第63話(騎士A視点)
―― 調べそこなったか?
手の中で氷で出来た箱を、遊ばせながら足を進める。
商人ギルドの長の姿を思い浮かべた。悪意など一切ないような笑みを、浮かべながら探るような視線を向けてきた。
王子との謁見の前に、あの子周辺はすべて探っている。調べた限りでは、あいつとレイザードに大した関りはなかった。
けれど『大した関りがない』というのは、修正したほうがいいかもしれない。
自然に俺と、レイザードの間に入った。自分が盾になる事で、守ろうとしていたようにも見える。
僅かに見開いた目には、一瞬焦りの色が浮かんだ。
狡猾で頭の切れる男だ。己の心の内なんて、面に出すことはない。そんな奴が、俺に気づかれるような焦りを見せた。それだけであの男が、あの子を大切に思っていることが知れる。
―― まったく本当に、あの子はなんなんだろうね
レイザードに向けた視線には、恋慕と執着が浮かんでいた。およそあの男とは、程遠いものだ。けれど実際にこの目で見れば、否定もできない。
碌な関りのないはずのレイザードに、理由もなくあんな視線を向けるわけがないだろう。
調べきれなかった何かが必ずある。
まったく調べきれなかっただけじゃなくて、漏れまであったなんて恥の上塗りもいいとこだ。
―― もう一度調べなおすか?
ただなあ……あいつは、きっと俺のことを警戒した。そのうえで、嗅ぎまっていると知られたら厄介だ。
バレるようなへまを、するつもりはない。あいつの側から、探っていけば調べきれなかったレイザードのこともつかめる可能性はある。
けれどそこまでする必要性は、今のところない。あの子が王子と関わらなければ、再度探る必要性はないしな。
というか面倒だ。あいつは貴族とも、関りを持っている。さらに面倒くさいことに、ファンブルグとも取引がある。
そこまでの危険を、犯す必要はない。
とりあえずはあいつと、取引のある貴族の情報くらいは調べ上げておくか。なにかしら厄介なことに、なったときに役に立つはずだ。
―― それにしても……
王子に商人ギルドの長か。まったくあの子は面倒な相手に、好かれる天才だな。
執務室で、仕事をしていた王子に声をかける。
手に持っている物を、渡すためだ。俺が持っていてもしょうがない。
レイザードが元気でやっていると、当り障りのない報告をすると目を何度か瞬かせた。
「彼の様子を、見てきてくれたのか? どうした大丈夫か、気でも違ったか」
「心の底から心配しているって顔で、喧嘩を売るのやめてもらえます?」
―― 俺に黙って部下に、様子を見にいかせたのはアンタだろうが
思わず声に出しそうに、なったが止めた。あれはもう済んだことだ。何度も蒸し返すのも意味がない。
まったく忠義に厚い臣下が、また奇行に走られる前に先手を打ったってのにな。
ねぎらいの言葉の一つくらいくれないかね。
「これあげませんよ」
「それは、まさか」
レイザードのところで、買ってきたものを王子の視線の高さまで上げる。
氷で作られた特殊な箱だから、すぐに気づいたらしい。勢いよく立ち上がり、前のめりになった。
俺が持っていても、仕方がない。渡さないという選択肢は、元からないんだが素直に渡すのも癪に障る。
「レイザードが、作った新作です」
「なぜ彼の新作を……まさかお前、彼が好きなのか」
「んなわけないだろうが」
どこをどう勘違いしたら、そんな考えが浮かぶんだ。
俺はあの子の腕を、買ってはいてもそれ以上の感情は持ち合わせてはいない。
「……減給」
「違うって、言ってるだろう。気軽に俺の給料を、減らそうとするのやめろ」
人が善意で、買ってきてやったというのになんて主だ。
盛大な勘違いをしたうえに、嫉妬のこもった視線を向けてくる。
「本当に、違うのか?」
「王子、言っときますがね。周囲の人間が全て自分の好きな子に、好意を抱いてると思い始めたら病気ですよ」
思ったよりさらに、頭が重症らしい。ことレイザードのことに関しては、何を言っても無駄だとは分かったうえで返す。
「お前は、彼のことが嫌いだというのか?」
「好きなら好きで嫉妬こじらせるくせに、否定されたら正気かこいつとでも言いたげな目で見るのはやめろ」
なんて厄介な、拗らせ方だ。
このまま相手をしていると、面倒くさいことこの上ない。話をずらすことにした。
「渡さないって言ってないんで、減給は勘弁してもらえます? はいどうぞ。頑張っておられるので、ご褒美です」
「ありがとう」
疑いのまなざしが、一転して目を輝かせる。
―― いやそこで、礼を言うなよ
自分で言っといてなんだが、臣下に褒美だって言われて喜ぶな。あんたは俺の主だろうが。いくら正直に話すと、約束していたとしても最低限の礼節は……いまさらか。
ほかの連中が聞けば、不敬だと断じられることを口にするのは日常茶飯事だ。というか人が、臣下らしく接しようとしてるってのに台無しにするのは王子のほうだ。俺のせいじゃない。
―― まあどうでも、いいんだろうな……
今は俺に何と言われようと、レイザードが作ったものが手に入ればどうでもいいんだろう。
―― あーあー、しまりのない顔しちゃって
誕生日に親に強請ったものを、もらえた子供のようだ。ただ俺にはそんな体験どころか、親なんていないから想像でしかない。
『貴様、使えそうだな』
白い歯が見えるほど口角をあげ、人の悪すぎる笑みを浮かべたおっさんの姿が脳裏に浮かぶ。
犯罪組織の親玉を、やっていると言われたほうが納得できる。
掃き溜めにいた俺を、使えそうだという理由で拾った。ファンブルグの前当主、あれが貴族だと聞かされたときは気が違ってるのかと思ったどころか口に出した記憶がある。
―― ああそうだった
そういえば世間的にはあれが親なんだよな。なんとも気が重くなる現実だ。想像上の生き物でしかない親という存在に、あのおっさんが居座っている。
「どうした、不細工な顔になってるぞ」
「俺の顔を、どこから見たらそんな言葉でてくるんです?」
まったく何て言い草だ。普段俺がどれだけ黄色い声を、浴びているか知らないからそんな言葉が出てくるだろう。
まあ声の持ち主たちは、俺の出自も何をしてきたかもしらない。だから呑気に頬を、染めている。知ったら確実に、顔を青くさせて逃げていく。
「何か問題が、あったか」
「いえ何でもありませんよ。それより箱ばかり眺めていないで、中身を出したらどうです?」
恋とやらにとち狂ったリシュワルドという個から、一瞬で第一王子の顔に戻る。
まともな状態に、戻ってくれたのはありがたい。ただ今はもう少し、愚かなままでいても問題ないから否定を返しておく。
「これは……」
「ああちょうど、時間になったのか。面白いことを、考えますよね。あと三通り違う形になるそうですよ」
中身が見えない状態になっていた箱が、消えて氷の細工が現れる。ちょうど変化をおこす時だったんだろう。形を変えた細工が、見たことのない花が咲き誇っている木に変化する。
「サクラだ……」
「サクラ? その木の名前ですか?」
目を見開いた王子が、ぼそりとつぶやく。
「彼が好きなものだ。十年前に出会ったときに、教えてくれた」
「ああ迷惑を試みずに、店の前で長話したときに聞いたんですか」
迷惑をかけた上に、ちゃっかりと好きなものまで聞き出していたらしい。
きっと俺が食事をしにいく彼に着いていった時のように、面倒くさいと思いながらも最後まで相手をしたんだろう。意外に律義なんだよな。
「私の美しい思い出を、湾曲するな……これがあるだけで、あと70年は生きていける気がする」
「天寿全うできそうで、良かったですね」
呆れたような声を出しながらも、本当にそうなればいいと思ってもいる。穏やかな生を送り、天寿を全うする。ただそれだけのことが、王子にとっては難しいことだ。
もし取り返しのつかない事態が、起きた場合に責任を取らせられるのが王という立場だ。その非が別の奴にあろうが、敵対者は分かりやすい敵として王を利用する。
本当に責がある連中は、蜘蛛の子を散らすように逃げ命をつなぐ。そんなことは、珍しくもない。
王子は、いずれ王となる。利用され切り捨てられた王と、同じ末路を辿る可能性だってあるんだ。
―― そんなことを、させるつもりないけどな
命を懸けてでも、臣下として主を守る。
好きな子と共にあるという、普通の幸せをかなえてやる事はできない。けれどその代わりとは、ならないだろうが命は守りきる。
「美しいな」
目を細めてレイザードの作った氷の置物を見ている。
―― 面倒な恋敵が、いそうだとは言わないほうがいだろうな
言ったら最後だ。また暴走しかねない。
―― お友達に、続いて二人目か
どうします王子、全く見込みがないのに恋敵がまた増えましたよ。
喉元まで出かけた言葉を、そのまま飲み込む。言えば確実に、面倒くさい事態に発展する。
どうなるかわかっていて、口にするつもりもない。それにこれ以上ないほど、顔を緩ませているところに水を差すのも僅かばかりに気が引ける。
―― 本当に、嬉しそうに笑う
執務机に氷の置物を置いたまま、飽きもせずに眺め続けている。目を輝かせているその様は、まるで子供のようだ。
こんな顔を見ていると、王子という立場から解き放ってやりたくなる。
―― できるわけもない
浮かんだ考えに、表情に出さないまま内心で苦笑する。
全く困ったもんだ。あの子に会ってから、できもしないことを考える頻度が増えた。
さっきできないと、考えたばかりで馬鹿な考えが浮かぶ。
いっそどこか適当な貴族の養子にして、王子と会える立場にしてしまおうかとも考えたこともある。やろうと思えば、いくらでも方法はあった。望んで手に入れたもんじゃないが、ファンブルグの名のもとに行えばなんてことない。
けれどそんなことをすれば、あの子の意志に反した行為をすれば目の前の主がどうなるか想像できる。
第二王子のように声を荒げ、感情をあらわにする。そんな感情の変化なら、まったく怖くもない。
―― けどなあ……
声からは一切の感情が消える。口角は僅かに弧を描き、目は一見微笑んでいるかのように細まる。
それが怒りの感情が、一定値を超えてしまったときの王子の変化だ。
好き好んで、あの顔を見る気にはなれない。
―― もうすぐだな
もうそろそろ第一王子に、戻ってもらわないと仕事に支障がでる。できれば気のすむまで、このままでいさせてやりたいがそうもういかない。
不平と不満を、ぶつけられるだろうが元に戻ってもらおう。それに放っておいたら、一日このままなのは分かりきっていて放置するわけにもいかない。
思わずため息をつくと、気づいた王子がまるで子供のようなしぐさで首を傾げた。
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