読書会に行こう

山内一正

第1話

 宮原高校の昼休み、北村紗江が図書館の雑誌コーナーでサンデー毎日を読んでいる。そこに谷真理が入ってくる。

「遅れてごめん」

「雑誌読んで時間つぶしてたから大丈夫」

「おじさんが読むような雑誌だね」と真理はサンデー毎日の表紙見て言った。

「うちの学校の図書館はこんなのしかないから」

 二人の声が大きかったのか、近くで本を読んでいる村井正弘がこっちをちらっと見て、すぐに本に視線を戻した。

「村井君か。ああいうちょっと王子様っぽい人、紗江好きでしょ」と真理は声量を落として、紗江に言う。

「そんなことないよ」そう言いながらも紗江の顔が少し赤くなる。

「村井君、いつも休み時間は図書館で本読んでるらしいよ」

「そうなんだ……分厚い本読んでるね」

二人は村井が読んでいる本のタイトルを見る。背表紙に『姑獲鳥の夏』と書いてあり、なにやら昔風の妖怪の絵が使われていた。

「なんだろう。妖怪の本かな」

「あんな分厚い本初めて見た。なんで上下に分けないのかな。持ち運ぶのだって大変だよね」と真理はもっともな感想を述べた。

「京極夏彦、しゅうとめ、かく、とりっと」と紗江はグーグルに打ち込むと「京極夏彦 姑獲鳥の夏」という検索結果が多数表示された。

「出てきた? 」

「ウブメって読むみたい。推理小説みたいだよ」

「そうなんだ。そろそろ時間やばいからご飯買いに行こうよ」

「どこにする? 」と聞きながらも、紗江はスマホで『姑獲鳥の夏』を調べていた。 

「アイス食べたいから、ミニストップにしようよ」

「そうだね」と紗江は答えてスマホを見ながら立ち上がった。


紗江は、学校帰りに近くのイオンに寄ることにした。イオンにある書店の新書の棚に行くと京極夏彦関連の書籍が一角を占めていた。どうやら『姑獲鳥の夏』は『百鬼夜行シリーズ』の第一作目でその後も大長編が続くらしかった。紗江は『姑獲鳥の夏』を手に取る。

「やっぱり分厚いし文字も多いなぁ。難しい漢字ばっかりだし、漫画でもいいかな」と考えながら、紗江は棚に並んでいるコミック版の『姑獲鳥の夏』を手に取った。紗江は村井の顔を思い浮かべて、講談社ノベルズの『姑獲鳥の夏』をレジに持って行った。 


 高校の図書館の雑誌コーナーで紗江が『姑獲鳥の夏』を読んでいる。いつものように待ち合わせに遅れて真理が入ってくる。

「ごめん」

「よっ」

「あれ、本読んでる。この前のアレじゃん」

「そう。京極夏彦ね」と紗江は表紙を見せる。

本棚にもたれて読書をしている村井がこっちをちらっと見る。

「漢字ばっかり。よく読めるね」と本の中身を見ながら真理が言う。

「なんか難しい言葉使ってるけど、意外と読みやすいんだよ」

「面白いの? 」

「よくわからないけど、面白いと言ってもいいかも」

「よくわからないのに面白いのか」

「そうだね」

「でもわかりやすいよね。やってることが」と真理は村井のほうをちらっと見て、ニヤニヤする。

「いや、ちょっと興味が出てきただけだよ」と紗江は恥ずかしそうに弁解する。


 村井はいつものように、昼休みが終わる5分前に図書館から出て、教室に向かうため、廊下に出た。ちなみに、三時間目と四時間目の間の休み時間に早弁を済ませ、昼休みは読書に没頭するというのが村井のルーティンであった。大友雄二が話しかけてきた。

「村井」

「よっ」

「あのさぁ、今度の二十八日の土曜日空いてる? アルディージャのサッカーのチケット取ろうと思うんだけど」

「あー、その日は用があるんだよね」

「用って? 」

「読書会」

 トイレから出てきた紗江が二人を見つけた。聞き耳を立てる紗江。

「あー、前言ってたやつ。読書会って何するの? 本読むの? 」と大友は素朴な疑問を投げかける。

「いや、本を読んでくるの。で、その本について五人から十人のグループで話し合う」

「ふーん、お前本好きだもんな」

「まぁね。なんでもそうだと思うけど、共通の趣味がある人と話すと面白いよ」

「サッカーもそうか。同じチームのサポーターと話すと面白いからな」と大友は同意する。

「次はなんの本について話すの? 」

「二十八日は京極夏彦の『姑獲鳥の夏』だよ。これ」と村井はかばんの中から本を取り出す。

 紗江は二人の後から距離を置いて歩きながら、スマホで「読書会」を検索していた。


 様々な国籍の美男美女の従業員が働いている銀座にあるモンスーンカフェ。有楽町駅からほど近いというアクセスの良さとキャパの広さから読書会で使われることも多い。十代村井から三十代半ばくらいの五人の男女が一つのテーブルに座っている。紗江がカフェに入ってきた。紗江は村井のいるテーブルを見つけて近づいてきた。二十半ばくらいのいかにも仕事ができそうな外見の立花里香が、紗江に声を掛けた。

「北村さんですか? 」

「はい」と紗江は答える。

「あれっ」と村井は声を上げる。

「よっ」と紗江は軽く返す。

「あれ、知り合いかな」と太田直彦が聞く。

「同じ高校なんです。」と答える村井。

「では時間になりましたので、全員集まったようなので、そろそろ読書会を始めたいと思います」と里香は宣言する。

「では、自己紹介を始めたいと思います。私から時計回りにいきましょう。この『キズナ読書会』を主催している太田直彦と申します。某インフルエンサーのオンラインサロンで立花さんと出会って、お互いに読書が好きだということで読書会を始めることにしました。月に1回くらい東京都内のカフェで読書会を開催しております。課題本は主に日本の現代小説にしています。今回は幅広い層に人気のある京極夏彦の読書会と言うことで若い参加者も来てくれました。あっ、言い忘れましたが、仕事は出版社で書店営業をしています。今日はよろしくお願いします。」と太田は、村井と紗江のほうを見ながら挨拶をした。太田は目線で立花を促した。

「立花里香と申します。外資のコンサル系の会社で働いています。最近入社したばかりの新入社員です。推理小説がすごく好きで、京極夏彦も大好きです。今回の『姑獲鳥の夏』も好きなので語れるの楽しみにしてきました。みなさんよろしくお願いします」

 紗江の番になってしまった。緊張しながらも紗江は話し始める。

「北原紗江と申します。埼玉の高校に通っています。本はあまり読まないんですけど、今日は京極夏彦の『姑獲鳥の夏』をネットで調べて読書会があることを知り、参加することにしました。今日はよろしくお願いします」

「今日は村井くんが北原さんを誘ったのかな。同じ高校だよね」と太田が紗江に聞く。

「いや私が勝手に見つけまして……たまたまですよ。たまたま」と紗江が照れて言う。

「たまたまねぇ」と太田はニヤニヤしている。

「じゃあ、村井君お願いします」

「村井と申します。学校で本が好きなやつがいなくて、好きだとしてもライトノベルとかなので、本の話ができる知り合いができたらいいなと思って参加しました。京極夏彦の『百鬼夜行シリーズ』も全部読んでいて、今回改めて『姑獲鳥の夏』を読み直して、やっぱり面白いなぁと思いました。今日は語れるのを楽しみにしています。よろしくお願いします」

 眼鏡をかけたいかにもホワイトカラーの管理職といった風情の中年の男性が話し始めた。

「杉田と申します。私は単身赴任で東京に来まして、家族は広島におります。読書からかなり遠ざかっておりまして、たまには本も読まなくてはと思い、こちらの読書会に参加するようになりました。京極夏彦は今回初めて読みました。とても興味深かったです。よろしくお願いします」

「はい。全員の自己紹介も終わったので、軽く感想を同じように、時計回りに話していくことにしましょうか」と里香が言う。


紗江は、酔っ払いだらけの埼京線に座っている。手すりにもたれた紗江の顔は疲労に満ちている。あー、全然喋なかったなぁ。みんないろんな読んでなぁ。落ち込むなぁ。村井君に軽蔑されたかなぁ。紗江は思い返す。主催の二人も適切な相槌を打っていたし、サラリーマンのおじさんも本を読んでいないというわりにはいろんなことを知っていた。村井君もあの歳にしては、ほかのメンバーについていけるくらい本を読んでいるように見えた。みんなと自分とでは知識量が違いすぎるし、本を読んで考えることも浅い気がした。情けないなぁと

と紗江はため息をつく。


高校の図書館で紗江が本を読んでいる。

「よっ」と真理が入ってきて、紗江に声を掛ける。

「よっ」と紗江は返す。

「最近、雑誌読まないで、本読んでるね」

「この前、京極夏彦の読書会行ったんだ。」

「うん、それで? 」

「それで結構、京極夏彦の小説って深くて、哲学とか脳科学とか心理学とかが入ってて、みんな難しいことを話しているのに、私はなんも言えなくて……悔しいからもっと本読んで」色んなことを知りたいなと思って」

「確実に、村井君の影響受けてるね。急に変わりすぎ。ニワカかよ」

「みんな最初はニワカだよ。村井君というより、あの小説を読んで自分の知らない世界がこんなにあるのかって新鮮で、勉強しなくちゃだめだと思った。学校の勉強だけじゃない世界がこんなにあるって思って、もっと学ばなきゃなーって」

「紗江は結構外見チャラっぽいわりに勉強できるよね。いいことだと思うよ。ところで今日は何読んでるの? 」

「哲学用語辞典。結構面白いよ」と書店のカバーを取って、本の表紙を見せる。

「倫理で習うようなやつだね」

「倫理の教科書より詳しく書いてあって面白いよ。哲学とか心理学とかを幅広く勉強できる大学に行きたいな」と紗江は夢見るような表情になる。

「大学の学科だったら、哲学と心理学どっちか絞らないとダメなんじゃないの」

 いつもは黙って、作業をしている近くにいる女性司書が急に話に割り込んでくる。

「それなら、教養学部に行くといいよ。教養学部なら哲学とか心理学とか専攻を入ってから決めればいいから」

「そ、そうなんですね」と突然割り込んできた司書に驚く紗江。

 紗江は、高校の近所の本屋で、国際基督教大学教養学部の赤本を買い、帰路に就いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

読書会に行こう 山内一正 @mitsuwo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る