第17話 母さん
お姉ちゃんと夕食を食べ終わって勉強をしている。
お姉ちゃんは現在確率問題に悩まされている。うんうんいいながら格闘しているので、僕はいつもの様に助け舟を出してやる。
お姉ちゃんが毎度ちゃんと理解してくれているのかは分からないが、お姉ちゃんの宿題を手伝ってあげないと永遠に終わらないことを僕は十分知っている。
そうやって勉強を教えてあげていると、家の前に車が止まる音がする。ゴロゴロとスーツケースを引きずる音がした。
「ただいま」
やっぱり母さんが帰ってきた。
「おかえり母さん」
「おかえりなさいママ」
「ただいま2人とも。あれ栗はどうしたの?」
「栗は今日友達と遊びに行ってるんだ。9時には駅に着くって言ってたんだけど」
「あらそうなの。もうすぐ9時ね、じゃあちょっとまってて。私栗を迎えに行ってくるわ。タクシーまだ家の前に待たせてあるから」
タクシーの中には、母さんの荷物とたくさんのお土産が入っていた。それをすべて家の中に運び入れて、母さんは栗を迎えに駅に向かった。
ちょうど荷物を下ろし終えたところで栗から
「今駅に着いた。迎えに来て」
とラインが来たのでいいタイミングだった。
母さんが栗を迎えに行っている間に、荷物の片づけをしてあげる。長い取材で疲れているのだ。それくらいはやってあげよう。洗濯するものは洗濯機にいれ、仕事道具のパソコンや手帳は母さんの部屋のデスクにおいておく。
お土産を広げる。お土産は定番の五平餅やリンゴのタルトなどたくさんだ。
お姉ちゃんとわちゃわちゃお土産を広げていると、母さんと栗がかえってきた。
二人ともご飯は食べてくると言ったのに、食べて帰ってこなかった。
母さん曰く
「やっぱり、帰ったら近江のおいしいご飯が食べたくなっちゃって」
栗曰く
「なんか今日はエビフライの気分だったし」
だそうだ。僕とお姉ちゃんはそうでもないのだが母さんと栗は本当に似ている。容姿も似ているんだけど、なにより考え方や言動が似ている。
ただ母さんは思いやりのある人なのに対して、栗は冷めた性格をしている。
母さんの優しい性格はどっちかというとお姉ちゃんに受け継がれたようだ。
僕は冷蔵庫からエビフライを取り出し、揚げてあげる。
その間母さんの取材中の話を聞く。長野では大きな廃村に行ったこと、この廃村はかつて謎の奇病により村民がなくなり廃村となったこと、村にはやった奇病が何なのかいまだに解明されていないこと。
母さんは目をキラキラさせながら僕たちに語った。
「こんなにインスピレーションをくれた場所は久々だったわよ。母さん俄然やる気が出ちゃった。これは自分でいうのもなんだけどけっさくになるわよー」
「ははは自分で言っちゃうんだね。それは楽しみだ。母さんの小説は贔屓目無しにおもしろいからなー」
「ありがと近江。本当にありがとね近江。私がいなくていつもほんとに大変な思いさせて。お金のことなら心配しないでいいから、大変だったらホームシッターを雇えばいいのよ」
「大丈夫だよ。もう何年もやってることだし。それより母さん、お姉ちゃんや栗はすごいんだよ。お姉ちゃんはこの前、モデルのスカウトに声をかけられたし、栗は中間テスト学年で5位だったんだ」
「まあ愛日、栗、ほんとにすごいわ。愛日は将来モデルになるの」
「分かんない。でも私馬鹿だし、そういう仕事しかつけないのかなぁ」
「そんなことないわ。愛日は馬鹿なんじゃなくて人より少し時間がかかるだけ。愛日がホントになりたいものを目指したらいいのよ」
「うん。分かった、ありがとママ」
「栗は何かなりたいものはあるの?」
「別に。しいて言えば物書き以外かな」
「そう・・・。近江は何かなりたいものはある」
「うーんまだこれってものは見つかってないんだ。とりあえず大学に入ってから考えようと思ってるんだ」
「そう、みんなちゃんとしてるのね。お母さん居なくてもこの家は大丈夫そうだね、なんて」
「母さん、冗談でもそういうこと言うもんじゃないよ」
「そうねごめんなさい近江」
「あと栗も。母さんを悲しませるようなこと言うなよ」
「だってこの人全然家にいないじゃない。たまにかえってきて母親面されても反応に困るのよ」
「そんな言い草ないだろ。母さんは僕たちのために一生懸命働いてくれてるんじゃないか」
「いいの近江。ごめんね栗、いつも寂しい思いをさせて」
「別にさみしくないし」
すこし沈黙が流れた。エビフライが揚がる。
「まあ食事の前にギスギスするのはここまで。今日は母さんの好きなエビフライなんだ」
「うわあうれしい。ほんとここしばらくエビフライなんて食べてなかったわ」
「おいっしい!これ近江が作ったの!また腕を上げたわね!」
「いやーそれほどでも」
「栗はどう?お兄ちゃんのエビフライ」
「まあ悪くないんじゃない」
「そ、そっか。あーおいしかったご馳走様。ふわーあ何だかおなかが膨れたらねむなっちゃったわ」
「もう母さんのベッドに布団は引いてあるからいつでも眠れるよ。お風呂入ったらもう寝ていいよ」
「分かったお言葉に甘えさせてもらいます」
そういうと母さんはお風呂に入りに行った。
「ねえちょっとあんた」
「え、なに?」
「あんたこの前アトリと隣町で一緒にいたでしょ。何してたわけ?」
え、みられてたのか。周囲には細心の注意を払っていたつもりだったんだが。
「あんた私の友達にちょっかい出してるんじゃないでしょうね、あとで話聞かせてもらうから」
僕は額に流れる冷や汗をぬぐいながら
「いやほんとに別に何もないんだよ」
と言葉を濁した。
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「お兄ちゃん、どうしてほかの女の子に目移りするの。わたしそんなに魅力ないのかな。私お兄ちゃん以外の人なんて大嫌い。お母さんもお姉ちゃんも郷子さんも嫌い。
私のお兄ちゃんを奪うなら、友達だっていらないよ」
「近江、あなたに手錠をかけて一生外に出られなくして私と二人で生きていくのも悪くないと思うの。私馬鹿だけど、一生懸命働くからお金のことは心配しなくていいよ。近江のためなら、私どんな穢れたことでもやってあげるわ。
だから近江、ずっと私のそばにいて」
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