第132話 創作にまつわる検証のあれこれ(1)

 ※表題が変わっていますが、内容的にはゲテモノのあれこれシリーズの続編です。ゲテモノ食べるだけが創作資料じゃないよねってことで、心機一転、創作に役立ちそうな体験や検証はこの表題で行こうかと思います。


 去年か一昨年。それも正月かお盆か。

 本当にいつだったか忘れてしまったけれど、実家に帰省した私がぼんやりとテレビを眺めていた時のこと。そのチャンネルでは福岡県柳川市の特集が流れていました。


 柳川といえば『せいろ蒸し』が名物として知られるほどのうなぎの産地。

 その歴史は古く、江戸の中期ごろの柳川藩は既にうなぎを特産品として扱っており、うなぎ漁を役所の統制下に置いて民草が勝手に捕らないようにしていたそうな。


 では、どうして柳川藩がうなぎの名産地になったかというと、それには土地の事情が大きく関与しています。


 水郷と称される柳川ですが、その実態は水源が豊かどころか、真水がとても貴重な土地だったのだとか。もともとが有明海の干拓地であるため、人々は堀を作って雨水を溜めて、農業・防火・生活用水として使用していましたが、その堀が戦国時代にて柳川城の築城に伴って防衛のために複雑に拡張され、最終的に930㎞という膨大な長さになったそうです。


 縦横無尽に張り巡らされた長大な掘と、それに組み込まれた排水機構、および堀内の沈水生植物の分布などがうなぎの生息条件に適していたため、柳川の地にうなぎが定着したと考えられています。


 人間の生活環境と生物の生息環境がマッチして共に栄える。そういう優しい関係性は好きだなぁ……と、私はほっこりしながら解説に耳を傾けていましていると――


「柳川のうなぎ料理のタレには、もち米と麦芽だけを使った伝統的な製法で作られた水飴(正確には餅飴)が用いられている」


 とナレーションが入り、白武の身体に衝撃が走りました。


「水飴って……もち米と麦からできているの……?!」


 驚愕の事実。いやはや、無知で申し訳ない。

 幼少期、駄菓子屋で買ってはねりねりして食べていた水飴ではありますが、当時の私はその原材料や製法にはまるで興味がなく、その未来、寝転がってテレビを見ている時分に至ってもまったく気に留めていなかったのです。


 私は自分を恥じました。

 こんな身近な食べ物の起源も知らず、ファンタジーを書いているのか、と。


 これまでに何度も語っていることですが、異世界を異世界として描くためには、その世界で暮らしている人々の生活――特に食事風景を描くことがとても重要だと考えています。


 その世界の人々が何を主食としているのか。それによって大まかな世界の気候や文化、動植物を含めた生態系が想像できるからです。


 安直な例えにはなりますが、小麦のパンを主食としている世界であれば、そこは乾燥地帯や寒冷地帯であるべきでしょう。小麦は寒さや乾燥には強い植物ですが、高温湿潤な土地には適していないからです。


 また、寒冷地であれば小麦以外にも寒さに強い植物を栽培することになりますので、カブやえんどう豆、ブドウなども食卓に並ぶでしょうし、動物は寒い地方ほど大型化しますので、ウシやヤギなどを家畜にすることができ、その乳から乳製品を作ることもできます。


 ウシやヤギという草食動物いるということは、それを食べるクマやオオカミという捕食者も存在するということなので、そういった強力な捕食者は人間の生活を脅かす外敵にもなり得るため、そこで暮らす人々は頭を悩ませているはずです。


 このように、その世界の人々が何を食べているかを知ることで、世界観の拡張や奥行きを表現できるため、食べ物を知るということはファンタジー書きにおいてはとても大切なことだと思っています。


 異世界には異世界の法則があるため、全てが現実に置き換えられるわけではありませんし、置き換えられたらそれは異世界ではありません。が、魔法的要素で何でも解決ではリアリティの欠片もないのも事実。を描くためには、現実に有り得る事象を正しく理解しておかなければならないのです。


 そういうわけで、無知を恥じた私は水飴についてお勉強しました。


 水飴は、砂糖が伝来する以前の日本では貴重な甘味料として重宝されていた代物。紀元前より存在し、神武天皇の時代にも水飴にまつわるエピソードがあるのだとか。


 その製法は米に含まれるでんぷんに麦芽の酵素を加えることで化学反応を促し、できた糖の溶液を煮詰める、というもの。


 そもそもあめとは古くは阿米あめと書いていたようで、米から糖を作っていたことが字面から読めますね。稲作文化ならではの甘味料といえるでしょう。


 私の作品における共通世界観である『エインセル・サーガ』においても甘味料というものは基本的に高級品。


 甘味料の王様である砂糖の主原料であるサトウキビ(に該当する異世界植物)は温暖な気候を好むものであり、「ファウナの庭」や「少女剣聖伝」の舞台である北方の国々での栽培は難しいと思われますが、寒さに強いテンサイ(に該当する異世界植物)からも砂糖は作られますので、砂糖そのものは存在しているものと思われます。


 とはいえ、それでも庶民が常習的に口にすることはないでしょう。

 これまで作中では、庶民および農村部では果物や蜂蜜のような天然素材で甘味を代用している(ファウナの庭・外伝幻の蜂蜜を求めて参照)という描写をしてきましたが、麦から作られるものであれば自家製の水飴を作ってもおかしくはない。だって、あの世界の農民はどぶろくビール(ファウナの庭・第四章を参照)だって作っているわけですから。


 ……え? もち米?

 水稲耕作やっているんだから、あるある。きっとある。作中では書いていないけど、ちゃんと餅も存在する設定だし(ただし、日本固有の縁起物ではなく保存食の一つとして)。


 とまあ、当時はそういうことを考えながら、いつか作ってみようと記憶の端に留め置いてはいたのですが、気づけば数年が過ぎておりました。


 ところが先日、新年の挨拶をさせてもらいましたところ、懇意にさせていただいている読者様より――


『昨年はエッセイ・小説共に楽しませていただきました。エッセイで様々な事柄にチャレンジする様子は読んでいて興味深く、今年はどんな事をするのかなと期待しております(笑)』


 と、素晴らしいお言葉を賜りまして。

 ――今こそ、その時がやってきたのだ、と白武は思ったわけです。

(決して、予定が急遽なくなって暇になったからではない。ホントダヨ)



 ◆



 そうと決まれば、さっそく買い出しへ。

 MTGのデュアランが欲しいと思ったその日のうちに現金30万円持ってショップに行ったこともある私ですから、覚悟が決まれば行動は早いのです。


 先述の通り、もち米と麦芽さえあればできるので材料を揃えるのは簡単、簡単……ではないぞ? もち米はともかく、麦芽ってどこに売っているの?


 調べたところ、麦芽そのものはなくとも麦芽粉でもいいとのこと。

 最寄りのイオンモールのカルディコーヒーにモルトパウダーが置いてあるようだったので、車を飛ばしてイオンまで。……普段はショッピングモールなんて人が多くて一人じゃ怖くて行かないのに、我ながら「やることがある時」の行動力はすごいな。


 無事に麦芽粉をゲットしたので、帰り道のドラッグストアでもち米も購入して、疾風の如く部屋へ帰還。


 ――さあ、検証開始だ(14:00)。



 ◆



 ここで、改めてレシピを確認。


 材料:もち米(150g)麦芽粉(20g)ぬるま湯(280cc)


 ① もち米を一晩吸水させ、炊く。

 ② もち米にぬるま湯を加え、60℃前後に冷ました後、麦芽粉を入れて水分が出るまで混ぜ合わせる。

 ③ 炊飯器の保温(50~70℃)で7時間寝かせた後、汁を絞る。

 ④ それを煮詰める。


 ……うーん。一晩吸水させるのは時間的にちょっと無理かな。

 吸水が大きなポイントかもしれないけれど、その後に7時間寝かせて、おまけに煮詰めることも考えると、マニュアル通りでは完成までに朝日が昇りかねない。


 ――ので、①省略。

 吸水なしの通常炊飯でもち米を炊きます。


 45分後。

 炊きあがったもち米にぬるま湯を足して、温度を60℃前後に冷ます、と。

 ふっふっふ。調理温度計も一緒に買ったので、さっそく温度を測って……え? 電池別売り? 使えないの? うそん。


 しかたないので、皮膚感覚を頼りに温度を調節。皆さんも調理温度計を使う時は電池の有無の確認をしましょうね。


 いい感じにお粥っぽくなったら、ここで麦芽粉を投入。

 ……麦芽粉はすごい独特な匂いがする。穀物臭とでも言うのか、なんとも形容し難い香り。麦飯に使う麦はそこまで臭わないし、麦芽固有の香りなのかな。ともあれ、こういった情報も貴重な体験資料と思われる。


 混ぜ合わせると、マニュアルに書いてある通り確かに水分が出る。ぬるま湯を足した段階ではひたひたくらいだったのに、お釜の中がびちゃびちゃしておるわ。


 混ぜ終わったら、これを炊飯器の保温モードで7時間寝かせる。

 さて。その間、私は少女剣聖伝の今後のプロットでも見直しましょうかね。


 ――そうこうしているうちに7時間が経過。時刻は22:00。明日に備えてもう寝たいけれど、ここまで頑張ったんだ。最後までやってしまおう。


 保温していたもち米をザルへと移し、可能な限り汁を絞り取ります。溶液の色は濁った茶褐色で、この段階では泥水としか思えません。本当に化学反応によって糖が形成されているのでしょうか。


 本来は更に布などで溶液の不純物をしっかり濾しとるのですが、我が家にそんなものはないのでそのまま鍋に移します。いよいよ最後の工程、煮詰め作業です。


 コンロの火を点けてすぐに、ふわっと甘い匂いが出てきました。ははあ。一見すると泥水にしか見えませんが、確かに溶液の中には糖が形成されているようです。


 灰汁を取りつつ、20分ほど煮詰めると徐々に粘り気が出てきました。

 火力が強すぎたのか、それとも濾しとりをサボって不純物が多かったからか、段々になってきたのでここでストップ。気づけば泥水のような茶褐色から、艶やかかつ透明感のある色合いになっていました。


 透明感のある茶色を指して飴色という言葉がありますが、なるほど、確かにそんな感じがする。水飴は色の名前になるくらい身近なものだったんでしょうね。


 さっそく実食してみたところ、もうね、甘い。すごく甘い。

 自然な甘みというからどれだけ控え目かと思えば、けっこうガツンと来る。素朴ながらも甘味料として十分な甘みが備わっています。


 ちょっと穀物っぽい香りがするのはもち米の洗いが足らなかったせいなのか、それとも古来の製法ではこういう香りがするものなのか。現時点で詳細は解りませんが、一回目にしては上出来ではないでしょうか。


 とはいえ、工程そのものは簡単でも手間暇のかかる作業には違いありません。薪などの燃料代も馬鹿にならないでしょうし、身近に使われるものであっても、それなりに特別なものだったのかな、と思います。


 そう言えば、麦は初夏に収穫するものですが、麦芽というものは冬の寒い時期に5~6日かけて日陰でゆっくりと発芽させたほうが糖化アミラーゼの質が上がるのだとどっかの記事に書いてありました。


 ということは、私の世界の農民たちは畑仕事ができない冬に水飴作りをしていたのかもしれませんね。


 皆さんの異世界には水飴はありますか?

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