第67話
「細かいほど時間はかかるが、この程度の物なら作れる」
以前に氷の置物を、渡したことがある。けれどあれは、あまり時間をかけられなかったから粗が目立つものだった。だから今の段階で、作れる中で一番細工の細かいものを持ってきてジルベールの前に置いた。
「凄いな。綺麗だ」
「……そうか」
目を細めて氷の置物を、見ている。開いた口から出てきたのは、素直に嬉しいと思える言葉だ。
それに対して俺が返した言葉は、この場にふさわしいものじゃない。
―― もっと他に、言い方があるだろう……
コミュニケーション能力が、低い以前の問題なような気がしてきた。
自分が作ったものを、褒められたんだ。もちろん嬉しいに決まっている。ただ面と向かって、好意的な感想をもらったからか照れ臭さが先に来た。
ここで素直に『悪かった。照れ臭かったんだ』と、言えればいいのだがジルベール相手だと言い辛い。
咳払いをして誤魔化して、次に形を変える置物を見せる。ジルベールのアドバイスで、完成したものだ。見せたことがあるからいいかと思いもしたが、前より精度が良くなっているからお披露目のつもりでみせた。
「凄い。前より変わるときの流れが、滑らかになってるね」
「そのうち動きも加えるように、しようかと考えている」
ついでに今後は、どういうものをつくるかも伝えておく。
「氷の人形の応用?」
「ああ、小さくなると難易度が上がるが」
「君なら、できるさ」
―― お前なら、容易いのだろうな
成人大くらいの氷の人形を、動かすことは難しくない。けれど掌に乗るくらいに、大きさが変わると途端に難しくなる。
要領としては、同じはずだ。なのに途中で止まってしまったり、動きがぎこちなくなる。
気が重くなってきた。努力していけばつまずくことはあっても、上に進んで行けるジルベールとは違う。俺はある程度まで行けば、一定値まで行けばそこで終わってしまう。
もうここが限界なのかと、思うたびにまだ上に行けるはずだと思いなおす。
ゲームをプレイしていた時のように、数字でレベルが見られればいいのにと思うことある。けれど上限まで行ったことも、見えてしまうからますます落ち込みそうな気もしていた。
この前ジルベールのアドバイスが、なかったらきっと何時まで経っても成功できなかった。もしかしたらもう俺の力だけでは、限界なのかもしれない。
―― 何を真面目に、考えてるんだろう
別に限界まで極める必要もない。俺にとってはレベルを上げるのは、萌えイベントを鑑賞する前の前菜のようなものだ。主の目的は、あくまで萌えるイベントを見ることである。
けれどなぜか、強くならないといけないような気がして気が急くことがあった。
鍛えたり術の研究をしたりして、前より強くなっただろうな。そう思っても、なぜか焦りが浮かぶ。
『ごめんな――』
泣きそうな何かを、堪えるような声が聞こえる。目の前にあるはずの顔は、ぼやけて見えない。その誰かが、俺に向かい手を伸ばしたのが見えた。
聞きおぼえがある声だ。けれど彼は――ヴァルは俺に対して,
あんな悲しげな声を向けたことはない。
もしかして俺の記憶に、バグが混ざっておかしなことになっているのだろうか。
「レイザード?」
「なんでもない。小さいものを動かすのが、あまり上手くいない。もう少し進めて、駄目ならまたお前の意見が聞きたい」
「えっ」
モブにも、意地はある。けれどむやみやたらに張り続けても、意味がないのは分かっていた。
だから脳内で意地という巨大な漢字を、力を込めて横に押しどけてジルベールに助力を乞う。
人が頑張って力を貸してくれと、言ったのにこの反応はどうなんだ。
目を見開いて、口を半開きにして固まっている。美形というのは、得なものだ。俺がやったらただのまぬけ面になるのに、それでも顔がいいままだ。
「もちろんだよ。俺で役に立てるなら喜んで」
半開きにした口をもどして、取り繕った笑みを向けてくる。
けれど俺は確かに見た。あの驚いた顔を。あれはきっと『えっお前そんな簡単なものも、聞かないとできいの』と、驚いている顔だ。
ジルベールは、二種類の適性を使いこなしている。あげくに他の適性についても、造詣が深い。そんな奴からしたら、自分のたった一種類の適性さえ満足に使えない俺は驚愕ものなのだろう。
もしかしてジルベール本人には、馬鹿にしている自覚はないのかもしれない。基本的なんてでも、できるやつだからな。できないという事を、理解できない可能性もある。
こいつに出来ない事って、なにかあるのだろうか。
頭は良い。二種類の適性持ちのうえに、とても強い。あげくに顔も、文句の付け所がない、
主人公との親密度が上がるまえは、軽薄なところもあったが好きになれば意外と一途だ。
なんか欠点らしい欠点がない。欠点ばかりの俺とは、大違いである。
やっぱり主人公であるロイと、絡んでいないと少し腹立たしさを覚える。ロイが絡めば一気に、萌えワールドが展開される。けど絡まなければ、モテる同性なんぞ妬ましいだけだ。
―― いやまて、落ち着け俺
モブと攻略キャラに、差があるのは当たりまえだ。攻略キャラたるジルベールとの差を、ねたんでも何にもならない。それにジルベールが俺みたいになってしまったら、全く萌えないだろう。
攻略キャラが、すべて俺のようにモブになる。なんて悪夢だろうか。全く萌えない。
「もしよかったら、このあと一緒にさっきのこと考えてもいいかな?」
「かまわないが」
どうやら今の状態では、俺だけでは無理だと判断されたらしい。くやしくはあるが。早く完成させるにこしたことはない。
それにしても前から、疑問に感じていたんだが……なんでこいつは、俺が大したことを言ってなくても嬉しそうにするんだろうか。
―― できない……
ジルベールのアドバイスをうけても、上手くいかない。何度か言われた通りに、術を構築してみた。けれど回数を繰り貸しても、成功しない。
ジルベールの言っていることは、適格だ。どこが問題なのかという指摘も、的外れじゃない。
けれどうまくいかない。問題はジルベールでなく、俺の技量不足だ。
「レイザード、ちょっとやってみたいことが、あるんだけどいいかな」
「かまないが」
考え込んでいたジルベールが、何度か瞬きをしたあと俺に視線を向けた。了承を返せば、風の術を構築し始めた。
ジルベールの風が、変化を始める氷の表面を覆うように動く。何をするつもりなのか、様子を見ることにした。下手に口を出せば、邪魔をしかねない。
ジルベールが、術を構築したのは分かった。しばらくすると形を変えた氷の細工が、止まることなく動いている。動きにぎこちなさもない。
「上手くいったね」
「……そうだな」
礼を言うべきなのは、分かっている。けれど短くぶっきらぼうに返すことしかできなかった。
―― とんでもない奴だ
ジルベールがやったのは、氷の動きを風の力でサポートしている状態だ。動作に問題のあった氷の動きを、風で助けスムーズに動くように助け誘導している。
俺という他者が術で作り出したものを、自分の術で作りだした風で壊すことなく導いている。普通ならこんなことできはしない。作った術者が違えば、術同士で反発を起こす。風で氷を包もうとしても、術者が違えば風がかき消される氷が壊れてしまう。
けど目の前では、どちらもおきてない。
とんでもない、とんでもないと思っていたけれど、予想より突き抜けていたらしい。
「レイザードごめん、余計なことをしたかな」
「何も問題はない。おかげで上手くいった。礼を言う」
そう何も、問題なんてないんだ。こんなにスムーズに動けば、商品として販売しても問題はない。最終仕上げにジルベールに助力を、乞わなければいけないから制作日程の調整は必要になるという問題はある。
けれどこれで新商品がだせるんだ。なにも困らない。
あるとすれば俺の気分が、あがらないことだけだ。あまりにも差がありすぎる。
ジルベールがやったのは、いわば他者への術の干渉だ。干渉しながらもどちらの術の動きも、阻害することなく術を調整する。そんなこと学生の間に、出来る奴は少ない。
妬むのが馬鹿らしくなるほどに、ジルベールと俺の間の差を実感した。今更ではある。いつも思い知っていることだ。
前に第二王子の術が暴走した時に、俺の術の前に風で防御をした時とはわけが違う。あれは俺の術に、干渉していたわけではない。前方に向かい、術を構築したに過ぎない。
―― 俺は、弱いのだろうか
いきなり不安が、襲ってくる。別にジルベールと、試合をしたわけじゃない。なのになんで、強い弱いなんて思うのか。レベルの差を、見たせいだろうか。言いようもない不安が、体全体を包む。
『ごめんなさい、ごめんなさい。僕が弱かったからだ』
高い――子供の声だろうか。震えながら、絞り出しているような声が聞こえる。
―― なんだ?
またバグか! なんでだ。ここにいるのは、王族でも騎士でもない。ジルベールだ。問題ない。何も問題ないだろう。
―― やめろ、やめろ聞きたくない!
子供の震える声に、言いようのない不快感が湧き上がってくる。
違う、これは嫌悪じゃない。なんだこの感情は、一体なんだ。
『助けて……』
バグだ。分かっている。なのに叫び声を、あげそうになりとっさに力の限り拳を作る。
「レイザード!?」
「問題ない、問題はない。……ジルベール」
様子がおかしいことに気づいたのだろう。ジルベールが、声をあげる。
掴まれた肩が、少し傷む。条件反射で、頭を上げてジルベールを見る。
『助けて』
止めろ、今何を言おうとした。
でもジルベールほど、強ければ―― なんだっていうんだ。強いからなんだ。ジルベールは、関係ない。
―― ちょっとまて
これは、バグだ。俺も本来なら、関係ない。
「茶を入れてくれないか」
「それはかまわないけれど、レイザード……」
「お前の入れた茶を、飲めば落ち着く。頼む」
なんでこんなことを、言っているのか自分でも分からない。けれど温かいお茶を飲めば、落ち着く気がした。
『ほら――これを飲んで、落ち着いて』
聞こえる声が子供のものから、女の人の声に変わる。穏やかで優しい声だ。子供に話しかけているかのようだ。
『機嫌を、直して。可愛らしい笑顔を、見せてちょうだい――』
なぜだが胸が、締め付けられる。とっさに聞こえた声に、応えようとした。けれどいつものように、表情はまったく動いちゃくれなかった。
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