十三、看板づくり

 看板の板、どうしよう。お金は三百リムしか余ってないし。お店を開く前に準備しないといけないことが山ほどあることに気付いて、私はパンクしそうな頭を抱え込む羽目になった。


「木の板、木の板……。うーん、どうしたら手に入る?」


 今考えつく方法を順番に整理していく。まずは商店街で買ってくる。これは費用がいくらかかるか分からない。

 次に廃材を拾ってくる。そんなに都合よく木の板が落ちているか分からない。

 最後に森で拾ってくる。森には獣がいる。獣対策がない以上踏み込むのは危険だ。ただ対策は近いうちに何とかしないといけないとは思っていた。

 ――なぜって?


「果樹園にすっごく行ってみたいから!」


 森の獣対策なんて全然思いつかないけど。これは追々考えないといけないけど今すぐどうこうできることじゃないと思う。

 街のゴミ捨て場……ちょっと行ってみるか。もし手頃なゴミがなかったらそのときは材料代が貯まるまで、大人しく野菜を売りに行くしかない。


「ムーさん、ノコギリとか釘ってある?」

「あるよ~」

「そっか、よかった。ありがとう」


 どうやら前の住人である『彼女』はDIY好きの女性だったようだ。ラッキーだ。この家には変な家具がいっぱいあるから、考えてみれば別に不思議ではない。とりあえずまだ明るいし、街のゴミ捨て場へ行ってることにした。


  §


 野菜屋のおばさんに聞いて街のゴミ捨て場へとやってきた。思ったよりもいろんなゴミが捨ててある。だけど流石エコロジーな世界だけあって、日本に比べるとゴミが格段に少ない。

 いろんなものが捨ててある中で、私は早速目的のものを探すことにした。


「足の折れた椅子、壊れた木馬、なんだかよく分からない折れた棒……。うわ、着古しの衣服まである。……お、これなんかいいかも」


 私が見つけたのは側面に大きな穴の開いた木製の棚だった。赤茶色で、ニスが塗ってあるのか表面に艶がある。

 それにしてもどんな経緯でこんな穴が開いたんだろう。想像するだに恐ろしい。棚本体ごと持って帰れればいいんだろうけど、とても重そうだ。


「この中板、外れないかな……」


 少し躊躇はしたけど、ゴミ捨て場の中へ足を踏み入れた。棚に近付いたあと、左手で棚の本体を押さえながら右手で中板を動かしてみる。少しグラグラするようだ。いい感じかもしれない。

 私はいけると思ってニッと笑った。上下に動かしてみたり、掌底を当ててみたり、色々試してみる。結構苦戦して、ようやく棚の中板を外すことができた。

 そして最後までゴミ漁りを誰かに見られることはなかった。誰かに見られたらちょっと恥ずかしい思いをするところだった。ラッキーだった。


「あとはこの板に金具を付けて……。はっ。ペンキは多分ないよね」


 この板だと明るい黄色で文字を書いたらいいかも。黄色のペンキと吊り下げるための金具を買えばいいか。どっちにしても今持っている三百リムでは買える気がしないから、明日の朝になったらまた野菜を売りに行こう。

 私は中板を両手に持って鼻歌交じりに家へと戻った。


  §


 私はムーさんと看板作りに取りかかることにした。ムーさんは応援と相談役だ。少し眠そうだけど。

 私は居間の床に座り込んで拾ってきた板を目の前に置いた。そして腕組みをしながら出来上がりの看板を想像してみた。


「パンとお菓子の店だから、パンの形ってどうかな」

「うん、い~んじゃない?」

「隙間の先にある店だから、店の名前は『すきま家』ってどうかな」

「うん、いいと思うよ~」

「……今日の晩ご飯はお休みしようかな」

「うん、い~と思う~。…………ええ~っ!?」


 ムーさんは半分夢の世界にいたみたい。晩ご飯なしは嘘だ。心ここにあらずって感じだったからちょっと揶揄ってみただけだ。


「嘘だよ。眠かったら寝ててもいいよ。今から工作を始めるから」

「じゃあ、ボク、ちょっとお昼寝する~。分からないことがあったら声をかけてね~」


 ムーさんはそう言ってフワリと消えた。寂しくなんてない。別に一人でも平気だし……。

 私はノコギリを右手に持って中板をダイニングの椅子の上に載せた。そして左足で押さえながら板の縁にノコギリを当てる。


 ――ギーコギーコ


「ん、結構硬いな。……まあ、頑丈なのはいいことだよね」


 ――ギーコギーコ


「角取れてきたかな……」


 ――ギーコギーコ


「これ、今日中に終わるのかな……」


 ――ギーコギーコ……


「ギブアップ……。もう無理……」


 結論から言うとを上げた。棚の中板は思ったよりも硬くて、想像したようには切れない。私の頭の中では、中学校の技術工作室にあったような電動糸鋸でスル~っと綺麗に切れるイメージだった。だけど家にあったのは普通のノコギリだし手作業だしで、実際には全く想像通りに切れない。

 悪戦苦闘しているうちにすっかり陽が落ちてしまった。夢中になってお昼抜いちゃったし、お腹が空いたなぁ。


「下手に手を加えなければよかったのかもしれない。四角いままのほうが綺麗だったかも……」


 作業を振り返って肩を落としていたら、ムーさんがまだ眠そうな目を擦りながらフワリと現れた。


「フワァ~~。ウメ~、お腹空いた~。あれ、これダンゴムシの形?」

「……カ、カレーパン」

「かれ~ぱん? 何それ美味しいの~?」

「う、うん。すっごく美味しい」

「ふぅ~ん。今度作ってぇ」

「ま、任せてっ」


 ムーさんが涎を垂らしながらじぃっと看板を見つめている。私はなんとなく目を逸らしてしまった。

 あんまり丸くならなかったからカレーパンと言うのも苦しいけど、そういうことにしておこう。

 明日の朝は黄色のペンキとニスと刷毛、そして金具を買ってこよう。明日中には看板を仕上げて明後日開店だ。


「さて、晩ご飯何食べたい?」


 私は未だ欠伸が止まらないムーさんに晩ご飯のリクエストを聞いてみた。

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