公共孤独死相談所ハローデッド

上伊由毘男

公共孤独死相談所ハローデッド

 公共孤独死相談所。深刻な高齢化により増加する孤独死に関するトラブルを防ぐための行政機関だ。

 アパートでひとり暮らしをする小藤久志は、今年、アパートの更新に必要となる『孤独死相談票』を作成するためにここに来た。小藤は、普通の会社ならとっくに定年になってる年齢だ。

 相談所に入る。はじめて来た小藤は入口で簡単な受付を済ませると、相談窓口カウンターに座った。しばらくすると柔和な顔をした中年女性が出てきた。

「今日担当します奈良宮といいます。よろしくお願いします。孤独死相談票の件でということですので、まずこの書類の太枠の中を全て書いてください。わかるところだけでいいので」

 彼女が持ってきた書類の名前こそ『孤独死相談票』だった。

 小藤は、住所氏名生年月日ほか、現在の生活やこれまでの経歴に関する情報をひと通り書き、ペンを置く。すると彼女は「じゃ、拝見しますね」と相談票を自分の側に向け、ふむふむという感じで書類をチェックし、時々は何かを書き込んだりしていた。



「小藤さんは今のアパートでずっとおひとり暮らしされてらっしゃる」

「はい。ひとり暮らしの高齢者は、アパートの更新に孤独死相談票が必要になったと大家さんに言われて、それで」

 奈良宮は相談票を見ながら窓口カウンターにあるパソコンをカシャカシャと操作した。スーパーのレジの人みたいに慣れた手つきだ。

「今の会社に結構長くお勤めですが、契約社員なんですね。正社員にはならなかった?」

「正社員登用制度がない会社だったんですね。それを理由に辞めることも難しかったですが・・・」

「こういってはなんですが、あまりお給金もよろしくないようで。生計はうまくいってますか?」

「いつもギリギリですね。何年勤めても給料は上がりませんし、体が弱いので残業もできず、契約社員なのでボーナスも出ません」

「貯金などは?」

「そんな余裕はとても・・・」



 パソコンの画面を見ながら奈良宮は話を聞き、小藤の話の内容を確認しているようだった。あのパソコンを使うと、個人のいろんな情報を入手できるようになっているらしい。そういえば相談票に、個人情報だかなんだかの調査に“同意する”のチェックをした気がする。



「相談票が必要ということは、独身で」

「はい」

「ご家族は」

「皆、他界しまして」

「お子様は?」

「ずっと未婚なので。子供はいません」

「すると、生活の支援や、のちのち介護をしてくださるような方も」

「・・・あては、ないですね」



 小藤は、先生に叱られた子供のようにうつむくながら答えた。こんなことまで訊かれなきゃいけないのかとややイラつきながら。

 奈良宮は少し考え込むと、相談票に鉛筆で何か書きこみながら、パソコンを軽快に操作した。そしてパソコンの画面を小藤に向けて説明をはじめた。



「簡単なシミュレーションですが。仮に、年金支給の年齢まで働くことができたとしても、その後生活できなくなってしまうんですよ。金銭的に。年金って言っても、今までの収入が少ない人は支給される額も少ないですから。それに契約社員ってことは、いつ失業してもおかしくないわけで。はっきり言ってしまうと、このままだとアパート更新してもお家賃払い続けられるかわからない、ってことになります」

「・・・もっと、働いて、収入増やさないと、ってことですか」

「それができればいいんですけど、小藤さん今からできますか?特に有用な資格をお持ちでもないようですし、職歴も、こういってはなんですが特別なご経験もないようですし。今の年齢で今より条件の良いお仕事への転職が・・・できればいいとは思いますけど。普通はどこも若い人を採るでしょうから」 



 かなり重要な話をしているはずの奈良宮だが、声のトーンは特に変わらない。

「それとですね、小藤さん。医療機関のデータを見ると、お体があまり丈夫でないようで。健康リスク高めってことになってます。お心当たりありますでしょうか」

「それは・・・若い頃、スーパーで名ばかり店長みたいな状態でずっと働いてて、体を壊しちゃったんですよ。その時、精神の方もやられてしまって。回復しても今までと同じってわけにいかなくて、できる仕事にも制限ができてしまったんです。運良く心身ともに負担の少ない今の仕事に就けて、それでなんとかこの歳まで働いて自活することができました」

「やはり現在も生活に影響が?」

「健康な人たちと全く同じような生活、というわけにはいかないなあと感じることはあります」

「すると・・・ご高齢の方がひとり暮しするのに、安心とは言えない状態、ってことになりますかね。いつどんなご病気になるかわからない状態というか。そういう方が、万が一の時に気づいてもらえる奥さんやお子さんもいない、というのは、例えば大家さんの立場で考えると、心配にはなるでしょう」



 奈良宮は話しながら、こういった内容をサラサラと相談票に記入していく。パソコンの画面と相談票とを交互に見ながら、何かをチェックした様子の奈良宮が言う。

「どうします。相談票お出しします?」

「相談票無いと、アパートの更新できないって大家さんに言われたんで・・・」

「う〜ん、大家さんがそう言うってことは、あなたが孤独死するかもって心配してらっしゃるからだと思うの。でもこの内容でお出ししても大家さんに安心してもらえるかどうか」

 心配、というのが憐憫を意味しているのではないことは、小藤にもわかっている。

「安心してもらえないってことは、アパート更新できないってことですよね」

「そうなると思いますよ」

 二人は黙ってしまった。



 ややあって、ゆっくりとそしてしっかりした口調で、小藤が話しはじめる。

「ということは、これ、この内容だと、今のアパートも更新できないし、今まで奈良宮さんがおっしゃってたこと考えると、新しいアパート借りることもできないんじゃないんですか?なんとかならないですか。家を失う、住処が無くなるって大変なことじゃないですか」

「それはもちろんそうですよ」

 奈良宮は急に口を開き、明朗に言った。

「でも孤独死はもっと大変なことなの。だから、そうならないように、今こうしてお話してるんです」

 何かに急かさせるように小藤が言う。

「私としては、できれば今のアパートに住み続けたい。それが無理なら、違うアパートに引っ越さなきゃいけない。そうするためには、今の相談票の内容じゃダメなんですよね。じゃ、どうしたらいいんですか」



 奈良宮はため息のようにゆっくりと深く息を吐き、急に教科書的な説明をはじめた。小藤はやや面食らった。

「原則、ひとり暮らしをされてる高齢者の方がアパートやマンションを借りたり、あるいは賃貸契約を更新する場合には、孤独死相談票の提出が求められます。孤独死相談票の内容に問題がなければ、アパートの更新もできますし、新しいアパートに引っ越すこともできるでしょう」

「どんな内容だったら、問題が無いんですか?」

「まずは健康であること。ご病気の心配が無いことですね。あるいは、安定したお仕事に就いていて、お働きになった収入で自活してらっしゃること。お勤めなら、同僚の方が異変に気づく可能性が高いですから」

「私も働いている」

「お金の話もですけど、むしろ健康不安のほうが孤独死に関しては問題です。おわかりですよね。急なご病気だったり、ちょっとしたケガで動けなくなったり、困窮してろくに食べることもできないまま飢えて倒れる。だけどそれに気づく人がいない。自分で救急車を呼べなければ、そのまま孤独死です。発見が遅れれば遺体の状況は悪くなって、物件を傷つける。だけど遺族のいないあなたじゃ大家さんは物件を傷つけられっぱなし、誰にも弁償させられないんです。遺品を片付ける人も引き取る人もいないから、そういうのも全部大家さんの側でやらなきゃいけなくなる。そういうことを防ぐために、こうしてお話してるんです」

 奈良宮はやや早口で一気に話した。



 しばらく黙ってた小藤だったが、あきらめたようにつぶやいた。

「もうホームレスになるしかないんですかね」

「そんなことはないわ。孤独死相談票の内容によっては、緊急対策用の賃貸住宅を借りるという手もあります」

「そうなんですか?!」

「まあ、今、二年待ちって言われてますけど・・・」

 小藤は心底ガッカリし、そんなんだったら最初から言うなよと奈良宮を少し恨んだ。アパートの更新は今年なんだよ。

「じゃあ、ホームレスになるしかないってことで」

 小藤が相談表を乱暴につかみ、そう言って立ち上がろうとすると、奈良宮は「ちょっと、ちょっとまってちょうだい」と、窓口カウンターの電話でどこかに連絡した。役所にホームレスを推奨されたなんて話が広まるのはまずい。

 電話を切ると、奈良宮は言った。

「二階へ、二階へ上がってください。ホームレスにならないように対策を考える担当者がいるので。階段上がってすぐの部屋です」






 小藤は言われたとおり、孤独死相談票を持って二階の部屋へ行く。その事務室では、濃いグレーのスーツを着た若そうな男が座って待っていた(小藤から見れば誰でも若いが)。

「小藤さんですね。担当の林中です。よろしくおねがいします」

 ひんやりした事務室で林中と二人きりになった。机の上には林中が使うであろうノートパソコンがあった。

 小藤から孤独死相談票を受け取った林中は、ざっと目を通すと話しはじめた。

「アパートの更新の際に必要になる、ということで、今回この書類をお作りになられた。ですが、残念ながら小藤さん。この相談票で納得してくれる大家さんや不動産屋さんは、ないでしょうなあ。お金はない。身よりもない。それに健康不安もある。お金があれば、こういう相談表の内容でも住める住宅はあるんでしょうけど。監視サービスの付いた、孤独死対策住宅なんてのもありますからね最近は。でも残念ながら・・・」

 小藤は黙って聞きながら、膝の上においた拳を握りしめた。

「もちろん、この相談票を大家さんにお出しするのは自由です。しかし更新を断られたら、あなたは今の住処を出なければならない。そう国会で決まったんです」

 国会ではいつも、大事なことが知らないうちに決まってしまう。



「そうなると、やはりホームレスにでもなるしかないですか」

 小藤はやり場のない怒りを必死でおさえて、小さめの声で言った。

「う〜ん。なにかいい方法があればいいんですけどねえ」

 林中はわざとらしく考えてるふりをした。

「ホームレスって一口に言いますけど、彼らの生活は過酷ですよ。あなたのような健康不安のある方が、心身が弱くて給料の安い仕事から、もっと他の、待遇の良い仕事に転職できなかった人が、はたして生きていけるかどうか」

 林中は小藤から目を逸しながら淡々と言った。

 ホームレスにもなれないっていうのか。小藤は驚き、戸惑い、肩を落とした。



 長い沈黙が続いた。

 小藤は混乱していた。若い頃はぶっ倒れるまで必死に働いて、その挙げ句、他の人が簡単にやってるような仕事もできなくなった。奇跡的に勤められた事務の仕事は、小藤にとっては平均台の上の安定で、前に進めるうちはひたすら前に進むしかない。そんな人生だったから、社会人らしい楽しみも味わうこともなく、結婚はおろか恋人と呼べるような人とも出会えなかった。精神の病になったことで実家からは疎まれ、同居を許されなかった。新しい職場は若者ばかりで、同僚とか友達とかと言った関係ができることもなく。それでいいとは思ってなかったが、改善の糸口をつかむ方法すら想像できずにいた。それでも生きてきた。平均台の上を慎重に一歩一歩進むように。ここから落ちたら全てが終わる。人望もなければ特別な能力や資格のない自分にとって、やっと就いたこの職場、非正規という不安定な平均台から落ちないように生きる。何の楽しみもない人生だが、人を蹴落としたり落とし込んだりするようなマネはしなかった。自分に恥じない生き方をしてきたつもりだ。

 その結果が、こうなのか。



 小藤が何度目かのため息をついた頃、林中が諭すように話す。

「まあ、あれですよ。人生いろいろってやつですから。立派で華やかな人生もあれば、そうじゃない人生もある。そういうものです。誰もが幸せになれるわけじゃないですしね。そこでですよ。これはあくまで提案なんですが・・・終活をしてみませんか。終わらせる方の、終活」



 ここでその言葉が出てくることに小藤は驚いた。終活。人生の終わりを自ら意識し、自分の手でこれまでの人生を物心両面で整理することだ。



 小藤は極力落ち着いて訊いた。

「それは・・・死ねってことですか」

「いえいえ。誰もあなたにそんなこと言いません。そんな権利のある人はこの世にいませんよ。ただ、小藤さん自身の人生ですから、その最後は自分でお決めになってみては、という提案です。そうしたら、もうこんな過去に煩わされることもなくなるんですから」

 そう言いながら、林中は小藤の孤独死相談票を手に取った。

「歳をとっても面倒見てくれる人もいない、仕事は安定しないし収入も増えない、体はボロボロ、自分の最期を気にしてくれる人もいない。なら、自分で決めてしまえばいいんですよ。そのお手伝いをする用意はできてます」

 小藤は、公共孤独死相談所があくまで孤独死に関するトラブル防止のための役所で、入居者を救うための組織ではないことを身にしみて感じた。これがハローデッドと揶揄されるゆえんか。

「まあ、ひとまず、その相談票でアパート更新してみましょう。それで住めればそれにこしたことはないですし。でも・・・アパートを出ることになったら、私に連絡をください」

 そういうと林中は小藤に名刺を渡した。



 後日、アパートの更新書類とともに孤独死相談票を不動産屋経由で大家に送った。結果は、更新不可。もうここに住むことはできない。

 小藤はハローデッドに行き、林中にそのことを報告し終活することにしたと伝えた。

 林中は慣れた口調で、終活について説明をした。

「いくつかのコースがあります。可能な限り臓器提供をする方もいますが、小藤さんはちょっと無理でしょう。あと例えば美術品や蔵書がある人は大切な人に贈ったり施設に寄付したりする人もいますが、そういうのもないですしね。遺族もいませんから遺産相続の心配も無し、と。」

 声のトーンこそ低いが、家電量販店の店員が商品を勧めるようなノリで話すので、小藤は終活を思いとどまろうかとも思った。だがそもそも、もう他に選択肢は無かった。生きる方法も、生きる意義も、小藤には見つけることができなかったからだ。

「あ、会社の退職手続きだけご自分でお願いします」

 次の出勤時に申し出ると、退職手続きは五分で終わった。自ら辞めるのを待ってるようだった。やはり私の居場所はこの世にないのだ。



 数日後、仕事に行かなくなった時間を利用し、立つ鳥跡を濁さずの気持ちで大掃除をしていると、林中から電話があった。大掃除をしていることを伝えると、「あ、その件で電話したんですけど、そういうのこっちで手配するので何もしなくても大丈夫ですよ。小藤さんの場合、どんなに大切なものや貴重なものがあっても、それを受け取る人がいないわけですし」

「葬式の時はどうするんですか」

「お葬式はないですよ。だって来そうな人、います?」

 林中も小藤に関しては当然調査済みだった。そして、半世紀以上生きてきた自分が、本当に誰の心にも残らず死んでいくんだということに気づかされ、夜まで泣いた。



 小藤のアパート退出の日、小藤の人生最後の日が来た。林中が手配した中型のトラックと引越し業者が、手際よく荷物を片付けていく。小藤は林中が乗ってきたセダンに同乗し、ハローデッドと提携している病院に向かった。

 林中に連れられて病院の個室に入った小藤は、患者衣に着替えさせられて、ベッドに横になった。今まで着ていた服は看護師がどこかへ持っていってしまった。もう二度と着ることもないから。自分は本当に何もかも終わらせてしまうんだ。

 ベッドに横になった小藤に、林中が確認する。

「どうですか、今ならまだ終活を止めることもできますよ。まあその後生きていく方法は無いんですけど」

 林中は、小藤が今まで聴いたこともない威圧的な声で言い、小藤は返事ができなかった。

 優しそうな顔を作った看護師が、小藤の腕をとり注射をしようとする。その腕からわずかに抵抗を感じたため、看護師は確認するように林中の顔を見た。

「止めるなら、今ですよ。これから生きていく何かいい方法でも思いつきましたか?」

 林中の声は先程より低く、強かった。小藤は怯え、観念したように腕の力を抜いた。

「いいですね」

 看護師は事務的に訊いた。小藤はうなづいた。

 林中が説明する。先ほどとはうってかわって明るく若々しい声で。

「最初の注射は鎮静剤みたいなもので、五分か十分くらいで効いてきます。トロンとした感じになって、何も苦しくなくなる。おそらくは、小藤さんの心の中もね。そのうえで、小藤さんの人生を終了させる薬を注射します。もうその時点では注射されているということも感じなくなっているでしょう。小藤さんは、誰にも迷惑をかけること無く、自らの意思で人生を終わらせられるのです。これは、とても素晴らしいことなのです」

 その話を聞いているうちに、最初の注射がなされた。林中は「では、我々は」と言うと、看護師とともに病室の外へ出た。



 小藤の目には病室の天井が見えていた。それがだんだんにじんでくる。床に溶けて吸い込まれていくような意識の中で小藤は考えた。どうして自分はひとりなのだろうと。

 学生の頃にはちゃんと友達もいた。だが就職して、過労死寸前まで働く日々は、心身の健康のみならずそれまでの人間関係も失った。その後非正規として働き自活することはできたが、職場の人たちは若い人ばかり。どう溶け込んだらいいかわからないまま年月が過ぎ、挙げ句にひとりでこのような状態になってしまった。

 テレビのCMやドラマに出てくるような爽やかな人間関係の中で生きてみたかった。海で合コンみたいなバーベキューとかしてみたかった。熱中できる趣味で友と一晩中語り明かしたかった。恋人と甘い夜を過ごしたかった。人生の伴侶を得、子供を作り育ててみたかった。世の多数の人があたりまえにやっていることを、自分も経験したかった。この世で自分を愛してくれる人に出会いたかった!

 それができなかったのは、自分の中にそういう意識が足りなかったのだろう。努力も・・・何をどう努力すればいいか見当もつかなかったし、生きるだけでギリギリの生活の中で、そこまで頭がまわらなかった。ただ、悪いことはしまい、物事に誠実であろうとだけは心がけてきたつもりだ。

 それは、できていただろうか・・・。

 天井をにじませてた涙は、閉じたまぶたに流れを止められた。もう心が動き涙することも無い。この小藤の最後の思いも、永遠に誰にも知られることはない。



 数日後、公共孤独死相談所の給湯室で、奈良宮と林中がバッタリ会った。

 会釈だけしてすれ違おうとする林中に、奈良宮が声をかけた。

「こないだ、林中さんにお願いした小藤って方、いたじゃないですか。相談表の件で。その後、どうなりました」

「・・・終活になりました」

「そう・・・そうですか」

「何か?」

「いえ、なんでもないんですけど。この仕事をしてると時々もやもやするんです。私たちのやってることって、結局なんなんだろうって」

「孤独死に関するトラブルを未然に防ぐ。大事な仕事です」

 その教科書どおりの答えに奈良宮は不快になり、黙って林中を見た。

 林中は、やや小声でそれでいて語気を強めて言った。

「老人のひとり暮らし。本人に生きる目的や手段がない。あの歳まで生きて財産もない。周囲に望まれる力量も、特別な能力も、愛される人柄もない。そもそもまわりに誰もいない。親戚どころか子供一人いない。孤独死でもされたら、他の人間は大迷惑だ。そうなる前に、自発的に人生の幕を下ろしてもらう。それが終活です。だいたい、まわりに誰もいないって時点で、生きることを誰からも望まれてない、愛されてないってことなんですから。何十年も生きてきてそんな人間は・・・」

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