第64話
芸術というものが、全く理解できない。目が飛び出るような高額な絵をみても、落書きにしか見えないこともある。けれどプロではない人が、描いた絵に心が動くこともあった。
そんな俺に、難題が降りかかっている。サイジェスに呼び止められて、一枚の紙を差しだされたのだが何が描かれているかわからない。
そもそも何も言わないから、何の意図があるのか分からなかった。
「新種の生き物ですか?」
「猫だ」
横を向いている体に、真正面を向いている顔が描かれている。四つ足で、耳がついてるのだが何の生き物か分からない。
知識がないのに、知ったかぶりをしてもしょうがない。正直に疑問を口にすれば、サイジェスの肩眉が跳ね上がったあと眉間にシワが寄る。どうやらかなり、機嫌を損ねてしまったらしい。
間違いを指摘されて機嫌を悪くするなら、最初から猫だと伝えてくれないだろか。
「妹がお前に、礼をしたいと言ってな。本人は猫のつもりなんだ。これでも一生懸命に、描いたんだ。……もらってやってくれないか」
「ありがたくいただきます」
どうやらサイジェスも、猫と形容するには無理があると思っていたらしい。ただ可愛い妹が、描いたものだから腹が立ったのだろう。
サイジェスにかけらも似ていない、可愛らしい笑顔が思い出す。
特に礼をされるようなことは、したつもりはない。けれど猫の置物を渡したときに、とても喜んでくれたからきっとそのことだろう。
よく見れば、味のあるいい絵だ。家の中が、殺風景だから飾ることにしよう。
「家に飾りますね」
「いやそこまでは……すまない。礼を言う」
やはり妹のことが、可愛いのだろう。穏やかな目をして、口の端が少し上がる。
不愛想な顔ではなくて、いつもこの表情ならモテるんじゃないだろうか。
―― 常に不愛想な俺に、言われたくないか
巨大なブーメランが、勢いよく回転し返ってきて地味にダメージを負う。
そういえば親密度が上がれば、主人公に微笑んでいたな。自分だけ穏やかな顔をしてくれるのも、特別感にあふれてるからいいのかもしれない。
作ろうと思えば、笑顔を浮かべられる。とても羨ましい。
「一つ聞きたいんだが」
「なんでしょうか」
受け取った用紙が折れてしまわないように、教材の本に挟んでいると声をかけられる。
「お前が作っている氷の置物だが、細かい注文はできるのか?」
「できますよ。既製品より値段が、上がってしまいますが」
今まで希望を聞いてから、作るということはサイジェスの妹以外からは受けたことがない。
基本的に、作ったもの売るスタイルだ。けれど希望を聞いてから、作ることも出来る。
「そうか、なら頼む。妹の誕生日が近くてな。前にあの子にくれた置物があるだろう。いたく気に入っていたから、誕生日に贈ってやりたいんだ」
妹のこと考えてるのだろう。細めた目がいつもと同一人物に見えないくらいに、優しいものになっている。
「どんなものがいいか、決まってますか?」
「いやまだいいのが、思い浮かばなくてな」
「でしたら都合のいい時に俺の家に、いらっしゃいますか? 売ってる商品があるので、参考になるかもしれないです。あとこの前から、一定時間が経ってから形が変わる置物も作ってるんです。どんな感じが見てもらって、そっちが良ければ、そちらでも作れます」
オーダーメイドになるなら、念密な打ち合わせは必須だ。学園の中だと、落ち着いて話せない。それに実際の商品を、見てもらったほうが早い。
「俺も行ってもいいかな?」
いきなりジルベールが現れた。
何時から話を聞いていたのかと、思いもしたがここは学園の廊下だ。誰が聞いていてもおかしくない。
そう可笑しくないんだが……何時から見ていたのか。のぞき見とは趣味が悪い。
―― ブーメランだな
ロイとジルベールのイベントが、発生したら盗み見るき満々だった俺が言える台詞じゃない。
「お前も既製品でないものが欲しいのか?」
「えっ? ああうん、そうだよ」
前にジルベールに渡した置物は、あまり褒めた出来じゃない。時間をあまりかけられなかったものに、試作品のものだ。
それでも気に入って、くれていたらしい。
以前なら、無料でやると言えた。けど今は、ちょっとやんどころのないというか借金問題のせいで言えない。ああでも一つは、金をとらないで渡すことにしよう。試作品じゃないのが、できたら渡すとも言っておいたしな。
「かまわないが、先生の打ち合わせを先にする。終わるまでお前は、寝室で待ってろ」
「わかったよ」
分かったという割には、驚いたように目を見開かれた。
分かっている。客を寝室で待たせるなんて、非常識だと思ってるんだろう。
俺だって常識が、ないとは思う。けどしょうがないんだ。俺の家はジルベールの家のように、広々としていない。
狭いリビングに、輪をかけて狭苦しい作業部屋、寝室、あとは台所やトイレに風呂があるだけだ。倉庫はあるが、あんなところに入れられるわけがない。
客を入れられるのに適しているのは、リビングだけである。
リビングでは商品を見せたり打ち合わせをするとなると、あとは寝室しか待たせられるところがない。作業部屋は、物であふれ返っているから無理だ。
「……悪かった。お前は別の日に……」
「全然大丈夫だから、大人しく待ってるよ」
なんでわざわざ大人しく待ってると、付け加えたのか。なんだ部屋をあさるつもりだったのか。いっておくが、金目のものなんてなにもないぞ。
「……ジルベール、俺は別の日でもかまわないが」
「大丈夫です。お気遣いなく」
なぜだろうか。サイジェスが、笑いを堪えているような顔をしている。
何か笑えるようなことがあったかと、思い返すが何もない。サイジェスの笑いのツボが、まったく理解できないという事しか分からなかった。
それにしても、なんて惜しい光景だろうか。攻略キャラであるジルベールと、サイジェスが揃っている。ここで主人公であるロイが、そろえば完璧だ。
なのになぜここに、いるのは俺なのか。ロイがいれば、二人との会話も見れる。
親密度によっては、嫉妬するイベントが起きるかもしれない。その光景を、バレないように見て萌え震えるのに……俺では、何も始まらない。
まあ今回は、しょうがないのかもしれない。サイジェスは妹のために、氷の置物について注文してきたんだしな。
―― 妙案を思いついた
ロイも何か作って、店を出せばいいんだ。そこにサイジェスでも、ジルベールでも買い物に来ればイベントが起きるかもしれない。そうだそれがいい。できれば俺と同じ市場がいい。
あそこなら必然的に、シーディスさんの許可がいる。シーディスさんとの、関りもできるだろう。
―― よし、良いぞ俺
最近は借金問題のせいで、萌えが湧き上がることがなかった。けど俺は根っからの腐男子である。くすぶっていただけで、一度着火されれば萌えのために案が浮かんでくる。
それとなくロイに、話題を振ってみよう。
よし楽しみができた。それに予想外の注文も、してもらえた、いいことづくめである。
二人に予定を確認すると、講義が終わってからということになった。
次の講義があるとサイジェスが、まだ笑い出しそうな顔を取り繕ってから去っていく。その姿をジルベールが、ため息をついて見送った。
なんだろうか、とても意味深である。一体何の意味があるのか。まさかサイジェスが、好きとか言い出さないよな。止めろ俺は、脇カプは不要派だ。
「おい次は、同じ講義だろう。さっさと行くぞ」
いやな予感を、払いたくてジルベールに声をかける。それに何が嬉しいのか、ジルベールが満面の笑みを返してきた。
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