十二、また来てね~

 ベルトホルトさんは幾分か落ち着きを取り戻したものの、ムーさんを目にした衝撃からはまだ少し立ち直れないようだ。ダイニングには甘くて香ばしい香りが漂っている。パンケーキは熱いうちに食べたほうが美味しい。私は二人に食事を促した。


「熱いうちに食べてください」

「あ、ああ、そうだな。いただきます」

「いただきま~っす」


 ベルトホルトさんはパンケーキを目の前にしてごくりと唾を飲んだ。そしてフォークとナイフを手に持って、バターを広げて一口分カットして口へ運んだ。モグモグと咀嚼してゴクンと飲み込んで目を丸くする。


「これは美味い……。全然カボチャっぽくないな。フワフワして自然の甘味があって美味しい……。甘いものはあまり好きではないが、これならいくらでも食べれるよ」

「よかったです。まだまだ焼いてますから、お代わりもありますよ。ムーさんはどう?」

「ボクの自慢のカボチャ、甘くて美味しぃ~。ボクもお代わり食べた~い」


 ムーさんは手掴みでパンケーキを掴んで、そのまま齧りついている。そして口いっぱいに頬張っている。なかなかワイルドな食べ方だ。私はベルトホルトさんとムーさんの美味しい笑顔を見てほんわりと幸せな気持ちになった。

 そんな二人を眺めながら、ふと気になっていたことを思い出した。そしてそのことを思い切ってベルトさんにお願いしてみることにした。


「ベルトホルトさん、ムーさんのことは他の人には秘密にしてもらえると助かります」

「うん? なるほど、分かった。言わないよ。精霊を見たなんて言ったら夢でも見てたんじゃないかと言われるのがオチだ。私自身もノーム様と今一緒に食事をしているのが信じられないくらいだからね。」

「ありがとうございます」

「ボクも騒がしいの嫌だから、助かる~」


 ベルトホルトさんの言葉を聞いて安心した。私も騒がしいのは嫌だ。ムーさん見たさに人がいっぱい訪ねてくるなんて想像しただけでもぞっとする。

 ベルトホルトさんからこの世界のいろんな話を聞きながら、作った生地を残さず焼いた。あつあつふわふわカボチャパンケーキは、ベルトホルトさんとムーさんに大好評だった。これなら野菜嫌いのベルトホルトさんでも食べられそうだ。二人に満足してもらえたことが嬉しい。


「それじゃ、そろそろ私は行くよ。ウメちゃん、ご馳走さま」

「お粗末さまでした。よかったらまた立ち寄ってください」


 私はベルトホルトさんを店の入口で見送ることにした。ベルトホルトさんは去り際にニコニコ笑いながら手を振ってくれた。私はそんなベルトホルトさんの背中が見えなくなるまで手を振った。そしてベルトホルトさんの姿が見えなくなったあと、ふっと寂しくなった。


「ベルトホルトさん、父さんみたいだったな……」


 扉の枠に頭を預けてぽつりと独り言を呟いた。すると……


「ウメ、寂しくなっちゃったの~?」

「わぁっ! ムーさん、いたの!」


 飛び上がるくらい驚いた。全く気付かなかったけど、すぐ後ろにムーさんがふわふわと浮いていた。


「うん~。元気出して~」

「ありがとう。……さて、後片付けでもするか」

「ボクも手伝うよ~」


 私は調理場へ戻って後片付けを始めた。使いかけのバターや牛乳を冷蔵庫に入れたあと、小麦粉をどうしようかと考える。冷蔵庫に入れたほうがいいか。すぐに虫が湧くし。


「ウメ~。冷やさなくてもいいならそこに片付けるといいよ~」


 そう言ってムーさんが指さしたのは何の変哲もない木製の棚だ。私はどうしてこの棚なんだろうと不思議に思う。


「小麦粉は虫が湧きやすいから冷蔵庫に入れようかと思ってたんだ。でも確かに冷蔵庫の場所を取っちゃうんだよね」


 五キロ入りの袋を買ってしまったから。でも小麦粉は商品のパンとお菓子を作るのにたくさん必要になると思ったのだ。


「うん、だからそこの棚がいいよ~。時間停止の術式が組んであるから~」


「ん、何、じかんていし?」

「うん、棚に置いた物の時間を進めないようにするの~。劣化を防ぐから便利だよ~」

「虫、湧かない?」

「うん、湧かな~い」

「そ、そうか。じゃあここに置く」


 私はムーさんお勧めの魔法のストッカー食品棚に小麦粉を置くことにした。なんて便利な代物なんだろう。もしかして……


「これも『彼女』が作ったの?」

「うん、冷蔵庫もその棚もこの家のあちこちに仕込んである術式は全部カノジョの仕事だよ~」

「彼女って、魔女なの?」

「う~ん、分かんな~い」


 ムーさんは機嫌よさそうにその場でくるくる回っている。お腹がいっぱいになったからだろうか。

 ムーさんの言う術式って多分魔法のようなものだろうと思う。ムーさんに魔女という概念がないのかもしれない。でもこれだけのものを残していった『彼女』と呼ばれる前の住人は、魔女と考えていいかもしれない。

 私は使いかけの野菜を次々と魔法のストッカーに置いていく。そして最後にムーさんが下げてくれた食器を洗いながら考える。

 取りあえず魔女のことは置いておこう。明日からは朝のうちに野菜を売って買い物を済ませて、帰ってから夜まではお店を開いてみる。夜は次の日の商品を作るって感じでいいかな。


「だけどこんな奥まった店、お客さんなんて来るのかな……」


 明日様子を見てみて、場合によっては対策を考えないといけないかもしれない。


(ん……ちょっと待って)


 さっき買い物から帰ってきたときに見た、このお店の外観を思い出してみる。もしかしてお店なのに……


「看板がないじゃん……」


 看板がなければお店は開けない。そういえばお店の名前も決めていない。まだしばらくは野菜売りをしなくちゃいけないみたいだ。

 それにしても看板の板、どうしよう。お金は三百リムしか余ってないし。お店を開く前に準備しないといけないことが山ほどあることに気付いて、私はパンクしそうな頭を抱え込む羽目になった。

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