第88話 猫バンバンのあれこれ
私はよく猫っぽいと言われる。
誠に心外である。動物に例えるのなら、どうせならキツネと言ってほしいものだ。
私の前世はたぶんキツネ。根拠は、異様なほどいなり寿司が好きだから。
どれくらい好きかと言えば、某うどん屋できつねうどんといなり寿司を一緒に頼むのがデフォルトなくらい。コンビニで昼食を買う時もおにぎりではなくいなり寿司を選ぶし、回転寿司屋に行けばコスパ悪いのにやっぱりいなり寿司を注文する。
まあ、油揚げが好きだからと言って前世がキツネとは限らないが、ともかく猫に例えられるほどの愛嬌は私にはない。
え? 愛嬌じゃなくて、マイペースで協調性がないところ?
……ああ、うん。確かに。
実家暮らしをしていた時は、家族の事情で動物を飼うことはできなかった(そのため虫を飼っていた)が、猫や犬の飼育経験がまったくないわけではない。
私は以前、私は友人Sとルームシェアしていたことがある。
その時、Sは一匹の猫を飼っていたのだが、彼が留守の時は私が代わりに世話をしていたのだが……そりゃあもう酷い目に遭わされたものだ。
ドアノブがレバーハンドル型だったので、ジャンプしてレバーを押して私の部屋に侵入。PCデスクに陣取って、飾っていたフィギュアを落とす。
夜間。窓から差し込んで壁を照らした車のライトに飛び掛かり、壁紙に見事な三本線を残す。
私が用を足そうとトイレのドアを開けたら、いきなり突進してトイレに駆け込み、便器の中にホールインして水を撒き散らす。
短い期間ではあったが、猫と一緒に暮らしたことで、猫を飼うということは猫を中心とした生活しなければならないのだと学んだ。心が狭い私では、とても猫は飼えそうにない。眺めている分には可愛いと思うが、今後の人生において、一緒に暮らす可能性は低いだろう。
さて。前振りが長くなったが、今回は猫の話。それもつい数時間前の話である。
朝方、仕事を終えた私は車で帰宅していた。
運転していると、にゃあ、という音が聞こえてきた。あまりに小さい音だったし、24時間覚醒しっぱなしで疲弊していた私は気のせいと決めつけ、そのまま車を走らせて自宅へ戻った。
そして、その日の夜。
私の部屋に遊びに来ていた友人Iを家まで送ろうと、二人で車に乗り込んだ時のこと。助手席に座った彼が「どこかで猫の声がする」と眉を顰めた。
私ははっとした。
そう言えば、仕事から帰宅中、妙な音を聞いたことを思い出したからだ。
まさかと思ってエンジンを切ってボンネットを開けると、琥珀色の瞳と目があった。
――いた。本当にいた。
ごちゃごちゃとしたエンジンルームの隙間に、小さな猫が。
仕事場に駐車しているうちに、近所の子猫が入り込んでしまったのか。
一時間ほど走行していたのにも関わらず、中でひき肉になっていなかったのは不幸中の幸いだった。私にとっても、子猫にとっても。
しかし、いきなりボンネットを開けてびっくりしたのか、子猫はもっと奥に隠れてしまった。そのまま外に出てくれればよかったのだが、入り込んだ場所が場所だけに助け出そうにも助け出せない。
トランクに積んであるジャッキ程度では、下に入り込んでの作業は難しいだろう。何より夜間だったので、暗がりでの作業はいろいろと危険だった。
友人Iと悩んだ結果、JAFに対応してもらうことにした。
余談だが、私にとって初JAFである。パンクや事故でもないのにJAFである。しかし、双方の命に関わる以上、背に腹は代えられない。
JAFに連絡すると、スタッフの到着まで一時間ほどかかるとのことで、私と友人Iは一度その場を離れた。
そして、到着したスタッフががボンネットを開けて中を調べると、子猫の姿はどこにもなかった。私たちが離れた隙にどこかへ行ったらしい。じゃあ、なんでお前、昼間のうちにどっか行ってないんだよ……もう6時間以上経っているのにエンジンルームにいるもんだから、出るに出られないんじゃないかと思ったじゃん。
JAFスタッフには無駄足を踏ませてしまって申し訳なかったが、とはいえ、それはあくまで結果論。それに、発情期と出産の関係で、この時期は猫の入り込みは多いらしい。こういうケースで呼ばれることはよくあるそうだ。
ともあれ、何事もなくて安堵した私は一時間遅れで友人Iを送った。
帰るのがかなり遅くなってしまったが、友人Iは特に気にしなかった。それどころか猫が助かってよかったと笑っていた。いいやつだと思う。
そして、私は駐車場に戻ってきた。
車から降りると、遠くで、にゃあ、と声が聞こえた。あの猫の声だ。
物寂しそうな声だった。親猫を探しているのだろうか。
不可抗力とはいえ、私は一匹の猫を家族から引き離してしまった。私の仕事場と自宅は10キロ以上の隔たりがある。自力で戻れるだろうか。親や兄弟の加護なしに、あの子はこの近辺で生きて行けるだろうか。
このあたりはカラスが多い。かつて道端で、カラスに食い殺された上半身だけになった子猫の骸を処理したこともある。罪悪感を覚えずにはいられない。
とりあえず、私の車を寝床だと思ってまた侵入している可能性もあるので、明日からは猫バンバンして車に乗ろうと思う。
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