十五、そこが欲しいんです

 私は籠を背負って商店街へとやってきた。今朝、野菜を売って得たお金は三千八百リムだ。昨日の残金と合わせて、現在の所持金は四千百リムもある。野菜を売ったことで籠が軽くなって、ようやくひと息吐いた。


「ブロッコリーとカリフラワー、おばさん喜んでたな。これだけあれば目的のものが全部買えるかもしれない」


 まずは雑貨店に行ってみよう。朝の雑踏をかき分けて商店街の通りを東へ進むと、雑貨屋らしい看板を見つけた。ペンキがあるといいんだけど。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ」


 応えてくれたのは三十才くらいのお兄さんだ。雑貨屋のお兄さんは何やら忙しそうだ。商品を箱から出して棚に並べている。

 お兄さんの背よりもかなり高い棚が店の壁を埋め尽くしている。それぞれの棚にぎっしりと商品が詰まっていて圧迫感が凄い。もし地震が起こったら大変な事になりそうだ。カウンターの横には棚の上から取り出すためのものと思われる脚立が置いてある。

 棚には私が見たこともないものが雑多に並んでいて、その種類の多さに圧倒されてしまう。この中から目的のものを探すのはすごく大変だろう。

 雑貨屋のお兄さんは私が来たのを見て手を止め、立ち上がって話しかけてきた。


「何が欲しいんだ?」

「えーっと、黄色のペンキと、ニスと、刷毛、それと吊り看板を吊るすの必要な金具ありますか?」

「ペンキとニスは大きい缶と小さい缶があるけど、どっちがいいのかな?」

「えっと、小さくていいです」

「分かった。ちょっと待ってね」


 お兄さんは棚から商品を選んで手際よく取り出していく。全ての商品を手に取ったあと、カウンターへと持っていってくれた。こんなにたくさんの商品の中から迷いなく目的のものを取り出すなんて凄いと思う。

 お兄さんがにっこりと笑って話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、偉いね。お父さんのお使いかい?」


 ――うん、もう慣れました。

 今さらだけど、日本と比べると私はさらに幼く見えるようだ。


「私が作るんです。あと、私は十五才です」

「そ、そうだったんだ。ごめんごめん」


 お兄さんは驚いたように目を丸くして、慌てて謝ってくれた。別にいいんだけど。


「いいんです、慣れてますから。それで、おいくらでしょうか」

「全部で二千九百リムだよ」

「うっ、結構するんですね」

「うん、そうだねぇ。……ニスを上から塗るんだったら顔料絵具でいいんじゃないか? そんなに量は要らないんだろう?」

「はい」

「それだったらほら、こっちでどうだい? ……これなら五百リムだから、全部で千リムは安くなるよ」


 お兄さんは学校の教材の絵の具よりも、かなり大きな金属のチューブに入った絵具を出してくれた。これなら看板に文字を書くのには十分な量だ。

 ――全部で千九百リムか……。それならコンソメスープの材料も買えるかもしれない。


「じゃあ、それください」

「はい。それじゃ全部で千九百リムね」

「……はい」

「……それじゃ、百リムのお釣りだ。ありがとう、また来てね。それと看板づくり頑張ってね」

「ありがとう、お兄さん」


 感じのいいお兄さんだった。お兄さんはニコニコと笑って手を振ってくれた。

 現在の所持金は昨日の残りと合わせて二千二百リムだ。白ワインはいくらだろうか。安いのでいいんだけど。

 私は雑貨屋の二軒先にある酒屋へ行ってみることにした。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ」


 今度は綺麗なお姉さんだ。エプロンを着けて可愛らしい恰好をしている。なんかいいな。

 酒屋にはいろんな種類のお酒が所狭しと並べてある。そして店の窓にはカーテンが引いてあり、店内には朝からランプが灯してある。お酒の管理のためだろう。


「白ワイン、ありますか?」

「ええ、あるわよ。ワインはこっちよ」


 お姉さんはワインの置いてあるコーナーへ連れていってくれた。赤や白のたくさんのワインが並んでいる。どれがいいのか分からない。ちんぷんかんぷんだ。


「あの、一番安い白ワインでいいです。あ、薄めてるのはなしで」

「フフ。うちは粗悪品は置いていないから安心して。まさか貴女が飲むんじゃないわよね?」


 どうせまた幼い子どもに見られているんだろうけど、説明するのも面倒臭くなってきた。


「違います。料理に使うんです。だから安いのでいいんですが……」

「えっ!? 料理にワインを使うの?」

「……? ええ」


 どうやらこの世界ではワインを料理に使わないらしい。味覚の水準が低いのか美味しいの基準がずれてるのか。


「そんな勿体ないことをするなんて……。まあ、安いのでいいのならこれがいいかしらね。ライネ産の若い白。一本千リムよ」

「じゃあ、それをいただきます」

「袋に入れた方がいいかしら?」

「いえ、籠があるので大丈夫です」


 千リム……思ったよりも安くて済んだ。これで所持金が千二百リムだ。それにしてもこの世界の白ワインは日本の白ワインと同じものなのだろうか。ちょっとだけ不安だ。

 精算を済ませたあと、この店に来たときから気になっていたことを尋ねてみた。


「ところで、お姉さんのそのエプロン、可愛いですね」

「あら、そう? 私が自分で作ったのよ」

「そうなんですね。すごく素敵です」


 そういうとお姉さんは嬉しそうに破顔した。だって白くて縁にフリルがついてるけど甘さ控えめで、私の好みだったのだ。


「まあ、嬉しいわ! ……そうだ! もし気に入ったのなら私の小さいころのおさがりをあげるわ。エプロンもあるし他のお洋服もあるから」


 お姉さんはお店の奥へと入っていった。そしてしばらく経ってから戻ってきた。


「気に入るといいんだけど……。というか、持てるかしら」

「ありがとうございます。嬉しいです。頑張って持って帰ります」


 本当に嬉しい。何でも言ってみるものだ。ずっと学校の制服を着たきり雀だったから、お姉さんの心遣いが本気で嬉しい。服が山盛り入れられた紙袋が四個あるけど、両手にぶら下げれば何とか持って帰れる。


「お姉さん、服はあとから取りに来てもいいですか? お肉屋さんに用事があるので」

「ええ、いいわよ。用事が終わったらいらっしゃい」


 お姉さんは快く頷いてくれた。私は酒屋をあとにして、肉屋へと向かうことにした。あの眼鏡をかけた白髪のおじさんのいるお店だ。


「牛の赤身の肉と鶏ガラが欲しいけどあるかなぁ」


 あまりお金が残っていないので、取りあえず使わない部位を安い価格で片っ端から貰えればいいかと思っている。

 肉屋に到着したので早速白髭のおじさんに尋ねてみた。


「おじさん、牛と鶏の捨てるようなところ、ありませんか? できれば骨も」

「そりゃああるけど、そんなもの何に使うんだい?」


 やっぱりこの国には骨からダシを取るブイヨンやコンソメ的なものはないのかもしれない。今後廃棄される部位を安くで譲ってもらうためには……言わない方がいいよね?


「うちの犬が好きなんです」

「そうかい。うちは引き取ってもらえるとありがたいから助かるが。そうだな、牛は腱の部分と骨と内臓、鶏は骨と内臓くらいだよ?」


 ――いやいや、そこが欲しいんですよ。

 私はおじさんの言葉を聞いて内心有頂天になった。おじさんが挙げたのはまさに欲しかった部位だからだ。普通の肉がないのは分かっていたし。


「ええ、構いません。捨てる部分は全部ください。あ、でも新鮮なものだけでお願いしますね」

「勿論だよ。いくら犬に食わせるものでも古いものは持たせないから安心しなさい」

「それと、鶏のモモ肉三百グラムください」

「ああ、待ってなさい」


 ホルモンとレバーも手に入りそうだ。内臓までもらえるなんて嬉しい誤算だ。おじさんは店の奥へ行ってしばらくして戻ってきた。紙袋一杯の『何か』を持って。


「おいくらですか?」

「ああ、モモ肉の代金四百五十リムだけもらうよ。他はただであげるから」

「ありがとうございます」


 ――うわぁ、宝物をただで貰った気分! お金、千四百五十リムも残った。

 現代の日本だと全ての部位に利用価値があることが分かっているから、例え内臓や骨でも無料で手に入れられることはないだろう。私は鶏のモモ肉と、牛と鶏の『何か』を籠に詰めて肉屋をあとにした。

 あとはハーブだけど、コンソメスープに欲しいのはローリエ、タイム、パセリだ。パセリとタイムは旬ではないし、ローリエは木の葉っぱだから畑からは取れない。だけど……


「乾燥したものなら魔法の冷蔵庫からも出せるかもしれないな。胡椒は出せたし」


 ホクホクしながら酒屋へ寄って、お姉さんから服を受け取った。丁寧にお礼を言ったら、お姉さんは「まだあるから今度あげるわ」と言ってくれた。酒屋で買い物というと、あとはお菓子用の洋酒を買いに来るときか。

 私は籠一杯の荷物と、両手いっぱいのおさがりの服を持って家へと戻ることにした。

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