第68話



「……もう朝か」


 まぶしいと思ったら、カーテンをきちんと閉めていなかった。

 寝ぐせで広がっているだろう髪を、手で乱雑に梳かす。


―― 問題ないな


 前と同じで、バグはずっと続くものではないらしい。訳の分からない声は、聞こえてこなかった。


「先に、起きたのか」


 俺の独り言に、反応もない。狭い寝室を見渡せば、姿はなかった。

 とりあえず着替えて、顔を洗うことにした。



「また面倒をかけた。すまない」

「君のことを、迷惑に思うわけがないよ」


 食欲をそそる匂いに釣られていくと、ジルベールが家にないはずの食材で朝食を作っていた。

 朝から市場に買いに、言ったのだろうか。

 謝罪の言葉を、口にすると穏やかに返される。


 なんで朝からジルベールが家にいるかというと、様子の可笑しい俺を心配したジルベールが泊っていったからである。


客が泊るとなって、問題が勃発した。

 家には客室なんてない。ベッドが、二つあるわけでもない。ベッドの代わりになる上等なソファもなかった。


 寝る場所を確保できないから帰れと、言えばよかったんだがやたらと心配してくるジルベールに強くも言えない。


 結局は一つのベッドを、譲り合った結果狭いベッドを二人で使うはめになった。俺は客であるジルベールを、床で寝かせる気にはなれない。だというのにジルベールは、かたくなに床で寝るからベッドを使えと言ってくる。お互い譲らなかった結果である。客室のあったジルベールの家とは、かなり違って申し訳なく思ったがどうしようもない。


「美味そうだな」

「口にあうと、いいんだけど」


 今更だが、腹がすいていることに気が付いた。

 なんとも現金なものだ。昨日はバグに、取り乱したというのに一晩寝て美味しそうな食事を見たら腹が空く。


―― バグに対して、対処方法を考えないとだめだな


 どうやら王族や騎士に関わらなくても、質の悪いバグが誘発されるらしい。前にも何度かあったけど、流していたのが仇になったな。

 せめてバグが発生しても、感情を取り乱さないように外見上は取り繕えるようにしないとだめだ。ジルベールには、迷惑ばかりかけてしまっている。


 ロイとの仲を深めることに、集中してもらいたいというのにモブの俺のことで余計な時間を使わせてしまうなんて本末転倒だ。


「どうした?」

「あっうんちょっと、痛めたみたいだ。体を動かせなかったから」


 ジルベールが皿を取ろうとして、顔をしかめたのが見えた。

 どうやら狭いベッドのせいで、寝がえりの一つも打てなかったらしい。落ちないように、同じ姿勢で寝ていたのだろう。

俺は窓側で寝たから落ちる心配が、なかったがそのせいでジルベールは狭いベッドから何時落ちるか心配しながら寝る羽目になったらしい。


 前にジルベールの家に、泊ったときに見たベッドを思い出す。一人暮らしだというのに、ゆったりと寝れるダブルベッドだった。

 真逆な状況で寝ないといけなかったんだ。さぞ窮屈だったろう。


「やはり今度は、お前が一人でベッドを使え」

「えっ今度……あっいやその大丈夫だから、気にしないで」


 口に出してから、今度はないかと思ったが流す。ただなぜかジルベールが、挙動不審になり手に持った皿を落としそうになった。


 ―― ああそうか


 ジルベールからしたら劣悪な就寝環境を、また体験するはめになるのかと思ったのだろう。気持ちは分かる。本当に対照的なほど違ったからな。だがその環境で毎日寝ている俺からしたら、この反応は少し複雑な気分になる。


だがもし俺が、ジルベールの立場なら同じことを思うだろう。だれだって狭いベッドより、ゆったりとしたベッドで寝たいはずだ。


「できたよ。勝手に使って、ごめんね」

「かまわない」


台所を貸すだけで、こんなに美味そうな食事を作ってくれるなら毎日貸し出したい

 香りも良くて、見た目も綺麗な料理が皿の上に盛り付けられていく。前に泊ったときも、思ったんだがこいつはどこかで料理修行でもしてきたのだろうか。

 

「料理は得意なのか」

「学園に入る前は、やったことがなかったよ。家に料理人がいたからね。好きな人に喜んでほしくて、練習したんだ」

「そうか」


 衝撃発言を、二連撃でかまされた。

 家に料理人がいる。さらりと言われたが、普通の家に料理人はいない。金持ちだろうとは思ったが、どれだけお坊ちゃんなのだろうか。


―― 好きな人……


 料理を一度もしたことがないお坊ちゃんのこいつが、練習してまで喜んでもらいたいと思うほど強く思っている相手らしい。

 誰だろうか。今のところ同い年ということしか、分かっていない。早急にロイの年齢を、確認しないとな。


「どうかな。美味しい?」

「ああ、すごく美味い」


 お世辞抜きに、美味かった。これなら好きな人とやらも、喜ぶに違いない。

 なぜか恐る恐るというように、聞いてきたジルベールに正直に返す。どうやらまだ好きな人に食べさせるには、自信がなかったらしい。


 俺が美味いといったことで、謎の誰かに喜んでもらえると想像したのだろう。

ジルベールが、心の底から嬉しそうに微笑んだ。




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