨日ですよ。いくら薊が『据え膳』とはいえ、いくらかは段階を踏みたいのが人情でしょう。この状況ではそれも進展しようがありません」
「まぁそれは……って、だからなんでうちがやるって話になんのさ!」
「あなたが共犯者になれば、恥じる必要もなくなるでしょう? 薊や私が咎めるとは彼も思っていません。あとはあなただけなのですよ、ケイコ」
「……うぅ~~~~~~」
ついさっき伸夫に特大の釘を刺したのも、正直でありたいと言ったのも、忘れ去ったかのような嘘八百である。
もし伸夫にツッコまれたら、霞はこう言い返すだろう。
『これは必要なことなので、致し方ありません』と。
霞の前職は、魔族内の各種族を取り持つ、連合直属の調停官である。
本来であれば手を結べない者、恨み骨髄に達した者同士を、口八丁手八丁で丸め込んできた。
子供を言いくるめるなど、赤子の手を捻るようなものだ。
それは、情が薄いということではないが。
しかし、性根が曲がっているのも、また事実。
「……ノブオの入浴に、それほど時間がかかるとは思えませんが?」
皮肉と陥穽は、霞にとって貴重なストレス解消の手段なのだ。
◇◇◇
当たり前のように薊が入ってきた時、一瞬伸夫は追い返そうかと思った。
しかし、やる気に満ち溢れた薊の顔を見ては、そうもいかず。
その下で揺れるおっぱいを見て、あっさりと受け入れた。
基本、伸夫は欲望に流されやすい。
あとはまあ、話したいこともあったので。
どことなく楽しげに背中を洗う薊へ、思い出したように問いかける。
「最初、犯されるとでも思ってただろ」
「……仕方あるまい。少なくとも私の故郷では、身分卑しき女に入浴の世話をさせるというのは、そういう意味だ」
「身分卑しき、ねえ。んで、いまはそう思ってないわけ?」
「んん、その、どう答えたものか……。それなりに配慮ある扱いをしてくれるようだとは、思っている」
「別に配慮なんかした覚えねえけど」
「君にとっては特別でないのだろうが、私には充分以上だよ。……あちらでの勇者の振る舞いというのは、それは酷いものなのだ。まさか転生前からあんなではなかろう……と、期待はしていたが」
「ふ~~ん」
そこまで言うと、薊は伸夫の背中をシャワーで流した。
それから、シャンプーに移る。
おっぱいが当たるが、今度は手を止めなかった。
伸夫に見えないところで、恥ずかしそうな顔はしていたが。
そうして、照れが入り、かつ手元に意識が集中したところを見計らって、伸夫は本命の問いを投げかけた。
「お前ら、帰れないんだってな」
「……霞から聞いたのか」
「いーや、カマかけ」
「かま……? ああっ!」
咄嗟に言葉の意味はわからなかったものの、言いたいことはわかってしまった薊である。
ぱくぱくと口をわななかせて、プルプル震える。
おっぱいが強く押し付けられて、伸夫はちょっとアレがナニした。
「ず、ずるいぞノブオ! ああーっ、さっきの話は私の動揺を誘うための……うううう! 霞のような話術を使いおって!」
「お前がチョロいんだよ。……やっぱそうなのか」
確かに、霞を参考にした節はある。
それと、霞の話しぶりから察したところもある。
それはつまり、霞が遠回しに伝えたいことでもあるということだが。
さすがに対霞戦の経験豊富というべきか、すぐに動揺から立ち直った薊は、ちょっと乱暴に頭を洗いつつ答える。
「いまのところは、だ。
「でも、片道のつもりでこっちに来た」
「まあ、それはその通りだ」
それが、伸夫にはわからない。
こちらに大した未練もない伸夫と、薊たちは違う。
薊たちは優秀だ。あちらでそれなりの立場もあったろう。
滅びゆく故郷を捨てて――などというタマではないことくらいは、さすがにわかる。
なぜ、故郷に使い捨てられて、誇り高くあれる。
なぜ、こんな扱いを受けて、充分以上などと言える。
なぜ、伸夫如きを護るために、命を懸けられる。
伸夫には、わからなかった。
だから、訊いた。
「なんでだ?」
「んん……これまた、答えようとするとややこしいというか、幾分長い話になるのだが――おや?」
脱衣所のドアが開いて、誰かが入ってくる。
落ち着きのない足音。
霞ではない。
ばさばさと、服を脱いでいる。
えっ誰?と、まだ目を開けられない伸夫が戸惑う。
ばたーんと、浴室のドアが開かれた。
「たッ、たのもーッ! ……って薊!? なんでッ、かかか霞ーーーッ!」
「はぁ!? なんで桂湖ッ――」
バスタオル一枚の桂湖である。
体型はつるんすとんなので、薊のような危なっかしさはない。
眼鏡も外しているので、すりガラス越しでは薊の存在に気付かなかった模様。
テンパった頭では状況判断もままならないが、とにかくなにか霞に騙されたらしいことだけは察して、半裸のまま取って返そうとする。
その時だった。
『風呂場で足を滑らせる』という、ありえる可能性。
それが、過程をすっ飛ばして顕現する。
気付いたときには、桂湖は後頭部から倒れ込んでいた。
「バカッ――!?」
そして、『死の呪い』は連鎖する。
咄嗟に受け止めようとした伸夫まで、不自然に体勢を崩した。
蛇口へ向けて、同じく後頭部から倒れ込む。
「危ないッ!」
その時には、薊はすでに動き出していた。
左手で桂湖、右手で伸夫を捕まえ、もろとも懐へ抱え込む。
当然、バスタオルが外れることなど無視だ。
結果として、二枚のバスタオルが見事に解け、三つの裸体が重なり合った。
「二人とも動くなッ!」
『勇者候補』を抱えた薊は、油断なく中腰で周囲を見回した。
羞恥心は、完全に機能を停止している。
いま敵襲があれば、全裸のまま平然と戦うだろう。
なんの訓練も受けていない伸夫は、そこまで割り切れない。
薊の巨乳が、横っ面に押し付けられてるし。
ちょっと、突起が口に入りそうだし。
片手が、薊の股間に挟み込まれてるし。
というかもう、あちこちぴったりくっつきまくりだし。
シャンプーのせいで相変わらず目は見えないが、非常にいかがわしい体勢だということはありありとわかる。
そんな場合でないこともわかってはいるのだが、そうは言っても相手は薊だ。
ナイスバディの超絶美少女なのだ。
『乳は大きさじゃない』。だがそれはそれとして、『大きいことは素晴らしい』。
それでも薊の体に溺れなかったのは、桂湖がいたからだ。
細い裸体で、伸夫に正面から抱きついている。
微妙にないこともなかった膨らみと、先端の突起も押し付けられている。
ちょっとナニだったアレも、桂湖の薄い腹に食い込んでいる。
桂湖の股間には、伸夫の脚が挟み込まれている。
どっちかといえば、こっちのほうがいかがわしい。
というかもう、どこからが誰だかもよくわからないくらい、みっしり絡み合っている。
なのに、目も見えない伸夫には、桂湖の存在がはっきりと感じ取れていた。
静かな力感を湛える薊の体に対して、桂湖の体だけが冷たく震えていたからだ。
まさか、寒さが原因のわけもない。
実際には、その状況は数秒もなかっただろう。
「無事ですか!」
霞が、すぐに駆け込んできたからだ。
これはどうも、すぐそばで待機していたのだろう。
仕事熱心なことだ、と伸夫は心中皮肉を飛ばした。
「うむ、二人共怪我はない」
「良かった。……どうやら、呪いの発動も終わったようですね」
「恐らくな。ああ、ノブオの頭を流してやらねば」
伸夫はバスチェアに座らされ、シャワーをぶっかけられた。
久方ぶりに視界が戻る。
例によって、薊はすでにバスタオルを身に着けていた。
意地でも全裸を見せたくない――わけではなく、伸夫に巻いとけと言われたのを、律儀に守っているだけなのだろう。
そして桂湖は、未だにひっしと伸夫に抱きついていた。
当然タオルも巻けないので、素っ裸のまま。
アレもコレもソレも直にくっついたまま。
そして、体の震えも止まらないまま。
やや血色の悪い背中も、肉付きの薄い尻も、元の色より青白くなっている。
どうすんだよ、と霞を見上げる。
どうしようもありません、と霞は首を横に振る。
それから、霞は薊の肩を叩いた。
「それでは、私たちは戻りましょう」
「なに? 呪いが発動したばかりなのだぞ」
「だからです。ノブオ、よろしくお願いしますよ」
「いや、おい、霞?」
抵抗する薊を引きずって、霞は去っていく。
しばし揉み合いの後、エロ忍者装束をまとった薊と共に脱衣所を出る。
浴室には、全裸の勇者候補たちだけが残された。
「……風呂桶、浸かるか」
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